【国際協力60周年】人づくりで開くアフリカの未来

−アフリカの職業訓練支援を振り返る−

2014年10月28日

アフリカ部乾部長

1954年に政府開発援助(ODA)を開始して以来、日本は「人づくりが国づくりの基本」という信念の下、人づくり協力を行ってきた。人づくりとは、単に技術や技能を持つ人材を育成するだけでなく、自ら工夫して、その国にふさわしい技術や解決策を見出す、開発の担い手となる人材を育てること。その一環として力を入れてきたのが職業訓練支援だ。アフリカでも、ODA開始後間もない1960年代から、職業訓練支援を継続的に行っている。その中でも特に代表的なプロジェクトについて、JICAアフリカ部の乾英二部長に聞いた。

内戦で支援中断も、受け継がれた日本の精神——ウガンダ

ウガンダで自動車修理会社を起業したナカワ職業訓練校の卒業生(『アフリカと日本−人づくり協力の軌跡』パンフレットより)

NVTIで実施した南スーダンの職業訓練校指導員への研修

ウガンダは、JICAがアフリカでいち早く職業訓練支援を行った国の一つ。1968年にナカワ職業訓練校(NVTI)をゼロから立ち上げ、建物や機材の整備などを支援した。イディ・アミン元大統領による独裁政治とその後の内戦で、1970年代半ばから約20年間支援は途切れたが、内戦終結後の1994年にウガンダ政府からの要請で再び支援を開始。カリキュラムや教材の開発、指導員の養成、訓練機材供与などを通じて、引き続き人づくりへの協力を行っている。

乾部長は支援を再開した当時を振り返り、「内戦前に日本が供与した機材が、20年後も現役で活躍しているのを見て、驚くとともに感動した」と語る。「ウガンダの人たちは、内戦中も機材をメンテナンスし、大切に守っていた。これは、機材を供与すると同時に、ものづくりを貴ぶ日本の精神、5S (整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)やカイゼンの理念を伝えた成果だと、あらためて感じた」

NVTIはこれまで約4,000人の卒業生を輩出してきたが、5Sや勤勉さを身に付けた卒業生たちは、企業からの評価も高いという。現在は、自国に加えて周辺国の職業訓練校指導員の養成や第三国研修(注1)も行うなど、東部アフリカの産業人材育成の拠点として、重要な役割を担うようになっている。

フランス語圏の産業人材育成の拠点へ——セネガル

1992年からCFPTの校長を務めるゲイ氏。2011年には日本から旭日双光章を受章した

フランス語圏の職業訓練校の指導員を対象としたCFPTの第三国研修(撮影:久野真一)

フランス語圏のセネガルでは、1982年にセネガル・日本職業訓練センター(CFPT)建設の支援が始まった。JICAは、技術者資格取得コース開設に向け、センター運営や指導官への技術指導、カリキュラム作成などを支援してきた。しかし、支援をスタートした1980年代当時、フランス語を話せる日本人技術者がほとんどいなかったため、苦肉の策としてカウンターパートであるCFPTの教員を日本に招き、日本語の研修を受けてもらうなど、プロジェクトは試行錯誤の連続でもあった。

当時、研修員として来日した教員の一人に、現在はCFPTの校長としてセネガルの産業人材の育成に尽力しているウセイヌ・ゲイ氏がいる。乾部長が2011年にCFPTを訪ねたとき、ゲイ校長は流ちょうな日本語で、5Sが行き届いた工場を案内してくれたという。「カウンターパートが日本語だけでなく、日本での研修を通じて、技術の背景にある日本の文化や歴史を理解してくれたことが大きかった。遠回りしたが、結果として日本の製造業を支えてきた5Sやカイゼンの理念の理解にもつながった。そしてその精神は、セネガル人に今も大切に受け継がれていると感じる」と乾部長は語る。

日本の支援開始から30年余り。現在、CFPTはアフリカのフランス語圏16ヵ国を対象に第三国研修を実施している。ほかにも、各国の職業訓練校に出向いて研修を行ったり、職業訓練のために専門家を派遣したりするなど、CFPTはアフリカ・フランス語圏の産業人材育成の拠点として、地域全体の発展に貢献している。

職業訓練校から大学へ発展したケースも

当初は産業振興や職業技能の指導を目的としていた支援が、研究を目的とした高等教育へと発展していったケースもある。

ジョモ・ケニヤッタ農工大学(『アフリカと日本−人づくり協力の軌跡』パンフレットより)

