【私の思い】「障害者も普通に働く」社会へ連鎖反応を 福地健太郎職員

2018年11月28日

福地健太郎職員

「障害者に対する支援をするなら、障害分野の国際協力に特化したNGOで働く選択肢もありました。しかし、途上国の国づくりへの協力を通じて、障害者を含めた多様な人々が取り残されないような社会づくりがしたいと思い、JICAでの仕事を選びました」と話すのは全盲の福地健太郎職員。「普通に仕事を任されるJICAの環境がいいんです」と、やりがいを感じながら、障害者の能力を引き出したり、障害者の社会参加を促進したりする取り組みを進めています(注1)。

地域での実践が世界とつながる

北海道当別町のゆうゆうでの研修の参加者との記念撮影。右から4人目が福地職員

福地職員は、団体職員やNGO活動などを経て、2013年、JICA北海道で働き始めました。研修業務課で、さまざまな分野の研修員や留学生の受け入れを担当しました。

印象に残っている取り組みの一つが、地域リソース開拓調査で巡り合った北海道当別町のNPO法人「ゆうゆう」と連携した新規研修の立ち上げ。ゆうゆうは、人口1万8,000人という町の規模を考慮し、「ごちゃまぜ福祉」として、子ども、障害者、高齢者などの多様な住民を地域の住民とのつながりによって支援し、地域の活性化にも貢献することを目指しています。

当初、地域共生型福祉の先進事例として、福地職員らがタイからの研修の受け入れを依頼したとき、ゆうゆう側の反応は「面白そうだけど、これが世界で通用するんですか?」でした。福地職員はじめ、JICA北海道では組織をあげて、一緒に研修を実施する有力なパートナーとしてゆうゆうを応援。ゆうゆうは、研修に同行したタイメディアの報道でタイ国内で広く知られるようになり、その後、視察・研修先として指名されるほどになりました。

ウズベキスタンでのピアカウンセリング研修の様子

福地職員はまた、中央アジアの女性障害者リーダーを招いた研修の後、北海道の障害者リーダーとともにウズベキスタンに行き、女性障害者同士によるピアカウンセリングの研修を実施しました。ピアカウンセリングは、仲間として経験を共有し、自尊心を回復していく取り組みです。「女性」「障害者」という二重に排除されがちな人たちを日本人が支援する様子は、国際女性デーと重なり、現地で大きな反響を呼びました。

その他、日本の教育を学ぶ研修では、福地職員の発案で、障害者もともに学ぶインクルーシブ教育についての講義を新たに組み入れました。「地域での実践と世界がつながる。自分が関心を持って動くと、連鎖反応が広がる。やりがいを感じました」と福地職員は振り返ります。

南アフリカで活躍する障害者やパートナーたち

2018年4月からは、JICA本部の人間開発部社会保障チームで、JICAの国内拠点で実施している研修の取りまとめや、障害者の力を引き出したり(エンパワーメント)、障害者の社会参加を促進したり(障害の主流化)する、南アフリカやヨルダンでのプロジェクト(注2)、能力強化研修「障害と開発」(注3)などを担当しています。

南アフリカの社会開発省の職員や障害者リーダーと話す福地職員

プロジェクトの現状を確認し、今後の進め方について関係者と調整するため、10月下旬から約2週間、南アフリカへ出張しました。

JICAでの出張は、今回が通算5ヵ国目。「事前に『大丈夫?』と必要以上に心配されることもなく、『じゃあ、福地さん、出張に行って来てください』『はい』というやり取りだけでした。障害者の知り合いからは、仕事を任せてもらえないという話をよく聞きますが、信頼して仕事を任せてもらっています」

南アフリカに出張し、驚いたことの一つが、障害者に遭遇する場面が日本より格段に多かったことでした。「社会開発省では、高官や管理職も含めて障害のある職員が働いていました。会議の参加者の半分が視覚障害者ということもありました」。大臣が、HIV/AIDSやシングルマザーの対応、子ども支援など社会開発省が実施するプログラムのすべてで、障害者の視点を重視するようにとの指示を出している、とも聞きました。

「協力相手は、具体的な取り組みの案もいろいろと持っていました。今後もしっかり協力していけると強く感じました」

原点は「教育支援が人生を変える」、目標は「国づくり」

福地職員が高校2年生のときに書いたエッセイ「オラタイさんと僕の夢」

福地職員が国際協力について考える大きなきっかけになったのは、高校2年生の夏休み、「国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト」へ応募したことでした。

タイのスラムに図書館をつくる取り組みを続ける日本のNGOの報告会に参加し、感じたことをエッセイに書きました。報告会では、NGOの支援を受けて勉強し、外交官になった人が、自らの体験を話していました。その人は、スラムで母親の屋台を手伝いながら、名門大学を卒業、世界中の子どもたちが教育を受けられるという目標を実現するために外交官になりました。教育の支援で人生が変わることに感動しました。

南アフリカで打ち合わせ中の福地職員(左から2人目)、資料やメールの内容は読み上げソフトを使って把握するため、仕事中はレシーバーを掛けていることが多い

障害や教育の分野へ強い関心を持ちながらも、福地職員の今後の目標は、障害や教育にとどまりません。「多様な視点で国づくりを支援するのがJICAの強み。例えばインフラ分野の経験も積み、やがては海外の事務所でも働きたい。そして障害にかかわらず誰も取り残されない社会づくりを進めていきたいです」。

以前、アフリカのトーゴから研修でやって来た教員に「仕事をしている様子をビデオを撮らせてほしい」と声を掛けられました。「自分のクラスにも視覚障害のある生徒がいるが、その親が『卒業しても仕事なんてない』という。そうではないことを伝えたい」。仕事の結果だけではなく、福地職員が「普通に働いている」事実とその姿もまた、世界に少しずつ、連鎖反応を起こしています。

(注1)JICAは、「障害と開発」について、「障害主流化の取り組み」と「障害に特化した取り組み」を両輪として事業を進めている。また、「障害」とは人に属するものではなく、機能的な差異のある人に対する差別や排除、社会参加の制約という人権課題である、という考え方に立ち、その意味での障害をなくすための協力を進めている。

(注2)南アフリカのプロジェクトは「障害者のエンパワメントと障害主流化促進プロジェクト」、ヨルダンは「障害者の経済的エンパワメント及び社会参加促進プロジェクト」

(注3)能力強化研修は、特定の分野や課題について、国際協力の現場で必要となる知識やスキルの向上を目的とした短期研修。開発コンサルタントや国際協力NGOなどを対象に実施している。

<プロフィール>
福地 健太郎(ふくち けんたろう)
小学校より普通学校に通い、大学では、国際協力、教育、障害について学ぶ。在学中、「ダスキン愛の輪基金」研修生として1年間、アメリカ、タイで障害者の権利擁護と国際協力を学ぶ。その後、スーダンの障害者教育支援の活動などを経て、JICAへ。大阪府出身。