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「母子手帳」世界の動き−第10回母子手帳国際会議に寄せて(2016年11月23日〜25日:東京)

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母子手帳を手にする母親たち(写真提供:今村健志朗/JICA)

昨年秋、ウェブメディアやSNSを通じて、難民のかばんの中身を紹介した写真が話題になりました。その中の1枚に写っていたのは、ビニール袋で大切そうに包まれた「母子手帳」。JICAが紛争事情を抱えた国で作成を支援した、通称「生命(いのち)のパスポート」です。生後10ヵ月の赤ちゃんを連れたお母さんの持ち物でした。

母子手帳は、妊娠初期から乳幼児期まで母子が共に継続ケアを受けるための健康記録です。戦後、復興のさなかにあった日本で作られ、今や世界約40カ国に広がっています。そのうち、JICAが協力した国は25カ国、年間およそ800万冊を発行し、その数は日本国内の約8倍。各国の実情に見合ったかたちで、赤ちゃんやお母さんの命と健康をしっかりと守っています。

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11月23日から3日間にわたって東京で開催される「第10回母子手帳国際会議」は、母子手帳を運用している、または導入を検討している各国関係者が一同に集まり、その実践を情報交換し、学び合う会議です。

【画像】「あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」という「持続可能な開発目標(SDGs)」(注1)のゴールのひとつに対しても、母子手帳が果たす役割は大きく、その必要性と重要性が世界に向けてアピールされます。

【24、25日の会場はJICA市ヶ谷ビル−世界の最新動向、議論の場に】

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地球ひろば母子手帳展示

各国が母子手帳の取り組みについて発表し、情報交換する場が設けられるほか、電子化についてなどの議論も交わされる予定です。また、JICA市ヶ谷ビル内「地球ひろば」では、ベトナム・ガーナ・パレスチナにおける母子手帳の導入からその後の変化について展示します。ぜひ、この機会に合せてご覧ください。

−第10回母子手帳会議について詳しくはこちらから

−JICA地球ひろばについて詳しくはこちらから

ここでは、会議開催に寄せて、JICAが各国で展開している母子手帳支援の中から、自国の力で改訂運用を続けているインドネシアと、まさに今、導入に向けて動きが加速しているアフガニスタンとガーナでの取り組み、そして電子化への展開を紹介します。

20年超にわたる支援が結実

【インドネシア】独自に改訂運用、他国へ経験共有も

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手帳を手に笑顔の母親たち(写真提供:今村健志朗/JICA)

1993年、日本が初期に母子手帳の開発支援を始めた国は、ASEAN諸国の中で母子保健の状況が悪かったインドネシアです。当時JICAが実施していたプロジェクトの一環で、日本に研修に来ていたインドネシア人医師が、母子手帳に感銘を受けたことがきっかけでした。

インドネシアは、大小300以上の民族集団からなる多民族国家であり、国のすみずみまで行政サービスを行き渡らせることも、現場の声を中央に届けることも並大抵のことではありません。時に、政府高官と一緒に現場を訪れてニーズ調査を行うなど、両者をつなぐ配慮を徹底重視したJICAの支援で、母子手帳の存在は同国でより強固なものとなりました。1997年、政府はその導入を国家プログラムに制定、2004年の大臣令を経て、全州導入を実現しました。

さらに、JICAと共に自国の経験を他国へと伝え続け、2015年、インドネシア政府は6年ぶりに大幅な改訂を行いました。変化するニーズに合わせて独自に運用しています。

【開発スタートからのプロセス】

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インドネシアの母子手帳。誰もが理解できるようイラストを多用、全国で地域差のないサービスが受けられるというガイドラインの役割も果たしている

今、加速している新たな支援

【アフガニスタン】「母子手帳」初導入!学びはインドネシアから

2002年のタリバン政権崩壊まで、長年にわたる戦乱は、アフガニスタンの医療施設や機能をも破壊しました。その保健指標は未だ南アジア地域の最低水準。世界銀行によると、2003年の5歳未満児死亡率は1000人中126.8人から、2015年には91.1人にまで減少しているものの、南アジア地域内の他国と比べ、依然として高い数値となっています。

