【Featuring Africa】「作ってから売る」から「売るために作る」へ

−相川次郎JICA国際協力専門員−

2013年5月7日

農業の「業」は産業の「業」。農家は、収穫した農作物を換金することで生計を立てる経営体であり、市場とのかかわりは欠かせない。たとえどんなに高度な技術を習得し、灌漑(かんがい)などの設備を整え、生産性が向上し農作物の収量が上がったとしても、市場で作物を売ることができなければ、収入には結びつかない。農家は、収入がなければ次のシーズンの種を買うこともままならず、収穫がなければ生計が成り立たない。

ケニアでうれしいお説教

SHEPでは、農家の平均所得が2年間で2倍になった

「アンタばか言ってんじゃないわよ、毎週やらなきゃ、そんなものわかるわけないじゃない」。半年ぶりにプロジェクトの運営指導のため訪れたケニアで思わぬ場面に出くわした。ある農家の女性に「年に1度くらいは市場調査をやっていますか」と質問したら、「当たり前じゃない」と、冒頭の通り説教されたのだ。「これは実にうれしかったですね」。そう語るのは、相川次郎JICA国際協力専門員(44歳、千葉県出身)(以後、敬称略)だ。

相川の専門は、農業・農村開発。現在は国際協力専門員として、年間35件ほどの農業案件を担当し、JICAの専門家や職員への指導、新規案件の調査研究や立ち上げなどを行っている。6月に横浜で開催される「第5回アフリカ開発会議(TICAD V)」で、ケニアでチームリーダーとして全体の総括と農民組織強化を担当した、「小規模園芸農民プロジェクト(Smallholder Horticulture Empowerment Project:SHEP)」の取り組みが大きく推し出されることが決まっており、いつも以上に慌ただしい日々を送っている。

市場に始まり、市場に終わる

ケニアでは、市場で流通する農産物の60パーセント以上を小規模農家が生産しているが、限られた技術や販路、生産・流通インフラの未整備、非力な農民組織といった問題に直面し、貧困なままに押しとどめられていた。2006年、プロジェクトの専門家としてケニアの地に降り立った相川は、日本の技術協力の原点に立ち返り、同国が本来持つリソースを生かす方策を徹底的に検証した。そして、市場に始まり市場に終わる「ビジネスとしての農業」を柱に、現場の人の視点に立って考案した「動機づけ」と、緻密な連関(注1)とロジックを用いた「モチベーション向上とスキル強化」を駆使して、所得の増加を目指すSHEPを、122グループ、約2,000人の小規模農家を対象に実践した。

プロジェクトでは、まず最初に現状分析(ベースライン調査)を行い、栽培作物、作付面積、収量、生産コスト、所得などのデータを各農家から収集した。次に「お見合いフォーラム」と名づけたイベントを催し、農民組織と、種苗・肥料会社や資材会社、農産物加工業者を含む園芸産業関係者との出会いの場を提供。また、ケニアで野菜の栽培に従事する農民の約7割が女性というデータから、ジェンダーバランスにも気を配り、すべての研修は男女同数の参加とした。

農家自ら栽培作物を決める

プロジェクトを実施しているリフトバレー州ニャフルルの市場で市場調査を行う参加者

全体を通して徹底したのは、自ら「気づいて」もらい、納得した上で「自発的」な活動に結びつけることのできる、「考える」農家や農民組織を育てること。現状分析も、お見合いフォーラムも、農家が自身の営農実態や周辺環境を知るための機会の一つ。「ケニアの場合、野菜を作るポテンシャルは非常に高いのですが、自分たちが収穫した作物が、市場でいくらで売られているのか知っているかと聞いてみると、ほとんどの人が知らない。ならば重要なので調べましょうと、実際に皆で市場に行くわけです」

研修参加者は、用意されたフォーマットに従い、いつ、何が一番高く売れるのか、品種は、サイズはなど、ニーズを調べる練習をする。後日、それぞれの地元に戻ったら、普及員の指導の下、近隣の市場で実際に市場調査を行う。調査結果をグループ全員で検討し「今期の栽培対象作物は高く売れるトマトにしましょう」と、市場ニーズに沿った栽培作物を決める。一見単純なことなのだが、自ら市場を調べて栽培作物を決めることは、小規模農家にとって画期的なことだった。

「売るために作る」に発想を転換

市場で売れるもの、売れているものは何か。グループで売るために栽培する作物を決める

この市場調査のプロセスは、プロジェクト最大の「気づきの場」であり、「作ってから売る」から「売るために作る」へと発想を転換したことが、SHEPがSHEPたる所以(ゆえん)にもなっている。自発的な思いは「やる気」に直結し、「この時期には栽培したことがないから、プロジェクトに教えてもらおう」「種はみんなで共同購入したほうが安そうだ」といった建設的な流れで、技術研修や組織強化へと結びつき、所得向上へつながっていった。

