分野や国を超えて感染症の脅威に取り組む(タイ)

−2013年マヒドン王子賞会合開催−

2013年2月25日

鳥インフルエンザをはじめ、人にも動物にも感染する人獣共通感染症は、しばし突発的に流行し、社会経済に影響を及ぼす。近年の環境の変化や経済活動に伴う人や動物の行動範囲の拡大が、感染症の世界的な拡大を助長している。

人獣共通感染症に「One Health」アプローチで挑む

トリパノソーマ症の診断技術をカウンターパートに伝える専門家

JICAはこれまで、アジアの鳥インフルエンザ、アフリカのトリパノソーマ症(注1)やリフトバレー熱(注2)、中南米のシャーガス病(注3)などの人獣共通感染症に対し、感染症診断能力向上のための技術指導、住民への普及啓発などを世界各地で実施。さらに日本国内でも各国関係者の研修を行っている。

人獣共通感染症対策を考える際に欠かせないのが、人間と動物の健康を一連の課題として検討する「One Health」(注4)アプローチだ。1月28日〜2月2日には、タイ・バンコクで「2013年マヒドン王子賞会合(注5)」が開催され、世界73ヵ国の、医学、獣医学、生態学、社会科学、行動科学などの分野から966人の有識者が集まった。会合では「One Health」を実践するための国や分野を超えた取り組みを世界規模で推進することを目的として、感染症サーベイランス(注6)の強化、感染症の流行予防・流行対応の強化、それらを支えるシステムの強化、の各テーマについて、最新の情報共有や議論が展開された。

サーベイランスシステムの構築を通じた流行の予防と対応

会合には、1,000人近い関係者が集まった

効果的な感染症対策には、感染症発生の早期かつ正確な把握と、関連する情報の速やかな共有、つまりサーベイランスの強化が不可欠だ。サーベイランス分野の全体会では、人獣共通感染症分野の権威である、北海道大学大学院獣医学研究科特任教授で人獣共通感染症リサーチセンター総括の喜田宏氏が、コーディネーターとしてセッションの構成を担当し、国を超えた感染症サーベイランス・ネットワーク強化の事例が紹介された。

サーベイランス・ネットワーク構築の事例を写真やイラストを使ってわかりやすく解説する迫田准教授

同セッションに登壇した北海道大学の迫田義博准教授は、アジア大陸をまたぐ渡り鳥や家禽(かきん)を対象とする鳥インフルエンザサーベイランスを紹介した。発表の中で迫田准教授は、衛生的な家畜飼育環境の維持や、感染が発生した際の感染可能性のある家畜の全頭処分の重要性などを主張。さらにJICAの支援により日本で実施した研修に言及し、人獣共通感染症の診断技術の指導を通じて、日本が途上国の人材育成に貢献していることを参加者に印象付けた。

サーベイランスで明らかになった感染症の流行に対しては、迅速かつ適切な対応が必要だ。会合では、従来の、発生した流行に対応するアプローチから、流行の拡大を予防するアプローチへの転換が必要であることが強調された。その手段として、動物を対象とするサーベイランスを通じた感染症リスクの把握や、鉱山などの資源開発部門や農林水産部門など生態系に影響を与える民間部門との連携による予防対策の必要性も指摘された。

人獣共通感染症対策のためのシステム強化

「現場からの声」セッションをリードする石井専門員(左)と、シャーガス病について発表する吉岡専門家(右)

会合では、対策を実行するための法整備や国を超えた協力体制、迅速な対応を可能にする地域ネットワーク、人・動物双方の保健に携わる人材の育成についても議論した。「現場からの声」と題したセッションでは、石井羊次郎JICA国際協力専門員が議長を務め、ニカラグアのシャーガス病対策プロジェクトの吉岡浩太専門家が、病原を媒介する虫の生息分布状況の把握と対策のために、住民、学校、保健センター、地方保健事務所が協働している模様を紹介した。

殺虫剤散布員(左)に同行し現場で継続的な指導を行うJICA関係者(ニカラグ・アコンデガ市)

「地域の保健センターをサーベイランスの拠点として定着させるためのポイントは何か」という質問には、シャーガス病プロジェクトの橋本謙専門家が「関係者を計画段階から巻き込み当事者意識を引き出すことが重要」と答えた。さらにケニアの井上真吾専門家は、黄熱病とリフトバレー熱の診断キット開発に取り組むプロジェクトの活動をポスターを用いて発表した。

「One Health」アプローチの実現に向けて

全体を通して強調されたのは「信頼関係」。「One Health」に対する、各国政府の理解や法整備、予算配分、人材は十分ではなく、課題は山積している。この会合を通じてより強固となった関係者同士の信頼関係を維持し、分野や国という枠組みを超えた協力を実現することを約束し会合は締めくくられた。



(注1)アフリカで発生している原虫感染症。症状がマラリアと似ていることから誤診され、適切な治療を受けられずに重症化するケースが報告されている。
(注2)自然環境内に生息するウイルス性の感染症で、ケニア、ソマリア、タンザニアなどでヒト、牛、羊、ラクダへの感染、死亡例が報告されている。
(注3)中南米特有の寄生虫症で、サシガメという吸血性カメムシ(昆虫)が媒介して人間に感染する媒介虫感染、輸血などによる血液感染、母親から胎児への母子感染などがある。
(注4)2004年に世界保健機関(WHO)、国連食糧農業機関(FAO)、国際獣疫事務局(OIE)などが合同で提唱した、生態系の中で人と動物の健康を一連の課題として捉えるアプローチ。
(注5)プミポン・タイ国王の父で医師の故マヒドン王子の功績を記念し、タイならびに世界の保健医療に貢献した人材の顕彰とあわせて保健関連の課題をテーマに開催される国際会議。毎年1月に、マヒドン王子記念財団と国際機関などとの共催により開催。JICAは2011年から共催機関として参画。
(注6)感染症発生や関連情報を調査・把握し、関係機関と共有すること。

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