【国際協力60周年】ブラジルの治安を守るKOBANの挑戦

−サンパウロ州警察総司令官に聞く−

2014年6月9日

日本とブラジルの国旗が描かれたサンパウロ・ラニエリ地区の交番。かつて国連から世界一危険な地区と認定されたが、交番導入後10年で、殺人事件数は2割程度にまで減少した

かつて、国連に市内の一画を「世界一危険な地区」と認定されるほど深刻な治安問題を抱えていたブラジルのサンパウロで、日本の交番をモデルとしたKOBANの導入が進んでいる。

JICAは2000年以降、日本での研修や専門家の派遣、技術協力プロジェクトを通じて、サンパウロ州に適したKOBANの確立を支援してきた。今年5月には、ブラジル全国でのKOBANの定着と普及を支援するため、新たなプロジェクトの実施が決定した。この新たな協力の基点となる、サンパウロ州警察のトップ、ベネディト・ホベルト・メイラ総司令官に、JICAブラジル事務所の室澤智史所長が聞いた。

住民とコミュニケーションをとれるKOBANへ

室澤:欧米にも同じような制度があるにもかかわらず、サンパウロ州警察はなぜ日本の地域警察制度をモデルに選んだのでしょうか。

「地域社会に根差した警察制度が重要」と語るメイラ総司令官

メイラ:日本の交番が、犯罪を抑止・予防する上で大きな役割を果たしているだけでなく、住民とコミュニケーションを図り、住民と連携して地域の安全を守るなど、地域に根差して活動していることが大きな理由です。サンパウロにも日本の交番に近い警察官の駐在所は存在していたのですが、地域住民とのコミュニケーションはほとんどありませんでした。地域警察制度を導入するためには、まずは、どのように住民とコミュニケーションをとっていくか、またどのように地域に根差した警察官を育てていくかを学ぶ必要がありました。欧米諸国の制度と比較しても、日本の地域警察制度は経験も豊富で、ブラジルの文化と社会に最も適していると判断し、日本に支援を依頼したのです。

室澤:住民とのコミュニケーションを重視したのはなぜですか。

JICAブラジル事務所の室澤所長

メイラ:1997年当時、市民はサンパウロ州警察に対し暴力的なイメージを持っていました。治安維持を進めようとするあまり、警察官が任務の過程で過度な取り締まりを行い、警察官による暴力や殺人が発生していたからです。当時の州警察は、自分たちの任務を遂行することが第一で、地域の安全を守るためには地域の住民に目を向け、その声に耳を傾ける必要があるとは考えていませんでした。当然、地域住民とのコミュニケーションもありませんでした。

結果として、住民は警察に対して恐怖心を抱き、警察は必ずしも市民の味方にはなっていなかったのです。このような状況を変えるべく、当時の総司令官の下、警察の活動や住民とのコミュニケーションの在り方を考え直すことになりました。

サンパウロは国内外から多くの人が集まる大都市です。人の往来が多く、日々の変化も激しい街では、近隣の住民同士のつながりも薄く、地域内のコミュニケーションをとることは簡単なことではありません。当然、地域警察制度の導入も困難ではありますが、警察が住民に必要とされる活動を続けていくためには、地域社会に根差した活動が重要だと確信しています。

サンパウロの事例がブラジル、さらには中米のモデルに

サンパウロ州サンタ・セシリア地区のKOBAN(写真:渋谷敦志)

室澤:JICAでは、ブラジルへの日本人専門家の派遣、ブラジル人警察官の日本での研修のなどを実施してきました。JICAの協力は、どのような成果につながっているのでしょうか。

メイラ:多くの警察官が日本での研修を通じて日本の地域警察制度を学び、それをサンパウロの実態に適応させながら導入を進めてきました。日本の交番システムを導入したKOBANでは、警察官と住民のコミュニケーションが増え、市民の信頼を回復するなど、よい結果が生まれています。ブラジルでの地域警察制度の導入は着実に進んでおり、JICAには大変感謝しています。

室澤:サンパウロ州警察は、地域警察制度の導入の経験や事例を活用し、ブラジル国内の他州への普及にも協力しています。この理由は何でしょうか。

メイラ:サンパウロ州は4,400万人の人口を抱えるブラジル最大の州であるため、サンパウロ州での取り組みが、モデルとして他州の参考になるケースが多くあります。ほかの州警察からの要望に応えることは、サンパウロ州警察にとっては当たり前のことです。

サンパウロの交番を訪問し、地元の警官(右)と業務について話し合う日本人専門家

室澤:JICAが中米で実施している地域警察分野の協力では、サンパウロ州警察がブラジル人専門家の派遣や中米からの研修員受け入れを担うなど、自国の経験をJICAのパートナーとして他国に共有しています。中米の地域警察制度の導入をサンパウロ州警察が支援するのは、どんな理由と意義があるのでしょうか。

メイラ:それは、「相互協力」という一言に尽きます。ブラジルに対しては日本が地域警察制度の導入を協力してくれましたが、サンパウロ州警察による中米への協力も同じことです。また、ブラジルと似た文化や社会的背景を抱える中米では、地域警察制度の導入が治安改善の有効な解決手段になり得ると考えています。実際に、サンパウロの事例は中米からの関心を集めており、協力のニーズは高いのです。

犯罪抑止には法整備や組織変更も必要

パトロールで地域住民に声をかける警察官。KOBANが導入される以前には、見られなかった光景だ

室澤:ブラジルの犯罪対策の課題について聞かせてください。

メイラ:まずは、ブラジルの現状、特に法律を変える必要があると考えています。一番の課題は、犯罪にどう向き合うか。とりわけ、犯罪の予防に対してです。ブラジルの法律では、犯罪に対する処罰があまり厳しくなく、判決が出るまでに時間がかかりすぎることも問題です。日本や他の先進国では結論が出るのも早く、それが犯罪抑制にもつながっていると認識しています。

また、日本では一つの警察が犯罪予防を含め捜査も担当しますが、ブラジルでは犯罪の予防を担当する警察と捜査を担当する警察が別組織(注)となっており、これも活動を難しくしている原因の一つです。われわれのような州警察は犯罪予防のみを行います。これは現状に合っていないため変える必要があるのです。ブラジルの州警察も、犯罪予防、捜査、犯人検挙まですべてを一貫して担当できるようにすべきだと考えています。

この仕組みを変えるには少なくとも10年はかかるだろうと懸念しています。政治家の強い信念も必要です。日本のように法律が厳しく、法を遵守する文化を持っている国をうらやましく思います。

KOBANのさらなる定着と普及に向けて

ブラジルでは、2013年のコンフェデレーションズカップ開催を機に、社会サービスの向上を求めた大規模なデモが繰り返されている。ワールドカップを間近に控えた今、その治安問題には世界の注目が集まっている。現在、サンパウロ州を中心に導入が進んでいるとはいえ、KOBANの歴史はまだ浅く、その理念が社会の隅々にまで浸透し定着するにはまだまだ時間が必要だ。JICAは今年開始予定の技術協力プロジェクトを通じ、引き続きブラジルでのKOBANの導入と定着を支援していく。


【ベネディト・ホベルト・メイラ総司令官略歴】
1981年にサンパウロ州警察に入隊し、2012年11月に総司令官に就任。過去には、サンパウロ州公安委員会委員長を務めた。



(注)主に防犯を担当する州警察(Policia Militar)と、犯罪の捜査と犯人の検挙を行う市民警察(Policia Civil)に分かれている。

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