日本と世界を地域からとらえる

−木全洋一郎JICA職員−

2012年9月10日

おばあちゃんたちが葉っぱを売っている町として有名な、徳島県上勝町を題材にした映画『人生、いろどり』が、9月15日に公開される。「事業にかかわっているおばあちゃんたちの元気さ、70代、80代になってもなお創意工夫を凝らして商品開発し、パソコンも使いこなす、そしてその元気さを引き出す橋渡し役となる媒介者のマネジメント力が素晴らしいですね」—。そう語るのは、木全(きまた)洋一郎JICA職員(41歳、大阪府出身)(以下、敬称略)だ。

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上勝町では、季節の葉や花、山菜などを、日本料理を彩るつまものとして販売する農業ビジネスを展開している

地域の開発とはそもそも何なのか

近年、世界各地で急速な都市化や経済発展が進行している。一方で、住環境や治安が悪化し、交通渋滞や大気汚染、ゴミの増加など、都市化ゆえの問題も発生。また、開発から取り残された地方との格差も深刻な問題で、都市の周辺地域の過疎化や、経済の衰退、社会基盤整備の遅れ、公共サービスの欠如など、多くの問題が顕在化している。さまざまな要素が複雑に絡み合うこれらの問題は、個別に解決を図るのは困難であり、中長期的な視点で総合的なアプローチを用いて取り組む必要があるとされてきた。

「それだけでは、まだまだ足りないのです。すべての地域が、固有の価値を持っており、それぞれに豊かな地域資源が存在しています。地域づくりの視点から、国際協力や、途上国と日本双方の開発の在り方そのものを考え直すことが重要です」と語る木全は、JICAの地方行政、村落開発、キャパシティー・ディベロップメント分野のエキスパート職(注1)の一人でもある。

国内フィールドワークで訪問した上勝町で、町議会議員の話を聞く

2010年に、JICAのガバナンス・地方行政分野の能力強化研修を実施した際に上勝町を訪れ、「いろどり(注2)」や「ゼロウェイスト(注3)」事業を視察した。「いろどりは、過疎・田舎であることを逆手にとり、都会にはなくて地域にはある『葉っぱ』に独特な価値を置くことに成功した町おこし事業。ゼロウェイストは町の財政難で焼却場が持てないことから、燃やすごみそのものをなくすように徹底した結果出てきた事業です。いずれも町では賛否両論があり、事業化に当たって住民自身が積極的に議論してきていることも上勝町の強みかもしれません」

国境をこえた地域同士の交流

木全は、大学院で国際開発学を学んだ。その傍ら、特定非営利活動法人日本国際ボランティアセンターでボランティアとして、インドシナ地域の住民主体のコミュニティー開発を支援していた。この時に、地域の人々の生活に寄り添う開発援助の形が自然と身に付いたのだという。

1997年にJICAに入職。最初に赴任した北海道国際センター(札幌)で、「地域開発」の研修コースを担当した。当時の北海道は、北海道拓殖銀行の破たんやトマムスキーリゾートの縮小など、明治以来の「国家主導の大規模開発」のシンボルが次々と崩壊していた時期。地域開発そのものや、国際協力の在り方などについて、根本から考えさせられた。

その後赴任したタイ事務所で、地方行政のプロジェクトを担当し、日本の研修先として滋賀県甲良(こうら)町と出合った。木全が驚いたのは、甲良町の取り組みだった。何度かJICAの研修を受け入れた後、甲良町の町民自身が費用を積み立て、タイの地方行政プロジェクトを実施中のポーガム村とドンバン村を自費で訪問。さらにJICAのプロジェクト終了後も、甲良町北落地区とポーガム村との間で「交流合意書」が交わされ、現在に至るまで、交流が続いている。国際協力が種となり、国境をこえた地域同士の交流が芽生え、それが双方の地域づくりにも生かされるということを実感した。

地域の視点から国際協力をとらえ直す

帰国した木全は、国際開発学会で「日本の地域振興と国際協力」という部会を設置する。このころ、学会では、国際協力の名目で十分な情報提供や意思の疎通がないまま、途上国からの研修員を受け入れることで、地域の人々にさまざまな負担を強いるなど、日本の地域が「収奪」されてしまう危険性があることが発表され、大きなショックを受けた。これを契機に、「途上国が日本の地域に学ぶと同時に、日本の地域も途上国からの研修員受け入れを通じ、あらためて自分たちの地域をとらえ直すきっかけ」として国際協力を考えるようになった。この部会での検討成果は『国境をこえた地域づくり』として出版されている(注4)。

