「投票用紙は弾丸よりも強し」——議会運営・選挙管理を学ぶ

2014年6月18日

民主化を目指すエジプト、コートジボワール、チャド、パレスチナ、ミャンマー、モルディブの6ヵ国・地域から10人の選挙管理委員会や議会事務局の職員を招いて、JICAは5月26日〜6月10日、日本の選挙運営や国会の仕組みなどを学ぶ研修「議会運営・選挙管理セミナー」を実施した。来日した10人は東京都中野区長選挙を視察するなど、民主主義の在り方やその実現方法を学んだ。

健全なガバナンス構築の必要性

参議院を視察した研修員

「アラブの春」と呼ばれる中東での民主化運動をはじめ、アフリカでは南スーダンの独立、アジアではミャンマーの国家改革の動きがある中、民主的国家の設立に向けた健全なガバナンス(統治能力)構築の必要性が高まっている。

JICAは「法制度の整備」「行政機能の向上」「民主的制度の構築」を3本柱にガバナンス分野の支援を行ってきた。中でも「民主的制度の構築」については、日本の長年にわたる知見を基に、開発途上国に対して、選挙制度とその運営、立法府の強化、メディアの強化、市民社会組織の育成などの支援を行っている。

この研修では、参加国の議会事務局や選挙管理委員会の職員が、民主的な国家に必要とされる、1)国民に開かれた議会、2)民主的な選挙、3)公正なメディアを確立するための知識、を身に付けることを目指した。

投票準備から開票までの現場を見る

中野区長選投票所で投票箱を前に説明を聞く

研修員はまず、日本政治総合研究所の白鳥令理事長をはじめとする講師陣から民主主義や選挙制度、行政の仕組みなどの講義を受けた。5月28日には、国会の仕組みを学ぶため国会議事堂と政党を訪れた。30日には警察庁から日本の警察機構と選挙違反の取り締まり方法などについて聞いた。ミャンマー議会のティハ・ハン次長は「日本の警察の中立性に感銘を受けた」と語った。

6月1日、一行は広島に移動。県議会議場などを見学し、地方議会の役割と権限を学んだ。3日以降は東京に戻り、民主政治におけるメディアの役割やインターネットによる選挙運動、政治資金規正、市民の啓発などに関する講義を受けた。「すべての仕組みが信頼の上に成り立っている」「どうして政治家や社会システムを信頼できるのか」と自国との根本的な違いに戸惑いを見せる研修員も多くいた。

そして6月8日に行われた中野区長選挙に関しては、投票準備から開票までの一連の流れを視察。投票前日の7日には、中野区選挙管理委員会の職員から、投票所の設営方法などについて説明を受けた。「二重投票をどう防ぐのか」「身分証明書なしでどうして投票ができるのか」「投票箱を安全に輸送する方法は」など、日本では想定していない状況に関する質問が、研修員から矢継ぎ早に挙がった。軍隊や警官による投票所の警備が必要な国々と日本とのギャップを感じざるを得ない場面だった。

投票当日の8日、住民が投票する様子を見学。「整然としている」「粛々と行われている」と印象を語り、「1日で投票が終わるのは信じられない」と驚く研修員もいた。9日は開票に立ち会い、投票用紙が自動読み取り機に掛けられ、7万票余りの開票が短時間で終了してしまう様を目の当たりにした。「投票箱を開ける瞬間から開票速報が出るまで立ち会ったことは、かけがえのない経験になった」とコートジボワール議会のワッターラ・サヌシィ行政官は興奮気味に語った。選挙視察は研修員にとって驚きの連続だったようだ。

民主主義の精神を学ぶ

チャドの研修員の発表を聞く宇治相談役(左端)と白鳥理事長(その右)

16日間にわたった研修の締めくくりとして、研修員は帰国後の行動計画を発表した。多くの研修員が「有権者の啓発」「子どもたちへの教育」「議会、選挙管理関連人材の育成」の重要性を挙げた。

モルディブ選挙管理委員会のアブドゥル・サター・アシム局長は、「わいろが当たり前になっている社会を正していくことが課題だ」と述べ、エジプト選挙高等委員会のメリカ・フェディ・エミル・ハバシィ主任検事は「選挙区と比例代表制を組み合わせたシステムは興味深い。また有権者のデータベース化は急務だ」と力強く語った。パレスチナ中央選挙管理委員会のディレヤ・イブラヒム・ヘブロン地区長は「女性と若者の投票を促進する必要がある」と課題を明確にした。

前のめり気味な発表に対して白鳥理事長は「改革を急ぎすぎてはいけない。選挙がさらなる内戦の引き金になるケースもあるということを肝に銘じてほしい」と注意を促した。JICAの橋本敬市国際協力専門員は「行政や選挙の仕組みだけでなく、民主主義の精神を学ぶことが大事」だと強調。コメンテーターとして参加した東京新聞の宇治敏彦相談役は「『投票用紙は弾丸よりも強し』(注2)という言葉を胸に刻んで、政治近代化への道を歩んでほしい」と訴えた。

研修員はそれぞれが帰国後、民主的な議会運営や選挙制度の確立に向けて、日本の知見を関係者間で共有し、議論していくことが期待されている。


(注1)2011年初頭から中東・北アフリカ地域の各国で本格化した一連の民主化運動。
(注2)第16代米国大統領エイブラハム・リンカーンの言葉。