1978年に日本が支援を開始したケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学は、キャンパスの建設からカリキュラムの開発、教員の育成まで、JICAがゼロから立ち上げたプロジェクトだ。当初は、農業分野の職業技能を指導する高等専門学校だったが、充実したカリキュラムと実践的な教育が評判となり、ケニア有数の総合大学へと変わっていった。現在、学生数は3万人を超え、汎アフリカ大学構想(注2)の東部アフリカの中核大学となっている。

ザンビア大学獣医学部は、畜産の振興を目的に1983年に施設建設の支援が始まった。当時、ザンビアにはザンビア人の獣医師がほとんどおらず、家畜の衛生状態を改善できずにいた。そこでJICAは、学部施設建設や機材整備、カリキュラムや教材開発、指導者の養成などを通じ、獣医師の育成を支援した。現在、ザンビア大学獣医学部は、ザンビア国内だけでなく近隣諸国からの学生も受け入れ、南部アフリカの獣医学教育の拠点へと成長した。また、現在、北海道大学の人畜共通感染症センターのザンビア拠点として、アフリカの感染症研究にも取り組んでいる(注3)。また、日本の協力により蓄積された設備と技術が評価され、ザンビア政府からエボラ出血熱診断機関として指定されるまでに成長しており、今後さらなる躍進が期待されている。

動物病院の獣医として活躍するザンビア大学獣医学部の卒業生(『アフリカと日本−人づくり協力の軌跡』パンフレットより)

南アフリカ共和国のツワネ工科大学では、卒業生の就職支援のためのプロジェクトを展開している。南アフリカでは大学の就職支援体制が十分でないため、卒業しても就職できない学生が多く、雇用の創出が大きな課題となっていた。JICAは、同国に進出している日系企業に協力を要請し、企業が求めるコミュニケーションやリーダーシップなどのソフトスキル強化を目的とした研修を実施した。その結果、卒業生の就職率が上がるなど目に見える成果を出し、研修は大学のカリキュラムにも組み入れられることとなった。南アフリカ政府もこのプロジェクトに関心を持ち、現在は他大学への導入も検討している。

経済成長を担う人材の育成

コンゴ民主共和国では1990年代の混乱で中断していた支援を再開。職業訓練校指導員の能力強化に取り組んでいる(撮影:久野真一)

日本の職業訓練支援の特徴を、乾部長は「ヨーロッパの職業訓練が、資格付与を目的とした教育が主流であるのに対して、日本の職業訓練は、現場重視。実習などの実践的な教育を通じ、現場で活躍できる実践力のある人材を育成している。そこには、工夫を重ね、適正技術を生み出すという、日本のものづくりの文化、精神も含まれている」と説明する。セネガルでは「人づくりや職業訓練については日本に聞け」と言われているというが、これも、実践力を重視した日本の支援の成果といえるだろう。

今、アフリカはかつてない経済成長のただ中にある。2050年には人口は20億人に達し、労働力人口も急増する。一方で、それに見合った雇用を創出していかなければ、政治は不安定さを増してしまう。アフリカが安定的に成長するためには投資による雇用の創出が必要で、その際に欠かせないのが産業界のニーズに応えられる人材の存在だ。

今後の支援について乾部長は「2013年に横浜市で開催されたTICAD V(第5回アフリカ開発会議)では、産業人材30万人の育成を目標に掲げた。過去の知見を生かし産業界のニーズを取り入れながら、育成した人材が技術を生かせる『出口のある教育』に取り組みたい」と語る。職業訓練を通じた人づくり協力のニーズが、今後ますます高まっていくことは確実だ。


(注1)援助する側の途上国に、援助を受ける側の途上国の技術者を集め、技術指導を行う。
(注2)アフリカ域内の社会開発を担う人材を養成・確保するためには域内の高等教育の強化が重要との認識に立ち、2008年、アフリカ連合委員会(AUC)が汎アフリカ大学(Pan African University:PAU)構想を立ち上げた。PAUはアフリカを五つの地域(北部、西部、中部、東部、南部)に分け、各地域に対象分野を定め、それぞれホスト国、ホスト大学、支援パートナー国(Lead Thematic Partner:LTP)を設けている。
(注3)JICAと独立行政法人科学技術振興機構(JST)が連携し、地球規模の課題解決のために日本と開発途上国の研究者が共同で研究を行うSATREPSプロジェクト「アフリカにおけるウイルス性人獣共通感染症の調査研究プロジェクト」を実施中。

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