南スーダンへの協力を本格再開——象徴となるナイル架橋が着工

2015年4月3日

起工式に出席した南スーダン主要閣僚、赤松武大使(当時、左から3人目)、古川光明JICA南スーダン事務所長(右から3人目)ら

40年以上の内戦を経て2011年7月にスーダンからの独立を果たしたものの、政府内部の争いから多数の死者と避難民を生み出すこととなった南スーダンの紛争発生から15ヵ月。

いまだ和平交渉は決着しないものの、現地では中断していた協力が本格的に再開。3月19日、その象徴ともいえる「ナイル架橋(南スーダン名:フリーダム・ブリッジ)」の起工式が行われた。

ナイル川に架かる南スーダン唯一の橋

老朽化した仮設橋。損傷が著しい

南スーダンの首都ジュバはナイル川沿いに広がる人口100万人を擁する同国最大の都市。独立前後から急速に開発が進み、紛争発生後も都市の拡大は続いている。

独立前の内戦の影響から、石油関連以外の産業がほとんど育っていない南スーダンでは、食料や日用品、建設資材に至るまでほとんどの物資を周辺国からの輸入に頼っている。その多くはウガンダやケニアから陸路で運ばれるが(注1)、ジュバに入る前に幅約300メートルのナイル川を渡る必要がある。

ところが南スーダンを流れるナイル川に架かる橋は、1974年に建設された仮設橋のみ。橋はジュバだけではなく南スーダン全土の生命線であるにもかかわらず、建設から40年以上が経過し、老朽化が進む。過積載のトラックの通行により、過去数回にわたって一部が崩落し、片側通行しかできなくなったこともある。ジュバへの物資輸送を仮設橋に依存することは、限界に近づいている。

JICAは独立以前からジュバの都市計画策定や道路分野での協力を行ってきたことから、南スーダン政府は日本政府にナイル川に架かる新たな橋の建設を依頼。2013年12月、主な資機材の搬入も終わり、本格工事開始の矢先、紛争が発生してしまった。

紛争による国外退避とその間の協力

紛争発生により、現地に滞在していたJICA関係者は、国外退避を余儀なくされた。その後、約1年間、現地での協力は中断せざるを得ず、工事を進めることができなかった。

JICA南スーダン事務所は、ウガンダ事務所に執務拠点を移し、南スーダンの現地スタッフや南スーダン政府関係者と連絡を取り合い、周辺国に南スーダン関係者を招いてのセミナーや研修を実施したり、現地では南スーダン関係者が日本側の専門家から遠隔指導を受けたりしながら活動を継続した。

紛争が続く混乱の中、南スーダン政府関係者は給与が数ヵ月支払われないなどの厳しい環境に置かれた。それでも長年の内戦を経て生まれた国が再び混乱に陥らないように「世界で最も新しい国」をつくるための取り組みを続けた。

待ち望んだ現地での協力再開

再開したナイル架橋の工事

紛争当事者間の和平協議が継続される中、北部の一部地域以外での武力衝突はなくなったことから、2014年11月、JICA南スーダン事務所の職員はジュバに戻って業務を再開した。その後もジュバの状況は安定していることから、今年に入って事業関係者が順次ジュバに戻り、技術協力、無償資金協力ともに現地での協力を再開。南スーダンと日本双方の関係者が1年間、待ち望んでいたことだった。

3月19日に行われたナイル架橋の起工式には、サルバ・キール・マヤルディ大統領をはじめクオン・ダンヒエル・ガトゥルアク運輸・道路・橋梁大臣、デイビット・デング・アソルベイ財務・経済計画大臣、ベルナバ・マリアル・ベンジャミン外務・国際協力大臣、クレメント・ワニ・コンガ中央エクアトリア州知事など南スーダンの主要関係者が勢ぞろいした。そのほかアメリカやスウェーデンの大使をはじめとする多数のドナー(注2)など400人以上が参加し、起工式は盛大に行われた。国連南スーダンミッション(UNMISS)(注3)に参加中の陸上自衛隊による和太鼓と花笠踊りも式典に華を添え、オールジャパンとしての南スーダン協力を印象付けた。

「ナイル架橋は平和構築の象徴になる」と語るキール大統領

キール大統領はスピーチの中で、これまでの日本の支援に対して謝辞を述べるとともに、「ナイル架橋は平和構築の象徴となり、両国の友好の懸け橋になる」と力説。赤松大使は「ナイル架橋が経済的活性化や平和構築の象徴となることを期待する」と述べた。

紛争当事者間の和平協議はいまだ決着せず、一部では断続的に紛争も続いているが、JICAは南スーダンの平和構築と国家建設が適切に行われるよう、さまざまな協力を進めていく。具体的には、日本の戦後復興と同様、成長を支える基礎インフラや成長が見込まれる農業分野への支援を着実に展開していく予定だ。


(注1)独立後しばらくはナイル川をさかのぼり、スーダンからも物資が供給されていたが、両国間の関係悪化や南スーダン国内の紛争の影響から、現在ではスーダンからの物資輸送は限られている。
(注2)援助を受ける国(開発途上国)に対し、援助する側(国、機関、NGO、企業、個人など)を総称してドナーと呼ぶ。
(注3)国連安保理の決議に基づき、地域の平和と安全の定着、南スーダン発展のための環境構築の支援などを主な任務として2011年7月に設立された。2013年12月以降の混乱を受けて、2014年5月、その任務は文民の保護、人権と人道支援のための環境構築に変更された。