畜産分野で40年にわたり活躍:要田 正治・国際協力専門員

2018年2月21日

要田正治・国際協力専門員

「相手との信頼関係がなければ、高い技術を持っていても専門家の仕事は務まりません」と語るのは、畜産分野で約40年にわたりJICAのプロジェクトに関わってきた要田正治(かなめだ まさはる)国際協力専門員。

これまでおよそ20ヵ国で家畜の飼養管理や疾病対策の普及などを進めてきました。現地の人々と信頼を築き、お互いを理解することを第一にプロジェクトに向き合ってきた40年です。

自分の力を試したい:青年海外協力隊に参加

大学で農学を学んだ後、養豚場を経営する会社や酪農場に勤務。しかし、何をやってもうまくいかず自分の力を別の場所で試してみたいという思いから、要田専門員は大学卒業後1年で、青年海外協力隊への参加を決意します。

赴任したフィリピン南部ミンダナオ島では、牛の人工授精の普及や飼料作物の導入など酪農振興に携わりました。1970年代後半の当時、現地の酪農は小規模で熱帯地域独特のものでした。自分のできることに限界を感じるなか、専門知識を身につけ国際協力の現場に戻るため、帰国後、獣医学を目指し大学に編入学しました。

相手のペースに合わせた支援

タイ国立家畜衛生研究所で、病死した牛の病性鑑定作業をする要田専門員(当時、左)と研究員

獣医師となり、JICAの海外長期研修でさらに熱帯獣医学を学んだあと、JICAで畜産分野での技術協力プロジェクトに携わるようになります。これまでタイとベトナムに5年ずつ、ウガンダに3年など長期専門家として、途上国での畜産振興や衛生改善プロジェクトを手掛けてきました。

そのなかでも、2000年~2005年、ベトナムの国立獣医学研究所の能力向上プロジェクト(注1)に長期専門家として赴任したことが、国際協力の現場での仕事のあり方について、自分にとっての転機になったと要田専門員は振り返ります。

ベトナムの農村部で人材育成活動を進めるなか、プロジェクトを通じて親交を深めた郡獣医事務所の所長一家と要田専門員(当時、中央)

「当時のベトナムは破綻した社会主義的風潮が色濃く残り、物事の進め方がまったく違う本当の意味での途上国でした。赴任して最初の1年間は時間の無駄かと思うほど、ベトナム人とかみあいませんでした。相手のペースを読み、根気よく話し合いを重ね、時には研究所の若手職員に英語教室を開くなど本来の業務以外のことにも携わることで、徐々に受け入れてもらったと思います」

「農村開発分野の改善は、多くの日本人の期待に反し、だらだらと進むものです。現地のニーズに基づかない知識や技術は受け手には伝わりません。度の強い酒を酌み交わし、相手の前で酔いつぶれてしまうことで、『こいつは真剣なんだ』と認められたこともしばしばでした」

プロジェクト終了から10数年が経ち、関わった人々が研究所の外に診断施設、農業学校、動物診療クリニックなどを整備している姿をみて、これこそがプロジェクトの成果だと要田専門員は語りました。


一人の人間として受け入れられることを実感できるのが、国際協力の仕事の魅力

要田専門員(右)はキルギス農業大学付属牧場で、牛乳の細菌培養をはじめて実施。牧場長(右から2人目)は自分の牛乳の品質には自信を持っていたので、その結果にショックを受け、改善の必要性が一目瞭然に

今年3月末で、JICAを定年退職する要田専門員。プロジェクトを動かすなかで一番大切にしてきたのは「相手との距離感を大切にし、必要以上に自己主張をしないこと」。押しつけではなく相手と理解し合い、最終的に自分が一人の人間として任地で受け入れられたと実感できることが、国際協力の仕事の魅力だと言います。

昨年からは、キルギスで始まった牛乳の品質向上に向けたプロジェクト(注2)にも関わるなか、「まだまだ引退できません。今後はNGOなどを通じて日本がまだ取り組んでいない途上国の狂犬病対策などに携われたらと思っています。これからも必要とされれば、自分の身をそこにおき、彼らと新たなしくみをつくっていきたいです」。そう語る要田専門員の活躍は、今後も続きます。