シリーズ 国際緊急援助隊30周年 Vol.2: 被災地で手術を実施−進化を続ける医療チーム

2017年10月4日

野外病院の受付で患者に対応する医療チームのメンバーたち

「歩くことができないため家族が背負ってくるけが人や、6時間以上歩いてくる人など、本当にさまざまな患者が診察を受けに来ました」

2015年4月25日にネパールを襲ったマグニチュード7.8の大地震。国際緊急援助隊・医療チームの一員として現地に入った医師の大場次郎さん(社会福祉法人恩賜財団大阪府済生会千里病院千里救命救急センター医長)は、このように振り返ります。チームは、カトマンズから車で3時間ほどの山間部にあるバラバセ村に拠点を構え、野外病院(フィールドホスピタル)を開設しました。繰り返す余震のなか、骨折などの重症を負った患者に手術をしました。

ネパール地震でフィールドホスピタルを初展開

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2015年のネパール地震の際、現場に開設したフィールドホスピタルでの手術

国際緊急援助隊・医療チームが減菌室や入院ベッドなども備え、手術や透析、病棟の機能を持つフィールドホスピタルを展開したのは、このときが初めて。2005年のパキスタン地震でエックス線検査装置などを持ち込んだことはあったものの、従来、現場で実施可能な医療は診療所レベルで、より重症な患者は、ときには車で数時間離れた先の病院へ搬送しなければなりませんでした。ネパールでの活動では、5月20日までの約3週間に987人を診療、手術は22件に上りました。

原点は1979年のカンボジア難民支援

1979年、カンボジア難民支援での活動

医療チームは、1987年以来、57回の派遣実績があります。しかし、日本の緊急医療支援の原点は、1979年のカンボジア難民への支援にまでさかのぼります。当時、政治的混乱に伴いカンボジアから多くの人々がタイとの国境などに逃れて来ました。欧米主要諸国はすぐに医療支援チームを派遣しましたが、日本は体制が整っておらず派遣が遅れました。この反省を生かし、日本は1982年に国際緊急医療チーム(JMTDR)を設立。平常時から派遣の意思を有し、所定の研修を修了した医師や看護師など医療関係者をボランティアとして登録し、海外で災害が起きた際に即応できる体制を整備しました。

現在、登録している医師、看護師、薬剤師、医療調整員は約1,000人。被災国から日本政府に対して支援の要請がなされ、医療チームの派遣が決定されると、参加を募るメールやFAXが登録者に送られ、応募した人の中から隊員が選ばれます。早い場合は、第一陣は当日中に成田空港などに参集し、被災地へ向かいます。登録を継続するには、定期的に医療チームの訓練に参加し、能力や知識の維持・向上が必要です。

世界最高レベルの技術と体制

現地の医療関係者とともに抗体検査を行う感染症チームのメンバー=2016年、コンゴ民主共和国

設立から30年、国際緊急援助隊は挑戦を続けています。2014年の西アフリカにおけるエボラ出血熱の流行を受け、海外における大規模の感染症の流行に対処するため、2015年には「感染症対策チーム」を新設。同チームは翌2016年7月から8月にかけて、黄熱の感染が拡大していたコンゴ民主共和国に初めて派遣され、検査診断や1,100万人を対象としたワクチン接種の計画作りなどを支援しました。

また、2016年10月、医療チームは世界保健機関(WHO)から緊急医療チーム(EMT)認証を世界で4番目に取得しました。豊富な経験や優れた人材登録システム、高水準の医療資機材、充実した研修制度などが評価されました。

医療チーム、感染症対策チームは、被災者の支援のため、今後も進化を続けます。

(シリーズは計4回、掲載します)