また、相川が気を配ったのが、誰もがわかりやすいシンプルな教材とツールによる、農家の学びのプロセスだ。決して無理な目標は立てず、あくまでも既存の組織や仕組みや人材を活用して、いつどこで何をやるべきか順序立てて活動した。モチベーション向上とスキル強化のタイミングの見極めには、心理学の「動機づけ理論」を取り入れ、特に内発的動機づけの権威であるアメリカの心理学者エドワード・デシの理論を参考にした。

人の役に立ちたい

とことんやり通す性格だけに、現在もライフセービングクラブ「鎌倉ライフガード」の理事を務めている

相川は、自分が納得しないと動かない子どもだった。しかし、いったん納得したらとことんやり通す面もあった。大学は農学部に進んだが、これは中学時代の恩師の「これからの世界は農業だよ、相川君」の一言によるところが大きい。ただ、バブル期ということもあり、学業はそっちのけで、夏に限らず1年中、鎌倉の海でライフガードに没頭した。

卒業間近になって、駅でたまたま目にしたのが、「青年海外協力隊員募集」のポスター。「海外に行けて、しかも技術が身につく。それならば」と猛勉強し、1年間の補完研修を経てタンザニアに果樹隊員として派遣された。しかし、タンザニアでは「ミカンを勉強したのにモモ・プラムの畑に配属。環境の違いもありますが、何より果樹に対する知識が浅かった」と挫折。帰国後、もう一度しっかりと勉強をしたいと大学院に進み、柑橘(かんきつ)類の菌根菌(きんこんきん)(注2)の研究に没頭した。

彼なくして、SHEPの成功はなかったというプロジェクトのカウンターパート、ジェームス・O・アリムさん(左)と共に

30歳で博士号を取得した相川は、NPO法人笹川アフリカ協会に就職し、リベンジの地、タンザニアで3年半にわたり活動。世界銀行の「参加型農業開発とエンパワーメントプロジェクト」に農業技術普及専門家として派遣され、本人曰く「レストランのメニュー作り」にも似た、農業技術のデモンストレーションと普及に努めた。その後、JICAの「タンザニア・キリマンジャロ農業技術者訓練センタープロジェクト」の専門家となり、ケニアのSHEPを経て2010年に国際協力専門員となった。挑戦と挫折を繰り返しながらも、「人の役に立ちたい」という内発的な思いは貫かれ、今日に至るまでブレはない。迷ったときは「これ、誰の役に立つのだろう」と自問してきた人生だ。

2年間で所得が2倍に

生活水準、環境、グループ、人間関係、内面の変化。小規模園芸農民にとってSHEPのインパクトは大きい

2007年のベースライン調査時には、2万2,794Ksh(ケニアシリング:1kshは約1.19円)だった農家の平均所得は、2009年のSHEP終了前には、4万7,131 Kshと約2倍に増加。特に、女性の増加ぶりは目覚ましく約2.3倍を記録した。納得して、自ら活動した農家の「やる気」は、所得増加という最高の成果を得て、さらに大きな「やる気」へと育ち、ケニア政府をも動かしている。

2010年、SHEPの成果を受け、ケニアの農業省作物局園芸部傘下にSHEPユニットが設立され、全国の小規模園芸農家を、SHEP事例を活用して支援するシステムが構築された。現在、ケニアでは後続案件のSHEP-UPプロジェクトを実施中(〜2015年)であり、JICAは、持続性のある取り組みとして、ケニアにとどまらず既にルワンダ、パレスチナでも類似案件を展開している。今後は、エジプトも導入を予定しており、TICAD V後には、アフリカ10ヵ国で技術協力以外にもさまざまな形態での展開が見込まれている。

すごいのは日本の技術協力

収穫したビーツを誇らしげに見せる農民グループ(ニャンザ州キシイ)

気がつけばスワヒリ語を操り、専門家を指導する立場になった相川だが、他国ドナーの専門家としても活動し、日本の協力を客観的に見る機会もあったからか、「すごいのは日本の技術協力。私はただのラッキーな男」が口癖となっている。「私の顔も名前も知らない、ケニアの農家の女性が、市場調査の重要性を当たり前のように認識し実行している(さらには説教までしてくる)。これぞ、現場の人の視点に立つからこそ人の意識改革を可能にする、日本の技術協力のすごさなのです」

「SHEPは『日本の技術協力』の特長である現場の人の視点と緻密なロジックを土台にした、ビジネスとしての農業の推進手段です。今後は、そのすごさを世界に発信していきたい」。相川の内発的「やる気」も衰えることを知らない。


(注1)「これをやった後はこれ」と、活動の順番をはっきりさせた導入アプローチ。農家自身が「技術を得たい」と、モチベーションを高めているときに、必要な技術を導入するなど、因果関係を考えて活動計画を綿密に練り込み持続的な成長につなげていく。
(注2)木の根に共生して栄養分を取る菌。感染した果樹はリン酸や水分の吸収が促進され甘くなる。


【TICAD Vに向けて、アフリカの開発課題、事業の最新動向、援助の在り方についての分析など、アフリカをシリーズで特集しています】