タイの人身取引被害者と共に歩んだ10年:「国際女性デー」に寄せて

2019年2月27日

暴力や脅迫、誘拐、詐欺などの手段で、弱い立場にある人を別の国や場所に移動させ、売春や強制労働などの目的で搾取する「人身取引」。その被害者の約7割が女性(成人および子ども)です。JICAがタイで、こうした被害者の保護・救済や自立に向けたプロジェクトを始めてから10年がたちました。その動きは今、メコン地域に広がっています。

十分な教育や就労の機会に恵まれず、より良い生活を求めて国外での出稼ぎで子どもや家族を養おうとしたものの、だまされ、つらい経験をした女性たちにとって、生活再建に向けた支援や勇気付けが必要です。

3月8日の「国際女性デー」を前に、JICAがタイ、そしてメコン地域で取り組んできた人身取引被害者への支援を振り返ります。

被害者に寄り添う日本ならではの「被害者中心主義」への理解が進む

人身取引の被害に遭った少女(左)にカウンセリングを行うLOLのメンバー(右2人)

「人身取引の被害者だった私たち自ら、被害者の声を聞き取り、被害者の立場に立った支援サービスの改善に向け政府に対して発信できるようになりました。それがこの10年間の大きな成果です」。

そう語るのは、タイに帰還した元被害者の女性たちが運営する自助グループ「LOL(Live Our Live)」のメンバーです。

JICAは2009年から、タイで社会開発人間安全保障省の人身取引対策部と共に、ソーシャルワーカー、警察官、司法関係者、入国管理局、労働省、教育・医療関係者、NGOなどで構成される人身取引被害者を救援・保護、支援する「多分野協働チーム」に対し、課題とされていた各機関の連携や調整能力の強化などを目的としたプロジェクトを実施。被害者の声に耳を傾け、迅速に、かつ包括的に保護する仕組みづくりを後押し、LOLといった自助グループの活動も支援しました。

人身取引被害者にも活用できる児童虐待防止プログラムの研修を日本で受けるタイの多分野協働チームのメンバーたち。

現場での支援に加え、日本での研修も毎年行いました。

昨年10月に兵庫県宝塚市で開催された研修で、被害者が助けを求める社会開発人間安全保障省「24時間ホットライン」のダルニー・マナッサヴァニット所長は、宝塚市DV被害者相談室の相談員の話から「被害者の保護や福祉において人権が尊重されている。被害者からの相談の受け方などでは被害者の安全が配慮され、体系だった支援が提供されているとわかりました」と述べ、被害者に寄り添う支援をタイでの取り組みに生かしていきたいと意気込みを示しました。

業務調整に当たった小田哲郎専門家はプロジェクトが進むにつれ 、「日本ならではの『被害者中心主義』という考えを、具体的にどのように業務で実践していくのか理解する支援者が増えた」とみています。

メコン地域で綿密な連携を

タイで保護される被害者の半分以上が隣国からの外国人のため、被害者の帰国帰還後の社会復帰を支援するためには、各国との連携強化が不可欠です。2015年からは、タイがカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムといったメコン地域と協働していくための支援にも取り組みました。

ワークショップで自国の人身取引の取り組みを発表するカンボジアの人身取引対策関係者

今年1月末には、第9回となるメコン5ヵ国合同のワークショップがタイ・バンコクで開催され、メコン地域での連携強化を図るための各国の取り組みを共有しました。プロジェクトの佐藤祥子専門家は、「タイと近隣各国との国境地域で、人身取引対策に向けた協力が進み、対策強化につながっていることを実感しました」と言います。

国境地域での協力についてラオス側の人身取引対策関係者らと協議する佐藤専門家(左から2番目)と小田専門家(中央)。

タイは人身取引において、自国民が他国で被害者となる「送出国」であると同時に、タイを経由して他国の国民が第三国で被害に遭う「経由国」であり、メコン地域の国民がタイで被害者となる「受入国」という複雑な背景を持ちます。

メコン地域からは、「タイが被害者を多く生み出している」という見方もあり、タイと近隣国との間で人身取引対策に向けた協力が難しくなることもあるなか、佐藤専門家は、JICAが関わることで、「二国間の潤滑油としての役割も果たしている」との見方を示しました。

日本でも外国人労働者が増え、人身取引対策の強化が求められるなか、「タイやメコンでの取り組みから学ぶことも多いと感じています」と佐藤専門家は語ります。

また、ワークショップでは、プロジェクトで作成された被害者の帰国支援に向けたプロセスを明記したハンドブックなども紹介されました。タイ人身取引対策部のスニー・スィーサガートラクンラート部長は「支援に携わる担当者それぞれの役割が明確になった」と言い、今後、メコン地域での人身取引対策に向けたさらなる連携強化が期待されます。

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ワークショップに参加した日本とメコン5ヵ国の人身取引対策関係者たち

人身取引を多角的に考える

1月末にタイ・バンコクで開催されたメコン5ヵ国合同ワークショップで、プロジェクトが作成した被害者の帰国支援に向けたプロセスを明記したハンドブックについて説明する松野チーフ

「人身取引対策では、JICAが支援してきた被害者の社会復帰支援など「保護」に関わるものに加え、被害を未然に食い止めるための「予防」に向けた取り組みも重要」と言うのは、プロジェクトのチーフを務めた松野文香専門家です。

JICAとして、人身取引の問題に直接取り組むだけでなく「農村開発や女性のエンパワメントに注力することで自国を離れずに生計を営むことができるようにする」「企業があらゆるサプライチェーンの過程で、自社の労働者が人身取引被害などの人権侵害に遭っていないかに目を配るよう支援する」など、多角的に人身取引に取り組むことが有効な対策になると松野チーフは述べます。

JICAは現在、タイに続き、ミャンマーやベトナムでも人身取引被害者の支援プロジェクトを進めています。人身取引の被害を乗り越え、強く生きる女性たちの新しい生き方をこれからもサポートしていきます。