【私の思い】災害多発国の日本だから分かる援助調整の大切さ:勝部司 国際協力専門員

2018年10月11日

【画像】災害時、外国からの支援が届くのは、心強いものです。しかし、被災した国・地域の実情に合わない支援は、復旧・復興を妨げることもあります。ここで重要になるのが、どのような援助を受け入れるかなどの調整です。JICA国際緊急援助隊事務局(注1)に籍を置き、人道支援における国際調整を専門としてきた勝部司国際協力専門員は、援助の受け入れ、すなわち「受援」計画の重要性を訴えます。

現場で見つめた調整・受援の重みと疑問

大きな災害が起こったとき、被災国には各国から捜索救助や医療など多数の支援団体が駆け付けます。現場では国連災害評価調整(UNDAC:アンダック)チームなどによって、支援団体と被災国政府などとの調整が行われます。勝部専門員は、そのチームに加わることのできる災害エキスパート資格を持つ数少ない日本人の1人です。

台風ヨランダ被災後のフィリピン・レイテ島のタクロバン空港で、到着した援助関係者に状況の説明などをする勝部専門員=2013年11月

2013年11月、台風ヨランダに襲われたフィリピン・レイテ島のタクロバン空港で、勝部専門員はUNDACチームの一員として、フィリピンが国際社会から援助を受け入れるための“水先案内人”を務めました。

「最初の3日間の食料はビスケットだけ。シャワーももちろん浴びることもできない。50度にもなる炎天下で、飛行機のタラップを降りてくる人に『援助関係者ならこっちに来てください!』と叫び、フィリピン政府と協議して『あなたはここに行ってください』と伝える。私が倒れたら『支援の入り口』が崩壊してしまうと思いながら1週間踏ん張りました」と振り返ります。

勝部専門員が最初に「受援」調整の必要性を実感したのは、2004年12月のスマトラ沖大地震・インド洋津波でした。「人道支援のためとはいえ、他国の軍がインドネシア、タイ、スリランカなどにどんどん入っていきました。どこまで議論された結果なのか、主権の問題はどうなっているのか、と強い関心を持ちました」と勝部専門員はいいます。

この問題は2008年5月、逆の形で現れました。サイクロン・ナルギスに襲われたミャンマーは当初、国連や他国の支援を受け入れませんでした。「UNDACも入れず、13万人を超える方が亡くなりました」。

阪神・淡路、東日本などの震災の反省に立って

1995年1月18日、阪神・淡路大震災発生翌日、神戸市長田区水笠通付近の捜索・救助活動。海外からの救助チーム受け入れをめぐり議論が起きた(写真提供:神戸市)

受援の課題は日本においても例外ではありません。それが明確に認識されたのは、1995年1月の阪神・淡路大震災でした。スイスなどから災害救助犬派遣の申し出があったものの、日本は当初、動物検疫の手続きなどを理由に受け入れませんでした。救助犬が活動を始めたのは地震発生の数日後。生存者の発見には至りませんでした。

そして2011年3月の東日本大震災。日本は、「支援」に関しては国際緊急援助隊の活動などで経験を積んでいましたが、「受援」に関しては、引き続き、ほぼ白紙の状態でした。

2011年3月の東日本大震災で活動する国連災害評価調整(UNDAC)チーム。活動拠点はJICA東京に設置された

「その国の災害対応計画に受援計画がうまく組み込まれていれば、“国際社会からの支援を受け入れるか”、“どのような支援が必要で、どのような支援が必要でないか”を、災害発生時に発信することができます」と勝部専門員。逆に、計画がなければ、「方針が打ち出されるまでに不必要な支援が流入し、現場の混乱や負担を招くこともあります」。

災害救助チームの国際会議で受援を発信

援助の受け入れと調整に関する「受援」の議論も深めた今年8月の国際捜索・救助諮問グループ(INSARAG)のアジア太平洋地域年次会合

経験と反省を重ね、外務省と内閣府は2017年4月、受援の課題と教訓を積極的に発信していくことを決めました。そして今年8月30、31日、東京で開かれた各国の災害救助チームの国際ネットワーク、国際捜索・救助諮問グループ(INSARAG:インサラグ)(注3)のアジア太平洋地域年次会合で、日本は議長国として受援の重要性を提起しました。勝部専門員は、外務省、JICAとともに準備に携わりました。

会合の参加者からは、好意的な反応が相次ぎました。

「これまで公の場で議論されることがなかった重要な問題を取り上げてくれた」

「受援の大切さがわかった。自分の国でも関連する議論を盛り上げていきたい」

被災した国の気持ちがわかる、 だから説得力がある

日本が受援について発信していくことについて、勝部専門員は「災害多発国だからこそ、失敗も含めて被災した国の気持ちがわかる。だから説得力がある。東日本大震災で世界中に応援していただいたことの恩返しでもある」と言います。

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2017年9月のメキシコ地震で被災者の捜索・救助活動を続ける国際緊急援助隊・救助チーム。勝部専門員は先発隊として出動し、活動場所の調整などを行った

また、JICAは、復旧・復興のための中長期的な協力や各国の災害対応システムの強化、救助チームの育成の協力もできます。

「今回の会合で『受援は重要なトピックだからしっかり話し合っていこう』という機運を起こせたと思います。受援についてグローバルな議論に広げ、助け合いの気持ちと能力を生かし、救えるはずの命と生活と支えていきたい」と勝部専門員は今後を見据えています。

<プロフィール>
勝部司(かつべ つかさ)
財団法人アジア防災センター、特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォーム、外務省専門調査員などを経て、JICAへ。国連人道問題調整事務所(OCHA)、INSARAG、UNDACの日本の連絡窓口も務める。2017年のメキシコ地震では国際緊急援助隊の救助チームの一員として現地で活動。島根県出身。

注1)救助チーム、医療チーム、感染症対策チーム、専門家チーム、自衛隊部隊があり、災害の種類や規模、被災国の要請に応じて、単独または複数チームが派遣される。国際緊急援助隊の事務局機能はJICA国際緊急援助隊事務局が担っている。

注2)United Nations Disaster Assessment and Coordination。UNDACチームは、派遣を要請した国の政府や他の援助国、援助機関が効率的、効果的に活動を行えるように、現地で情報収集、被害状況の評価や連絡・調整などを行う。

注3)International Search and Rescue Advisory Group