【私の思い】障害者支援ではなく社会の障害をなくす協力 久野研二 国際協力専門員

2018年7月26日

久野研二JICA国際協力専門員

今から2年前の2016年7月26日、神奈川県津久井市の知的障害者施設で19人が殺害される事件が起きました。容疑者は、「障害者は生きる価値がない」との考えから犯行に及んだとも伝えられ、事件は社会に大きな衝撃を与えました。JICAで障害分野の支援を牽引する久野研二国際協力専門員は事件について、「根本にあるのは、能力によって人に優劣をつける考え方です(注1)。それを議論しなくては、今後も同じことが起きるのでは」と危惧します。社会は「障害」とどう向き合うか、「障害と開発」に取り組んできた久野専門員の思いを聞きました。

人を中心に置く考え方を強調

能力強化研修「障害と開発」コースのオリエンテーションの様子

この7月、久野専門員は、開発コンサルタントやNGO関係者などを対象とした能力強化研修「障害と開発」コース初日のオリエンテーションで講師を務めていました。その中で、1937年、ナチス政権下で、プロイセン政府が出した新聞広告について説明しました。

それは、「特別な支援がいらない児童への教育費の負担は125マルク、学びの遅い児童は573マルク、教育可能な知的・精神障害の児童は950マルク、生まれつき視覚や聴覚の障害のある児童は1500マルク」と図示され、障害者は社会の負担であるという意識をつくるためのものでした。ナチスはその後、精神・知的障害者ら約30万人の障害者を虐殺。ユダヤ人約300万人の虐殺の「前触れ」とも言われています。

久野専門員は「障害者の虐殺は、富国強兵の考え方が生み出した」と指摘。そして、「では、その考え方は過去のものでしょうか」と投げ掛けました。

この研修は、あらゆる開発分野にかかわる人が障害について意識することを目的にJICAが2016年から実施しています。

「障がい者」「障害者」の表記より大切なこと

どこに問題があるかを問い掛けるイラスト。久野専門員が研修などで使用する一例。店員が、車いす利用者の服のサイズを本人ではなく同行者に尋ねている。実際にあった事例=出典『社会の障害をみつけよう』/©障害平等研修フォーラム/画 Hulip 吉田由紀

「障害者」という表記をせず、「障がい者」や「障碍者」という表記が使われることがあります。

「実は、障害分野に取り組んでいる人の間では、『障害者』か『障がい者』かというような表記に関する議論はあまり重要視されていません」と久野専門員はいいます。「単に表現だけを議論することは障害の本質的な議論とならないからです」。

「人を指す言葉に『害』の字を使うのは不適切という議論もありますが、『障害』とは人に属するものではなく、機能的な差異のある人に対する差別や排除、社会参加の制約という人権課題である、という考え方が世界でも日本でも主流になっています。われわれはその意味での障害をなくすための協力をしているのです」(久野専門員)(注2)

社会を変える試みこそライフワーク

青年海外協力隊員としてマレーシアで活動中の久野専門員

久野専門員の人生を変えたのは、1991年、青年海外協力隊員(理学療法士)として派遣されたマレーシアで出合った「地域に根ざしたリハビリテーション」でした。「2年の任期後は病院勤務に戻ろう」と思っていましたが、障害者や彼らの家族、社会と全面的に向き合うチャンスを得て、「ライフワークに出合ったと感じた」。

その感触が確信に変わったのが、その後、インドネシアのNGOに赴いたときでした。NGOでは、「村で障害者を治す」のではなく、「社会を変えて障害者が暮らしやすくしよう」という先進的な試みを行っていました。これこそ自分のやりたかったことだと1年余りを現地で過ごしました。

マレーシアの障害者社会参加支援プロジェクトで活動中の久野専門員

久野専門員は、2004年から2013年まで10年間、マレーシアで行われたJICAの障害者社会参加支援プロジェクトにチーフアドバイザーとして参加し、制度の設計から事業化、全国展開まで行いました。開発途上国ではまだ早いといわれていた、知的障害者が自分の意思で物事の選択や決定をする「セルフアドボカシー」(本人活動)や就労支援も実施しました。その経験が、現在、コロンビアやパラグアイ、ヨルダン、南アフリカ共和国で展開中のプロジェクトでも生かされています。

障害平等研修で日本から共生社会づくりを

久野専門員が障害平等研修で使用するイラストの一例。段差のため入店できない車いす利用者を見て、どんな行動をとるべきかを考える=出典『社会の障害をみつけよう』/© 障害平等研修フォーラム

「社会を変えるためにベストなのは障害者も非障害者も一緒に暮らす『共生』です。しかし、現状を変えるのは、なかなか難しい」と久野専門員。そこで久野専門員が、JICA事業やその他の障害に関する研修において実施しているのが「障害平等研修」です。

障害平等研修の方法はいろいろありますが、久野専門員がJICAの事業などを通じて作り上げてきた障害平等研修では、(1)社会の障害に気づく視点を獲得する、(2)その障害の解決に向けた行動を形成する、(3)障害者がファシリテーター(対話の進行役)となる-の3点を重視しています。

例えば、段差のため、入店できない障害者の様子を見て、入店の手助けも重要ですが、障害の問題と原因そのものを解決するには段差解消のような行動が重要であることに気づき、そのような行動に自ら至ってもらうことを重視します。能力強化研修「障害と開発」のプログラムにも、この考え方が組み込まれています。

能力強化研修「障害と開発」のオリエンテーションで、司会のJICA人間開発部の福地健太郎職員(視覚障害のある職員)と打ち解けた表情を見せる久野専門員

JICAの活動の傍ら、久野専門員は自らNPO法人を立ち上げ、日本の自治体や企業による障害平等研修の実施にも力を注いでいます。

<プロフィール>
久野 研二(くの けんじ)
JICA国際協力専門員(社会保障、障害と開発)
青年海外協力隊員、インドネシアNGO職員、JICA専門家などを経て2008年から現職。特定非営利活動法人障害平等研修フォーラム代表理事。日本福祉大学大学院国際社会開発研究科(通信教育)客員教授。近著に『社会の障害をみつけよう:一人ひとりが主役の障害平等研修』(現代書館、2018年)。北海道出身。

(注1)エイブリズム(ableism)。日本語では、「健常主義」「健常者主義」などと訳される。優生思想と類似する考え方。

(注2)障害の社会モデル。対して、障害者個人の障害(機能障害)に注目するとらえ方を障害の個人モデルという。

【画像】