ニュース

原科幸彦 東京工業大学大学院教授に聞く

−世界をリードするJICA新環境社会配慮ガイドライン策定に尽力−

2011年10月26日

日本で、「環境影響評価法」として環境アセスメント(注1)が法制化されたのは1997年。わずか14年前のことだ。環境アセスメントは、開発が環境や社会に与える影響を軽減したり、緩和したりするために調査を行い、影響を予測・評価して、環境保全に配慮する手続きのことをいう。例えば、インフラ整備を行う際に、土地の造成や建設などが原因で、環境に著しい負の影響が生じるか、非自発的住民移転や雇用喪失などの問題が生じるかといった調査を行い、負の影響が予測された場合、事業開始前に緩和策を検討することが求められる。

【写真】

「JICA理事長賞表彰式」の懇親会で環境社会配慮の重要性を語る原科教授

10月4日、JICA研究所(東京都新宿区)で開催された「JICA理事長賞表彰式」で、日本のアセスメント研究の第一人者である東京工業大学大学院の原科幸彦(はらしな・さちひこ)教授が、JICA理事長賞を受賞した。原科教授は、JICAとJBIC(旧国際協力銀行)の統合後、世界でも先進的な「JICA新環境社会配慮ガイドライン」の策定(2010年)に貢献。同年、環境科学会における最高賞である「環境科学会学会賞」を受賞し、今年は、文部科学大臣表彰の科学技術賞も受賞している。世界の範となるガイドライン策定を目指したという原科教授に、環境社会配慮の重要性や策定までの苦労話について、鈴木規子広報室長が聞いた。

——原科先生は、国際影響評価学会(IAIA)の会長職を務められた経験もあり、海外で行われている環境社会配慮に精通されていますが、日本そして世界ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。

【写真】

「アセスメントを社会の作法に」と語る原科教授

(原科) 日本の環境アセスメントは、環境影響評価法で「規模が大きくて環境への影響が著しいもの」と対象を限定しているため、数自体が少ない。しかも規模が大きいと調査に時間も費用もかかるので、多くの人にとって、「環境アセスメントは大変だ」というイメージがあるのだと思います。ところが世界のアセスの大多数は「簡易アセス」といって、「情報を公開して参加を募り、皆の意見を聞く」というプロセスに重きを置いており、実は、決して「大変」なものではないのです。

世界のアセスの先駆けとなったのは、米国政府が1969年に制定した国家環境政策法(NEPA)。NEPAのもとでは、連邦政府の関与する事業のすべてが対象で、年間平均4万件がアセスの対象となっています。一方、日本のアセスは環境影響評価法の下で、年間20件程度。アメリカでは日本の2,000倍ものアセスを行っていることになります。「簡易アセス」から始めるのが、世界標準の環境アセスメントです。おかしいところがないか、まず身体検査にかければいいんです。問題がなければ、健康なのでそれでいい。問題があれば、精密検査すればいい。

——日本の方法は、通常の身体検査というよりは、対象を絞って精密検査を行うような方法なのですね。

(原科) 通常の身体検査をすべての案件に対して行えば、それが「作法」になります。大事なのは「持続可能な社会の作法」。アメリカは州制度のアセスも加えると7万件ほどと推計され、中国などは、アメリカの制度を参考にしているので、年間32万件もの事業を対象にアセスを行っています。小さな事業も対象に、まずはスクリーニング(ふるい分け)して、その上で問題のありそうなものを絞り込んで詳細なアセスを行うという、世界標準の理念ですね。情報公開や参加の範囲に課題がありそうですが、これだけの数が対象になると、繰り返し情報収集が行われ記録も残るので、じわじわと環境アセスメントに対するアイデアが染みていき、人々の環境に対する意識が変わっていくのだと思います。


——JICA新環境社会配慮ガイドライン策定の過程はどのようなものだったのでしょうか。

【写真】

ガイドライン策定「有識者委員会」の様子

(原科) 第三者機関として、ガイドライン策定のための「有識者委員会」が設置されました。この委員会には、専門学識者が4人、NGOから4人、産業界から4人、行政から4人と、異なる分野から均等にメンバーを集めてバランスを取りました。このように、委員のバランスを取ることは重要なことだと思います。そして、2年間で33回に及ぶ委員会を開催し、ガイドラインの一言一句について検討を行いました。審議はすべて公開とし、オブザーバーの発言を認め、発言者名入りで逐語の議事録(発言を忠実に記述したもの)を作成し、ウェブサイトに公開しました。客観性と透明性が高いプロセスを通して、ガイドラインが策定されたと思います。

第三者機関としての「助言委員会」の設置

——ガイドラインを作るプロセスもアセスと同じで、情報公開と参加型で進めたことが重要だったということですね。では、JICA新環境社会配慮ガイドラインにはどういった特徴があるのでしょうか。

【写真】

「JICA内でもこの10年で環境アセスメントへの理解が浸透していきました」と鈴木室長

(原科) 現在JICAでは、技術協力案件なども含めたすべての事業を対象に、年間400〜500件のスクリーニングを行い、A、B、C、FIの四つのカテゴリーに振り分けて環境社会配慮を実施しています。日本の環境影響評価法だと、規模の小さい案件に対しては、影響が大きい可能性があったとしても、対象にならないという問題がある。ところが、JICA新環境社会配慮ガイドラインの下では、案件の規模の大小にかかわらず、すべてがカテゴリー分類の対象ですから、必ずチェックが入ることになります。JBICとJICAが2008年に統合されたことで、資金協力と技術協力で別々に行われていたアセスで一貫性のある取り組みができるようになったことも大きいです。

