【明治150年 世界に受け継がれる日本の近代化経験:Vol.3】汽笛一声、世界に発進 鉄道技術を伝えて半世紀

2018年10月12日

JICAが建設に協力したインド・デリーの地下鉄。地下鉄は生活を変えたとも言われる

明治維新から4年後の1872年(明治5年)10月14日、新橋~横浜間で鉄道が開業。「汽笛一声新橋を」と鉄道唱歌に歌われ、近代化の象徴の一つとなりました。ほぼ1世紀後の1964年には東海道新幹線が開業、相前後して日本は、開発途上国に鉄道の技術や知識を伝え始めました。シリーズ「明治150年 世界に受け継がれる日本の近代化経験」の第3回は鉄道を取り上げます。

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維新前に留学、「鉄道の父」の礎から新幹線へ

明治末期、東京の数寄屋橋(現在の中央区)付近に建設された高架橋を通る鉄道(国立国会図書館蔵)

後に「鉄道の父」と呼ばれる井上勝。井上は、明治維新前に旧長州藩が技術や制度を学ぶためにイギリスへ密航留学させた長州藩士5人、「長州五傑」の1人。帰国後、新政府の鉄道部門の責任者になり、欧州から招いた外国人とも対等にわたり合いながら鉄道事業を推進しました(注1)。

井上は、留学経験者を登用し、国内での技術者養成に力を注ぎ、鉄道の礎を築きました。

戦後、日本は世界銀行から建設資金の融資も受け、1964年に東海道新幹線を開業。世界で初めて、時速200キロメートルを超える営業運転を実現しました。新幹線は、自動車産業が急成長しつつあった世界に、鉄道の可能性を再認識させました。

当初から最新技術を投入 50年に及ぶ支援

1966年には、韓国の鉄道設備改良に対する円借款や、ガーナでの鉄道軌道に関する技術指導が始まりました。

国鉄の技術者だった秋山芳弘さん(現・日本コンサルタンツ株式会社)は1974年、ザイール(現在のコンゴ民主共和国)で開始されたバナナ~マタディ間輸送力増強事業の専門家として現地に赴きました。

マタディ橋を2017年に再訪した秋山さん(右から3人目)と現地の旧友たち。工事には、着工直後の本州四国連絡橋の技術も活用された

事業は、世界的大河、コンゴ川を渡る初の本格的な橋梁を、アフリカ最長の吊り橋として、自動車・鉄道共用で建設し、主要港とのアクセスを改善するものでした。「橋がたわむので重量のある鉄道には吊り橋は無理」と言われていた時代。着工されたばかりの本州四国連絡橋のノウハウも投下され、橋は1983年に完成しました(注2)。

さまざまな困難を乗り越えて実施された完成式。「出席した大統領、そして詰めかけた数えきれないザイールの人々が喜んでいた光景は忘れられない」と秋山さん。現地の関係者が保守の研修などで来日するたびに旧交を温め、「支援には、人間関係の構築が欠かせない」と繰り返します。

秋山さんは、その後、日本の経験も踏まえ、ポーランドで国鉄民営化支援計画に関わるなど(注3)、40年近く海外の鉄道プロジェクトで活躍を続けています。

国の実情に合わせて日本のさまざま経験を

JICAは、日本ならではの発想や技術を、その国・地域の状況に合わせながら伝えてきました。

■ミャンマー:国鉄の安全性と輸送力等のサービス向上を

ミャンマーでの橋梁の調査

ミャンマーでは、約6,000キロメートルの鉄道路線網が広がっています。しかし、設備の維持管理が適切に行われず、老朽化も著しかったため、列車運行速度の低下や事故などがたびたび発生していました。

JICAはミャンマーの鉄道分野で30年以上にわたり協力。近年では、保線技術力の向上や運行サービス改善、最大都市ヤンゴンの環状鉄道の車両整備や信号システムの更新を支援し、職員が利用者の声を聞きながらサービス向上を図る取り組みも促しました。


■インド・インドネシア:高密度・高頻度の地下鉄を安全配慮の工事で

工事中のデリーの地下鉄。ヘルメット、反射ベスト、命綱、安全靴など安全対策も徹底された

多くの路線が整備され、短い間隔で正確に運行される都市鉄道は、日本の特徴の一つです。

インドの首都デリーの地下鉄計画は、計画段階の1995年から支援。工事中は、光センサーを利用した安全対策などが活用されました。運行ノウハウや乗客の整列乗車、女性専用車両も導入され、デリーの地下鉄は市民の生活を変えたとも言われています。

インドネシア初となるジャカルタの地下鉄(MRT南北線)は2013年に着工。JICAが行った「ジャカルタ首都圏総合交通計画調査」を基に計画されました。日本の知見と技術を活用して現在建設中の15.7キロメートル区間は2019年春ごろに開業の見込みです。


■タイ:日本の「お家芸」、都市鉄道と駅周辺開発の構想が一体で進行

バンスー駅を中心とした地区再開発のイメージ図。複数の駅、オフィス、ホテル、商業施設、住宅などが構想されている

公共交通機関の利用を前提とした都市開発・沿線開発(注4)、都市鉄道整備と駅周辺整備(再開発)の連携は、途上国で都市化が進む中、世界的にも注目されています。

タイでは首都バンコク都心部の北側の拠点、バンスーと、郊外のランシットとの間、23キロメートルを結ぶ都市鉄道「レッドライン」の建設が日本の協力で、2020年開業を目指して進められています。これに合わせJICAは、バンスー地区再開発調査や日本の事例の紹介などを行い、オフィス、ホテル、商業施設、住宅なども組み合わせた再開発構想の進展に貢献しました。

「地元ニーズ」に「日本ならでは」も生かすオーダーメイドの支援

今後の日本・JICAの支援について秋山さんは「人材育成や駅周辺・沿線開発も含む『パッケージ』として支援することで、さらなる広がりを」と期待を示します。

JICAはこれからも、途上国それぞれのニーズに合わせたオーダーメイドの鉄道の整備を、多角的に支援し続けていきます。


(注1)nippon.com「明治維新と近代日本:現代につながるインフラを築いた長州五傑」(柏原宏紀)などによる。

(注2)バナナ~マタディ間輸送力増強事業はその後、ザイールの経済悪化などによりマタディ橋のみの事業となり、鉄道のレールと枕木は敷設されないまま現在に至っている。橋は現在もコンゴ川を渡る唯一の本格的な橋で、建設技術はその後、トルコの第2ボスポラス橋、カザフスタンのイルティッシュリバー橋、トルコのイズミット橋などの建設にも生かされた。

(注3)日本国有鉄道(国鉄)は、1949年に公社として設立され、戦後の日本で基幹的輸送機関としての役割を果たしてきた。しかし、旅客、貨物とも、自動車、航空などとの競争が激化し、64年に経営は赤字に転落。69年以降、国による4次にわたる再建対策が実施された。87年に地域ごとの6つの旅客会社と、全国一元の1つの貨物会社などに分割するとともに、民営化され、JR各社が発足した。

(注4)公共交通指向型開発(Transit-Oriented Development : TOD)。TOD は自動車に過度に依存しない持続可能な都市を実現するための有望な方法の一つであり、日本が強みとする「質の高いインフラ」整備手法の一環として位置づけられるもの