ブラジルの不毛の大地「セラード」開発の奇跡

−JICA研究所によるプロジェクト・ヒストリー発刊−

2012年7月12日

「ブラジルの不毛の大地『セラード』開発の奇跡」

ブラジルに「緑の革命」を起こしたといわれるセラード農業開発。同国政府が国家プロジェクトとして着手してからわずか20年余りで、不毛の大地は南半球最大の農業地帯に生まれ変わった。しかし、「20世紀の農学史に輝く偉業」と称されるその陰で、日本の協力が大きな役割を果たしたことはあまり知られていない。そのため、JICA研究所は国際協力の観点からセラード農業開発について研究を進めてきた。その結果が7月12日、JICAのプロジェクト・ヒストリー第5弾「ブラジルの不毛の大地『セラード』開発の奇跡」(ダイヤモンド社)として発刊された。

日本とブラジルの協力がもたらした農業革命

セラードにある南マット・グロッソ州。人為的干渉のない原植生が残っている(1975年撮影、写真上) 生まれ変わったセラード。見渡す限り大豆畑が広がる(2000年撮影、写真下)

不毛の土地とされていた熱帯サバンナ地域セラードが、世界有数の農業地帯へと変貌を遂げるには、事業計画の段階から資金、技術の両面による日本の協力があった。1974年、田中角栄首相(当時)がブラジルを訪問し、セラードの開発支援を表明。JICAは、日本の民間企業と共同で「日伯セラード農業開発協力事業」のための出資会社を創設し、ブラジルの出資会社と共に同事業の調整役を担う合弁会社を設立、1979年に農地造成事業を開始した。

一方、技術協力は先行して1977年から開始され、強酸性で、作物の生育を妨げる高濃度のアルミニウムを含む土壌を改良し、さらに、大豆の熱帯性品種の育種や、多様な作物の栽培技術の改良に貢献した。セラード地域には21の開発拠点が設けられ、協力事業は2001年まで続いた。

結果、ブラジルの内陸部に位置し、40年前まで農業に適さないとされていた広大な熱帯サバンナ地域は一大穀倉地帯に変貌し、大豆の生産量は、43万トン(1975年)から、4,000万トン(2010年)と、飛躍的に増加した。セラードで生産される農作物も大豆にとどまらず、トウモロコシ、野菜、果物、畜産物、綿花、コーヒーなどに広がっている。また、営農形態も多様化し、熱帯地域での持続的農業に関する知見が蓄積され、セラード開発の成果は「農学史上20世紀最大の偉業」、あるいは「奇跡」とさえ評価されている。

しかし、日本や日系社会による協力の歴史やセラード開発がもたらした変化をまとめた文献は少なく、JICA研究所は2010年から、細野昭雄JICA研究所長と本郷豊JICA客員専門員が、詳細な現地での聞き取り調査を含めたセラード開発に関する研究を進めてきた。セラード開発では、組合主導の計画入植によって拠点開発が進められたが、今年2月の聞き取り調査では、この拠点を核にバリューチェーン(注)が創出され地域格差の是正が進み、また、中・大規模農家だけでなく、小規模農家もセラード開発の恩恵を受けていることが確認された。

マット・グロッソ州のルーカス・ド・リオ・ベルデ市と地平線まで広がる畑。同市はセラード農業開発のモデル地域となっている。濃い緑は環境保護地区(ルーカス・ド・リオ・ベルデ市提供)

さらに、セラードでは、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットのころから、環境に配慮した農業開発が進められてきたが、開発拠点の一つであるルーカス・ド・リオ・ベルデ市が2006年、ブラジルを代表する日刊紙「ジョルナル・ド・ブラジル」から、最も環境保全に貢献した都市として表彰されるなど、持続可能な開発が実現されていることが確認された。

リオ+20でセラード開発の知見を共有

6月20〜22日、ブラジル・リオデジャネイロで「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」が開催された。JICAは22日、サイドイベントの一つとして「持続的開発への教訓と世界への貢献:ブラジル・セラード農業開発」と題したセミナーを、ブラジル国際協力庁と共催。日本、ブラジル両国のセラード開発関係者が、これまでの取り組みと成果について発表し、また、持続的な開発と環境への配慮をキーワードとする今後の開発援助の在り方について議論を交わした。

開会のあいさつで、外務省の堀江正彦地球環境問題担当大使が、日本のODAの注目すべき事例として、セラード開発に言及。「ブラジルの不毛の大地『セラード』開発の奇跡」の発刊を紹介し、英語版、ポルトガル語版の出版に期待を寄せた。また、ブラジル国際協力庁のマルコ・ファラーニ長官は、「持続可能な開発を話し合うリオ+20で、日本とブラジルの協力によるセラード農業開発を紹介することは時宜を得ている。また、セラード開発の経験を基にモザンビークで進めている日本、ブラジル、モザンビークの三角協力による熱帯サバンナ農業開発(プロサバンナ)でJICAと協働できることは喜ばしい。この事業を通じてブラジルは国際協力の経験を積むことができるだろう」と期待を述べた。

パシェコ大臣(右)に報告書を手渡す細野所長(中央)と本郷客員専門員

サイドイベントの翌日には、細野所長、本郷客員専門員、室澤智史JICAブラジル事務所長とモザンビークのジョゼ・パシェコ農業大臣との会談が行われ、セラード農業開発の研究を同国の農業開発の参考にしてもらえればと、JICA側からパシェコ大臣に報告書を手渡した。大臣は「プロサバンナ関係者で共有したい」と謝意を表した。

世界銀行のセミナーでもセラードの成果を報告

リオ+20のサイドイベントに参加したJICA研究所の細野所長は、6月25日に米国ワシントンDCの世界銀行で行われた、農村開発・農業開発に携わる同行や各国政府の関係者を対象としたセミナーにも参加した。「セラード開発がもたらしたインパクトは大きく、劇的な農作物生産量の増加による世界の食料安定供給だけでなく、雇用創出や地域格差是正といった同国のインクルーシブな成長にも貢献した。環境にも配慮されており、グリーン経済の良い例となる」と講演の中で述べた。

また、「セラード開発の経験を基に、アフリカ熱帯サバンナ地域で、南南協力や三角協力によるパートナーシップをいかに実現していくことができるか」「ブラジルで蓄積された革新的な農業研究の成果をいかに効果的に普及していくか」などについて議論が交わされた。さらに、官民一体となった協力や、雇用創出をもたらすインクルーシブな開発の重要性が指摘された。

人口増加問題と食料安全保障への対応

モザンビークのリシンガ地域にある熱帯サバンナ地域(2009年撮影)

世界人口は2011年に70億人を超え、今世紀半ばには90億人に迫るといわれている。特に、急激に人口が増加している開発途上国では、食料問題と環境保全を両立することが喫緊の課題となっている。食料問題の解決には、持続的な農業開発による安定的な食料生産が不可欠であり、特にこれまで、土地の特性などから大規模な農業開発が難しいと考えられてきた地域での食料増産、とりわけ熱帯サバンナ地域での農業開発の成功が一つの鍵となる。

日本とブラジル、モザンビークの三角協力による農業開発プログラムに代表されるように、日本とブラジルの20年以上にわたるセラード開発で蓄積された経験を活用し、アフリカをはじめ、ほかの熱帯サバンナ地域でも持続可能な農業開発への取り組みが進められている。セラード開発の知見を、世界の食料問題にいかに生かせるか。JICAに課せられた使命は大きい。

(注)原材料の生産・加工から製品・サービスが顧客に届くまでの連鎖的な活動によって、次々と付加価値が生み出されるという考え方。