次が、第三者機関としての「助言委員会」の設置です。「助言委員会」は、専門学識者やNGOにより構成されています。審議は公開とし、オブザーバーの発言も認め、発言者名入りの議事録を作成し、資料と共にウェブサイト上で公開することになっており、極めて透明性が高い審議運営が行われる仕組みになっています。これがきっちり運営できれば、世界に対して環境社会配慮システムの新しいモデルを示すことになると思います。


——そのほかにも特筆すべき点はありますか。

(原科) 情報公開とステークホルダー(利害関係者)協議の推進も徹底されています。事業の早い時期から広く情報を公開し、その後も多くの段階で徹底した情報公開を実施することになっています。ステークホルダー協議は、スコーピング(注2)案を検討する段階、そして、最終報告書案をまとめた段階で行われます。さらに、住民がJICAに対して異議を申し立てることができる制度も組み込まれています。

JICAとJBICのガイドラインを合体

——策定にあたり、いろいろご苦労があったと思うのですが、その中でも印象的だったのはどんなことですか。

(原科) 苦労したのは、JICAとJBICのもともとのガイドラインを合体させて調整する作業です。案件形成段階から開発途上国援助を行ってきたJICAと、事業実施段階で融資を行ってきたJBICとでは、役割が異なるため、ガイドライン自体にも違いがあり、調整作業は難航しました。

——世界銀行など他の援助機関との違いはどんなところなのでしょうか。

【写真】

「世界でも先進的なガイドラインに基づいて事業を推進するJICAに期待しています」と原科教授

(原科) やはり、一番は第三者的機関として常設されている「助言委員会」の存在ですね。世銀は理事会の存在が環境社会配慮に影響を与えています。世界各国から理事が集まるので、理事会は利害調整の場となり、環境社会配慮について中立性の高い審査が求められます。国によってメリットやデメリットがあるのはいけないという緊張関係が常に働き、互いをチェックし合うので十分機能するのです。逆にJICAのような組織が内部に助言機関を置いてしまうと、牽制関係が弱くなり、偏ってしまうのだと思います。

また、マンパワーの違いも大きい。世銀の自然環境の専門家は250人、社会環境が150人いて、それだけのキャパシティがあるから対応しやすい。JICAの場合、事業規模は円高の現在、世銀の7割ほどにもなりますが、環境社会配慮面の審査にかかわるのは20人程度しかいません。ただ、助言委員会があるということは、困ったときはアウトソーシングで外部の専門家の知恵を借りるという合理性があるし、それが事業の透明性を高める一因にもなっています。

これからのJICAとアセスメント

——2010年の7月に完全施行されてから、1年余りになりますが、ここまで充実した環境社会配慮ガイドラインを持ったJICAは、この先どこに配慮していけばよいでしょうか。

【写真】

さらなるODAの発展とPRについて語る原科教授

(原科) 「助言委員会」をいかに持続的に運営していくかということですね。これだけのものを作ったら、委員会に情報を提供する事務局も大変だと思いますので、まずはJICA内部の担当部署を補強して、マンパワーを充実させることが大切です。加えて、ガイドラインにかかわる担当者の能力の向上も求められます。今のところ異議申し立てはありませんが、今後の経過を見守りたいと思います。

また、円借款の事業に技術協力などを組み合わせて、モニタリングをやりながらフォローアップするといった、最近のJICAの動きを反映して、環境アセスメントのプロセスにJICAならではのエンジニアリングを加味して丁寧に経過を見守る。このような「アセスの活用」は、今後、より増えてくると思います。さらに大事なのは、ODAを発展させるために、国民によく理解してもらうことです。アセスにはJICA事業の品質管理という機能があります。質の高いODAの実施状況を、PRを通じて国民に伝えることが重要です。JICAの国内拠点などで環境社会配慮に関する取り組みに関する勉強会を開くのも有効ではないでしょうか。そして、アセスの経験の蓄積が、対象事業が限定的な日本国内のアセスの改善にもつながれば、素晴らしいことです。


(注1)略して「(環境)アセス」とも称する。
(注2)公開した情報に対し、住民などから検討すべき代替案と、重要と思われる評価項目の範囲や調査方法について意見を求める。


<プロフィール>
原科幸彦(はらしな・さちひこ)
1975年東京工業大学理工学研究科修了、工学博士。1995年より東京工業大学大学院教授。前国際影響評価学会(IAIA)会長。前日本計画行政学会会長。国際協力機構・環境社会配慮ガイドラインにおける異議申立審査役などを務める。専門は、社会工学、環境計画・政策、環境アセスメント、住民参加、合意形成。静岡県出身。
著書:『環境アセスメントとは何かー対応から戦略へ』(2010、岩波書店)、『環境計画・政策研究の展開』(2007、岩波書店)、『市民参加と合意形成』(2005、学芸出版社)、『改定版・環境アセスメント』(2000、放送大学教育振興会)、『環境指標』(1986、学陽書房)ほか。
訳書:『戦略的環境アセスメント』(1998、ぎょうせい)、『低開発と産業化』(1987、岩波書店)ほか。

鈴木規子(すずき・のりこ)
JICA広報室長。1981年に旧国際協力事業団(現JICA)に入団。本部、マレーシア事務所などを経て、1996年、外務省へ出向し、ニューヨークの国連代表部に約2年勤務。帰国後、本部勤務の後、スリランカ事務所長、マレーシア事務所長を歴任。2010年5月より現職。東京都出身。