飯田市のまちづくりを視察するブータンの研修員

2011年7月には、ブータンから「地方行政支援プロジェクト」の一環として局長や知事クラスが来日。長野県飯田市の公民館活動を通じてコミュニティー住民と行政の協働の在り方について学んだ。他方で、この機会をとらえて、飯田市の公民館行事としてブータンの国民総幸福量(GNH)の講演会を実施し、飯田市民からも好評を得た。

開発援助には、万国共通の成功モデルがあるわけではない。「発展した国の開発モデルを一方的に押し付けてもうまくいきませんし、発展した日本でも、地方では過疎化、少子高齢化といった、途上国でも見られるような問題を抱えています。そう考えると、むしろ途上国と日本の地域づくりの当事者同士が共に考え、学び合う国際協力の形が、今求められているのではないかと思うのです」と語る。

タンザニア各地の好事例を掘り起こす

住民集会でニーズを話し合う(タンザニア・ホムボザ村)

現在は、タンザニアで地方行政分野のプログラムを担当。特にタンザニアの地域住民主体のコミュニティー開発の取り組みを、タンザニア政府の中で制度化し、各地に普及していく仕組みを確立させるべく尽力している。また、タンザニアでは過去10年間、日本で実施された地方行政関連の研修に参加した研修員の同窓会が設立されており、そのネットワークを生かして、タンザニア各地の好事例を掘り起こし、共有する場をつくりたいとも考えている。

住民自身による学校建設の説明を聞く木全(右端)(タンザニア・マセユ村)

「いろいろな地方で、自治体や地域住民たちの取り組みを見ることが、ハイレベルの援助協調や政策対話をしていく上での原点になります」と言う木全。仕事であれ、プライベートであれ、タンザニアのいろいろな地方に行くのが楽しみだという。休みの日には、家族と共によく国内旅行に出かける。タンザニアではサファリを楽しむこともできれば、アフリカ一高い山(キリマンジャロ山、5,895メートル)も、大きな湖(ヴィクトリア湖、6万8,800平方キロメートル)もある。

日本を含めたグローバルな視点で

飯田市でのGNHセミナーで、ブータンの地方行政プロジェクトについて講演する木全(左)

「地方行政や村落開発の分野は、開発援助に活用できる人材・経験はあまり存在しないと思われがちですが、決してそんなことはありません。ただし、黙っていてもそういった人材や経験を途上国開発に活用できるようになるわけでもありません。誰かが率先して地域の取り組みを見いだし、その地域に出向いて国際協力に結び付ける必要があります。そうすることで、日本の地域づくりの可能性がさらに広がっていくのであれば、エキスパート職として貢献しがいがあるというものです」

国際協力に興味を持っている人は、とかく海外に目を向けがちだが、グローバル化した今日の社会では、途上国の開発を途上国の中だけで考えるのではなく、日本を含めたグローバルな視点でとらえていかないと、どうにもならない段階にきていると感じている。先の東日本大震災では、日本よりもはるかに貧しい国や地域から、たくさんの支援が寄せられた。これをきっかけに、今こそ日本自身の地域の在り方を考え直すことが求められていると感じている。

「熱い気持ちと冷静な頭」。近代経済学の祖といわれるアルフレッド・マーシャル(注5)の言葉を胸に、日本と途上国をつなぐ橋渡し役として、今日も木全は奔走する。



(注1)地方行政、村落開発、キャパシティー・ディベロップメントのほかに防災、保健医療、運輸交通など、特定の専門分野で組織能力の発揮と強化を担う。
(注2)日本料理を彩る木や草花の葉を全国に出荷する農業ビジネスを展開。平均年齢70歳、最高齢95歳の農家がパソコンやファクス、タブレット端末を活用して出荷注文や市況情報を入手し、必要に応じて即時に出荷する体制を整えている。
(注3)未来の子どもたちにきれいな空気やおいしい水、豊かな大地を継承するため、2020年までに町内のごみをゼロにするという上勝町の事業。それまでの野焼きから「34分別」へとゴミ処理方法を転換し、これまでにリサイクル率80パーセントを達成している。
(注4)西川芳昭、木全洋一郎、辰己加寿子【編】新評論、2012年
(注5)1842年生まれのイギリスの経済学者。「ケンブリッジ学派」の創始者で新古典派の代表する研究者とされる。主著の『経済学原理』は英国で最もよく使われる経済学の教科書となっている。