「自分たちの母子手帳」への思い、形に

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第三国研修の様子

アフガニスタン政府が、母子の命を守る策を見いだすため参加したのが、2015年にJICAがインドネシア政府と共同で実施した第三国研修です。保健省リプロダクティブ局長の強いリーダーシップのもと、文字の読めない母親がどうしたら理解できるか、自国に合う内容は何かなど、学びを自国の実情に置き換えて、ひとつずつ考えながら進んできました。現在、母子手帳の試行版が作成されつつあり、2017年を目処に5県でパイロット実施、2018年にはさらに10県へのスケールアップを目指しています。

国際社会も一致団結、治安問題も乗り越え

JICAが支援を開始したのは今年2月。これまで各国で培ってきた母子手帳にかかる経験と知見を生かします。さらに、2010年から約5年間、アフガニスタンでプロジェクトを実施して支援した医療現場の人材や行政機関が、母子手帳導入というアフガニスタンで初の試みを支えています。

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各国からの学びがアフガニスタンで生まれた子どもの未来につながる(写真提供:大石芳野/JICA)

ユニセフや世界保健機関(WHO)も一致団結。治安の関係で渡航が制限される中、隣国へ関係者を招いて指導を行うなど、障壁を乗り越えての支援が続けられています。

今回開催される母子手帳国際会議にも、JICAは先方政府関係者を招へい。各国の成果や試みが、アフガニスタンにも裨益することが期待されます。

【ガーナ】2018年全国配布へ!手帳に込める「栄養改善」

妊産婦への「妊婦手帳」と、出産後に渡される「子ども手帳」。ガーナではこの2冊が長年使われていました。しかし、「子ども手帳」を受け取るまでの狭間の期間、特に生まれてから最初の1週間に死亡する新生児が多いことから、手帳の一体化を決定。2016年4月、母子手帳の開発がスタートしました。

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ガーナでの母子手帳作成チーム

「1000日間」の栄養が、生涯の健康を左右する

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母子手帳に見入る母親と少女(写真提供:萩原明子/JICA)

ガーナで特に大きな問題となっているのが、母子の栄養不良です。開発された母子手帳には「妊娠中や授乳期の食事」「母乳や離乳食のすすめ方」といった、家庭でできる栄養改善の情報も多く盛り込まれています。最も大切な時期は、胎児期から2歳までの1000日間。死亡率や病気へのリスクを減らし、生涯にわたって続く負の影響を被らないために、母子手帳は栄養指導の役割も担います。

マルチセクター参加で作成、全国配布に向けて一心に

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母子手帳のプレテストで住民の意見を聞く小笠原専門家(写真提供:萩原明子/JICA)

誰が使う手帳なのか−。今年4月から実施してきたワークショップには、予防接種、感染症対策、栄養担当官や国連機関など、母子保健の枠を越えた関係者が一同に会し、母親が使用することを常にイメージしながら、わかりやすいコンテンツ案をまとめてきました。ガーナ赴任中のJICAボランティアからの現場の声や提言も参考にしています。

10月にはガーナ各地でプレテストを実施。多くの住民から「早くこの母子手帳を使いたい」「子どもの病気の兆候や家庭での処置、母乳の与え方など、イラストがわかりやすい。家族全員で母子を守ることができる」など、導入を望む声が多く聞かれました。

いよいよ大詰めを迎える母子手帳の開発。全国展開に向けたカウントダウンは、すでに始まっています。

電子化への展開

パレスチナ難民の「生命のパスポート」、より強固な命綱に

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萩原専門員から説明を受ける父親。その手にはスマートフォンと母子手帳(関連リンク動画より)

2008年、紛争による貧困も重なり、母子の健康に深刻な影響が出ていたパレスチナで、JICAの支援により世界初のアラビア語版母子手帳が発行されました。その後、パレスチナ全域と周辺国のパレスチナ難民にも、ほぼ100%使われています。

住み慣れた国や地域を離れて暮らなければならない境遇にある難民の母親にとって、母子の出生時の健康状況やこれまでの予防接種のことなどを、事細かに移住先の医療機関に説明するのは困難です。通称「生命(いのち)のパスポート」と呼ばれる所以は、難民であっても区別なく配布され、どこに行こうとその大切な情報を正確に伝えられることにあります。

今、その母子手帳が、電子化という新たな形への進化を遂げようとしています。

もし電子化が実現すれば、再びの移動や紛争で手帳をなくしてしまったとしても、サーバーからデータを取り出すことができ、予約リマインド機能を搭載すれば、受診率の向上も期待できます。母子手帳の未来の形が、より強固に母子の命と健康を守ります。