【私の思い】台風ヨランダの被災地支援で学んだ「現場力」:見宮美早 職員

2018年11月1日

見宮美早 職員

100年に一度とされる超大型台風ヨランダがフィリピン中部を襲来してから、今月8日で丸5年。死者6201人、被災者数1600万人以上という甚大な被害により現地は壊滅状態に陥るなか、JICAはすぐさま支援に乗り出しました。その現場のまっ只中にいたのが、当時フィリピン事務所所員だった見宮美早職員(現・地球環境部森林・自然環境第二チーム課長)です。

「まずは現場へ行って現場を感じ、ニーズを把握して次の行動につなげる『現場力』が、支援活動でどれだけ大事か、ヨランダを通じて学びました」と語る見宮職員。そのとき得た教訓は、5年経った今、自分自身の中に生かされていると言います。

必要な支援をいち早く被災地に

見宮職員は、災害発生直後からマニラのJICA事務所の調整班として、緊急援助隊の受け入れ準備をはじめ、フィリピン政府の動向把握から青年海外協力隊員の安否確認まで、支援活動全体の調整役を務めました。緊迫した状態で事務所の広報窓口も務め、メディアなどから殺到する問い合わせを受け、鳴り続ける電話に右手は携帯電話、左手は固定電話と対応に追われました。

厳しい状況のなか、いち早く現場に入った職員やJICA専門家から、断片的な情報を集め、災害の全容と支援のニーズの把握に取り組んだ見宮職員。所長の強いリーダーシップの下、現場力を最大限発揮した関係者全員のチームワークで、フィリピン事務所は、災害発生後3日目にはどんな支援が必要とされているかをとりまとめ本部に発信しました。また、JICAは政府系援助機関として最初に、かつ、直接、最大の被害を受けたタクロバン市などの被災地へ発電機やブルーシートなどの支援物資を届けました。

がれきを寄せ集めてスペースを作り、勉強する子どもたち(見宮職員撮影)

見宮職員が被災地へ足を踏み入れたのは、災害発生から約1か月半後。目の前に広がるのは全壊した家々、がれきの山、折れた電柱——。停電のため、夜になると真っ暗闇になり、恐怖さえ感じるなか、電気の復旧を最優先に掲げたエネルギー大臣の声がどれだけ切実かを痛感したと述べます。

被災した学校の黒板に書かれていたメッセージ。Roofless, homeless, but not hopeless(屋根もない、家もない、でも希望はある)。現場でフィリピンの人たちの力強さを感じ、むしろ励まされたと見宮職員は語ります。(見宮職員撮影)

緊急から復旧復興へと息の長い支援が続くなか、今振り返ると、もっとできたこともあったと語る見宮職員。「ヨランダの経験を現場で関わった私たちだけでなく、貴重な教訓としてJICA 内で共有していかなくては」という思いから、今年、ヨランダのJICAの支援について記した『屋根もない、家もない、でも、希望を胸に フィリピン巨大台風ヨランダからの復興』をJICA国際協力専門員と共に出版しました。

支援のニーズを知るには現地関係者とのコミュニケーションが大事

公共事業道路大臣(中央)とJICA支援チームとの打ち合わせの様子。左端は見宮職員。

現場力を発揮し、どんな支援が求められているか知るには、まずは現地関係者とのコミュニケーションが不可欠ですと見宮職員は言います。「どんな政府高官であろうとも、躊躇せずに話を聞きます」。ヨランダ支援の際は、それまで事務所や専門家が培ってきた信頼関係があったからこそ、公共事業道路大臣や復旧復興大臣とも直接やりとりでき、迅速で的確な支援につながりました。

相手との信頼関係を築いていくために、相手の立場に合わせ「自分自身の中にある先入観や思い込みを捨てて、オープンに話を聞く姿勢が大事」と語ります。現在は地球環境部で途上国の森林や自然環境保全のプロジェクトに携わるなか、「よいコミュニケーションを構築していきながら進めないと、たとえ、役立つ技術や知見を提供できても現地に定着しないんです」と述べ、これまでの経験で培った視点が今の現場でも生かされていると言います。

「思い通りにいかない」途上国支援と子育ての共通点

見宮職員は、2011年に育児休暇明けでフィリピン事務所に着任。5歳と1歳半の2人の子どもも一緒でした。夫の仕事に伴い、それまでタンザニアやベトナムで育児をしてきた経験から、フィリピンへの子連れ赴任に躊躇はありませんでした。「仕事をこなせたのは当時、家事に専念してくれた夫をはじめ、同僚や友人など周囲の人々の助けがあったからこそ。子どもが一緒だと大変なこともありますが、仕事以外のつながりも増え自分の世界も広がりました」と振り返ります。

子育てがひと段落したら、また復興支援の現場に向かいたい、と見宮職員を駆り立てるのは、ヨランダの経験に加え、かつてアフリカの小国エリトリアで紛争直後の復興支援に取り組んだときの手ごたえです。自分は特定分野の専門家ではなく、コーディネーターであり、状況を的確に把握し、必要な協力を迅速に描き、形にするのが役割だと見宮職員は言い切ります。そのためには、現地関係者との綿密なやりとりが欠かせません。

時には同僚から「どうして忍耐強く笑顔で交渉できるの?」と聞かれることも。そんなとき、見宮職員は「途上国の現場では想定外のできごとが山のようにあります。人の意見や物事は思う通りにはいかないことを前提に、それを調整していくことが挑戦と考えると、むしろ楽しむことができます」と答えます。そして、この考え方は子育てを通じて体得したとか。「子どもは自分の言うことを聞くと思い込んでいるから怒ってしまいます。でも子育てには、まだこの考え方が反映しきれていません」と苦笑いです。

<プロフィール>
見宮 美早(けんみや みさ)
大学・大学院にて国際経済、公共政策(特に環境政策)を学ぶ。1998年旧国際協力事業団(JICA)入団。ケニア事務所、アフリカ部、フィリピン事務所で環境、投資・ガバナンス、災害復旧・復興などを担当。現在、地球環境部森林・自然環境第二チーム課長。静岡県出身。