バングラデシュに見るICT時代の国際協力:人材育成と雇用創出による包括的支援の“今”

2019年8月14日

ICT(情報通信技術)がもたらす雇用創出や経済活動の促進が、開発途上国における国際協力の希望の光となっています。従来のICT支援の中心だった電気通信設備や放送関連機器などのインフラ整備に変わって支援の潮流となっているのは、人材育成を含めた包括的な支援。「SDGs(持続可能な開発目標)」達成を視野に入れた、ICT技術の活用による貧困削減と経済成長が期待されています。

JICAでは、世界のインターネット格差を是正し、ICTによって公平・公正な恩恵や新たな雇用をもたらすべく、さまざまな国で国際協力を実施しています。活発で広範な展開を見せるバングラデシュの「日本市場をターゲットとしたICT人材育成(Bangladesh-Japan ICT Engineers’ Training Program:以下B-JETプログラム)」を例に、ICT支援の現在を紹介します。

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バングラデシュで実施されているB-JETプログラムの参加者。倍率は約130倍という狭き門です。

バングラデシュのICT人材に活躍の場を提供 

「日本のICT業界でキャリアを積めるとは、想像さえしていませんでした。夢の扉が開いた気分です。現在は、日々、新しいテクノロジーを学び、自分の技術を磨いています」と話すのは、2018年から、宮崎市のICT企業でWebエンジニアとして働くマルジアさん。JICAが2017年にバングラデシュでスタートしたB-JETプログラムの卒業生です。

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B-JET卒業生のマルジアさん。B-JETで学んだ日本ICT市場向けの知識を生かして宮崎市のICT企業でWeb API(注)の職に就いています。
(注)Webサイト等の開発を効率的に行うため、インターネット経由で外部のハードウエアやソフトウェアが提供する機能を利用するための技術

B-JETプログラムは、バングラデシュにおけるICT人材の就業機会の不足と日本の人材不足のニーズを、互いに埋め合わせる形で発案された画期的なプロジェクトです。日本は、出生率の低下に伴う労働人口減少で、高まり続けるICTエンジニア需要をまかないきれていません。加えて、言語や雇用慣習など日本独自の地域特性も相まって、日本のICT業界への海外人材の流入は、世界中から優秀なエンジニアが集まるシリコンバレーなどの欧米に比べて多いとは言えません。

B-JETプログラムでは、1期あたり20〜40名の受講生に3ヵ月にわたるトレーニングをJICAの技術協力プロジェクトで実施。講義ではICTスキルをはじめ、日本語や日本のビジネスマナーを教えており、卒業生の多くはバングラデシュ国内の日系ICT企業や、日本のICT企業に正社員として採用されています。

日本とは反対に、豊富なICT人材に対して就業機会が不足しているのがバングラデシュです。過去10年以上にわたってGDP成長率6%以上を達成している同国の経済成長を支えているのは、輸出の8割を占める縫製業と海外労働者からの送金。産業の多角化が重要課題とされており、成長著しいICT・ソフトウェア業界が最優先産業のひとつに位置付けられています。

「将来はバングラデシュに帰り、日本での経験を生かしたい」と展望を語るマルジアさん。ICTスキルは世界共通のもので、習得すればどの国でも働けることから、国境を超えた雇用のチャンスがあります。

両国のニーズを埋め合わせるプロジェクト 

B-JETプログラムのさらに特筆すべき点として、宮崎市において宮崎大学、宮崎市、地元IT企業の産官学の連携により、修了生の充実した受け入れ体制が構築されていることが挙げられます。日本国内の修了生の受け入れはJICAの協力の枠外ですが、宮崎市ではIT産業の集積を推進する宮崎市、日本語教育の拠点化を進める宮崎大学、バングラデシュの高度ICT人材を積極的に採用したい地元IT企業が協力し、バングラデシュの若者が日本の生活に安心して定着できる体制が整備されています。また、他の自治体や民間企業においても、宮崎市のモデルを参考として受け入れ体制整備に向けた検討が進んでいます。


【バングラデシュ-宮崎モデルの構造図】

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特に宮崎市では、B-JETと連携し、産学官が連携してB-JETプログラム修了後のインターンプログラムを構築。B-JET修了生の受け入れと定着に成果をあげています。

JICAでは、支援対象国の状況に応じて、さまざまなアプローチで人材を育成。4Kや5Gなど、通信・放送技術は日進月歩で進化し続けていますが、開発途上国にとって重要なのは、“最新の技術”だけではなく、その国の人々の生活をより良いものにするための“最適な技術”を選択・適用することができる知識と経験を持った人材なのです。

ICTが「SDGs」達成の起爆剤に 

ICT支援をはじめ、国際協力を語る上で欠かせないのが、2015年に国連で採択された「SDGs」の存在。貧困・飢餓・教育・不平等など、世界が抱える課題を2030年までに解決するべく定められ、「『誰一人取り残さない』持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現」を目的としたものです。しかし、現状のままでは目標の達成が難しく、経済活動の起爆剤となるICTに注目が集まります。

ルワンダの公立中学校における「スマート・クラスルーム」授業風景。同国では小学校から全生徒へPC教育を展開しており、配布PCにはJICAの民間連携事業で支援している日本企業(さくら社)が開発した算数学習ソフトが組み込まれています。(撮影:内藤智之、2019年3月)

特に、アフリカではICT業界でスタートアップ企業が続々と誕生。ドローンやスマートフォンのアプリなど、ICT技術を活用したイノベーションが各国で起きており、一足飛びの発展を意味する「リープフロッグ(かえる跳び)現象」と呼ばれています。JICAでICTを担当する内藤智之国際協力専門員は「どこかでジャンプをしなければ『SDGs』は達成できません。様々な分野において、ICTを利活用することで新たな価値をリープフロッグ的に創出する支援が、そのジャンプ台となるはずです。数年後には、アフリカ各国でもB-JETプログラムと同じことができるようになるかもしれません。すでに同様なビジネスモデルの検討を始めている国もあります。インターネットの普及は、開発途上国の成長可能性をどんどん大きくしています」と期待を込めます。

インターネットが世界に誕生してから約半世紀。ICT技術は時代をリードする中核技術となり「ICT時代」と呼ばれるまでに生活全般に浸透しています。国際協力のあり方も、時代やそれぞれの国に即した形を模索し続けています。