【地方から世界へ:Vol.3】平和の尊さと復興の経験を広島の市民から:原爆展が紡いだ現代の紛争国との絆

2018年8月31日

平和記念式典に参加した各国からの研修員たち

シリーズ「地方から世界へ」の第1回、第2回では、地方の伝統産業や地元企業が世界とつながり、地域が元気になる様子を紹介しました。シリーズ第3回は、「原爆展」をきっかけに、市民たちが現代の紛争国と関わり、平和と復興について新しい視点で考え始めるようになった広島からの動きについて考えます。

 

8月6日、広島は被爆から73回目の「原爆の日」を迎えました。平和記念式典には、水道や海上保安などを学ぶため広島に滞在中の各国からの研修員15人も参加しました。アフガニスタンのヤルマンド・アフマド・カイスさんは「母国では連日のように爆発事件が起きていますが、戦争では何も解決しない」「復興には全員が力を合わせることが必要だということを、周囲に伝えたい」、ボスニア・ヘルツェゴビナのデリバシッチュ・ディーノさんは「核兵器の悲惨さとノーモア・ヒロシマのメッセージを世界に伝えたい」と話しました。

戦後、復興を遂げた広島は、平和の尊さと復興の経験を世界に発信してきました。JICAは、平和や復興に関する研修員を受け入れ、JICAボランティアの有志は派遣国で「原爆展」の開催を続けてきました。

「なぜ戦争が…」を問い掛けた派遣国での原爆展 

 

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ウガンダでの原爆展での集合写真

原爆展は2004年、同時期にニカラグアに派遣されていた広島県出身のボランティア4人が開催したのが最初です。以降、被爆地以外の出身のボランティアも含め、2018年7月末現在、67ヵ国で173回、開催されています。

取り組みには広島平和記念資料館も協力。資料やポスターの貸し出しはもとより、企画にかかわるボランティアは資料館の訪問や資料を通じ、原爆の被害を学びます。

平和を祈り、折り鶴を作ったベリーズの子どもたち

広島県出身で、現在、JICA中国の開発教育などに関わる濱長真紀さん(ひろしまNPOセンター所属)が、青年海外協力隊の体育隊員として中米のベリーズに派遣されたのは2008年。濱長さんは赴任当初から原爆展をベリーズ各地で開きました。子どもたちは平和を祈って折り鶴を作ってくれました。

濱長さんは、「どうやって戦争のない世界をつくれるのか」「原爆を世界に伝える意味とは何か」を考え続けながら帰国。やがて、広島市国際協力推進員として、JICAと地域をつなぐ仕事を始めました。

ルワンダと広島の経験から平和を考え直す 

濱長さんはそのころ、ルワンダ支援に取り組むNPOルワンダの教育を考える会の講演を聞きました。「原爆の被害から復興した広島・長崎の姿は、虐殺で傷ついたルワンダの人々にとって希望」。その言葉が胸に残りました。

濱長さんは、ルワンダの虐殺から20年の節目となった2014年に、ルワンダで活動するJICAボランティアとともに現地で「原爆・復興展」を行うことを企画。原爆・復興展は、8月6日に開幕しました。

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ルワンダでの原爆展

原爆・復興展では、原爆の被害の紹介に加え、インターネットを通じて広島とルワンダとの対話が実現しました。被爆者と虐殺の生存者の対話では、14歳のときに被爆した山本定男さんが「強烈な熱風で吹き飛ばされた」「原爆は地球上で二度と使われてはいけない」などと話しました。 ルワンダと広島の高校生らは、平和のためにできることなどについて意見を交換しました。

現地でイベントを見守った濱長さんは、被爆20年の広島の写真を見入る人たちの姿に驚きました。「『こんなに復興している』『電車も走っている』と言いながら、自分たちの国の未来に希望を持っているようでした」。広島を伝える意味をあらためて感じました。

昨年11月の「今、考えるルワンダ内戦とヒロシマ」(JICA中国主催)で被爆体験と平和への思いを語る山本定男さん(右)

山本さんは、ルワンダの原爆・復興展にかかわるまで、現代の戦争や紛争について考える機会はほとんどなかったそうです。しかし、この後、原爆の体験を話すとき、こう言い添えるようになりました。

「今も世界では戦争や民族紛争が続いています。そのことも忘れないでください」

過去の戦争と現代の戦争 地方と世界をつなぐ 

2014年のルワンダでの原爆・復興展で、広島の高校生(左の画面)らと意見を交換するルワンダの高校生

現在、大学生の木村友美さんは、高校3年生のとき、原爆・復興展でルワンダの高校生に、こう質問しました。「対立していた民族は今、互いをどう思っていますか」。そのとき、現地のJICAボランティアが「両方の民族が今、この場にいるので、答えられない」と説明しました。「親世代のわだかまりがなお残っていることが衝撃的でした」と木村さんは振り返ります。

木村さんは、ネットの交流ではわからなかったことを知り、自分に何ができるかを考えたいと、昨年夏、ルワンダを訪問しました。その後、さらに戦争について考えたいとドイツへ留学。将来は、平和を支える仕事に、と考えています。

「地域のさまざまな人と協力し、ボランティア派遣や市民参加、研修員受け入れや各国での協力を通じて、平和を発信していきたい」とJICA中国の三角幸子所長。「広島をはじめ、地域の国際理解や多文化共生の取り組みもサポートしていきたい」と話しています。

広島・長崎とともに、多くの市民が戦争で犠牲となった沖縄でもJICA沖縄の事業などを通じ、各国からの研修員らが戦禍から立ち上がった姿を胸に刻み、平和のための共同作業も進められてきました。国際協力の取り組みをきっかけに、過去の戦争と現代の戦争がつながり、地方から世界へ、平和と復興をどう広げていくかの問い掛けが少しずつ広がっています。