【明治150年 世界に受け継がれる日本の近代化経験:Vol.2】途上国の暮らしを守る日本式「法整備支援」

2018年10月5日

「我が国の民法起草に助言してほしい」。1992年、ベトナムの司法大臣から日本に向けられた依頼です。自国の法律や法制度の整備の支援を他国にゆだねるという、このうえなく重大な言葉でした。これが日本の「法整備支援」の始まりです。

シリーズ【明治150年 世界に受け継がれる日本の近代化経験】の第2回は、明治期に外国の法制度に学んだ経験を生かした日本ならではの法整備支援を紹介します。

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主な法整備支援の実施国

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日本社会や文化に合った法体系を追求

日本の現在の法体系が形づくられた時期は、明治にさかのぼります。

明治初期、のちに「日本近代法の礎」と称されるフランス人法学者ボアソナードが来日しました。当時、日本は海外への門戸を開き、近代化に踏み出したものの、欧米から法制度が不十分とみなされ、留学生を派遣するなどしてフランスやドイツ、英国など他国から法律を学んだのです。その一方で、日本固有の価値観や社会を損なわないように試行錯誤を重ねた結果、明治22年(1889年)に大日本帝国憲法が公布されたのに続き、民法や商法なども制定され、法による国づくりが動き出しました。

この経験が「他国の法律を押しつけるだけでは根付かない」という、日本独自の援助姿勢を生み出しました。

ラオスなどの法整備支援に深く関わり、法整備支援の研究者でもある慶応義塾大大学院法務研究科の松尾弘教授は「日本の法整備の特徴は、欧米式をそのまま取り入れるのではなく、多くの国の法律を比較・研究し、自国の社会や文化に合った法体系を追求したこと。その過程で培った経験が、グローバル化によって法整備に迫られている途上国に参考になるのです」と解説します。

民法起草から人材育成支援まで

日本の専門家とラオスの関係者が活発に意見を出し合う様子

1996年、ベトナムで民法の法案起草など日本初の法整備支援が本格的に始まると、日本の支援は注目を集め、JICAは以来20年にわたり、アジアを中心に支援を展開しています。支援の内容は、その国の実情に応じ、法案起草から法曹関係者向けのマニュアル作成、人材育成など多岐にわたっています。

また、もう一つの特長が、オールジャパン体制です。法務省や最高裁判所、日本弁護士連合会、大学、公正取引委員会、金融庁、特許庁などと連携し、裁判官、検察官や弁護士、各省の職員などを2~3年任期の長期専門家として現地に派遣してきました。2018年10月現在、派遣中の法曹専門家の数は16人にのぼります。

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支援20年 ラオスの民法典完成へ

ラオスでの会議に参加する入江弁護士(左から2人目)

ラオスでは、民法典を一からまとめる協力が進んでいます。これまでは契約や財産、相続に関する法律などが別々に作られていたため、内容が重複したり、法律間で矛盾が生じたりする問題が起きていました。そのため、JICAは司法省や裁判所向けに民法の教科書や事例集などを作成し、その後、民法典の起草作業を本格化しました。支援開始から20年目を迎える今年、600余りの条文からなる民法典はついに国会で成立目前というところにたどり着きました。

昨年から長期専門家としてラオスに派遣されているのは、入江克典弁護士です。現地の法曹関係者と話し合うなかで、「ラオスの人たちの主体性を尊重し、自ら考え、手を動かしてもらう」ことを心がけていると言います。自身もラオスの言葉や文化を理解するよう努めており、「将来、自分たちで外国の法令を研究し、ラオスの社会や文化に合った法律を作り、実務を改善できるようになってほしい」と期待を込めます。

ラオス司法省のナロンリット・ノーラシンさんは、JICAの支援について、「法案をただ渡されるのではなく、私たちが自ら考えて、答えを出す作業を支えてもらっていることで、それがラオスの人材育成にもつながっています」と評価します。

知的財産権の保護や市民向けの情報提供も

ミャンマーでの新任判事補研修の様子

近年では、ビジネスのグローバル化により知的財産の保護や公正な取引に関する法整備の必要性が高まっています。

例えば、ミャンマーは経済発展が目覚ましい一方で、2011年に民政移管されたばかりで、市場経済を支える法制度が不十分でした。そのため投資リスクが懸念され、経済成長を阻む一因となっていました。こうした実情に素早く対応するため、JICAは現在、知的財産権に関する紛争解決のための人材育成や、法曹関係者向けの教科書の作成などを進めています。

また、2015年にはアフリカ初となる法整備支援がコートジボワールで始まり、市民向けに法律の情報提供をするコールセンターを設置するなどしました。

一国の社会安定が世界の安定に

日本は明治以降、法整備によって社会の基礎的な制度的インフラを整えたことで、個人や企業が経済や貿易にも安心して取り組めるようになりました。

JICA産業開発・公共政策部で法整備支援を担当する荒井真希子職員は「一人一人の権利を守り、自由に安心して暮らせる社会を築くことが法整備支援の目的です。そうした社会が増えることが、世界全体の安定、平和につながっていくと考えています」と話します。