内戦終結から5年、スリランカの課題を考える

−青晴海・前JICAスリランカ事務所長−

2014年5月13日

青晴海・前スリランカ事務所長

スリランカの内戦は2009年に終結した。内戦終結以来、政府による復興事業に加え、各国援助機関やNGOなどが紛争影響地域を継続的に支援してきた結果、復興は大きく進んだように見える。

内戦終了後から取り組んできた地雷撤去については、スリランカ政府は2013年、「地雷撤去は約95パーセントの地域で処理が終了した」と宣言した。地雷が残っている地域は、沼地、海岸線といった特定地域に絞り込まれてきており、基本的な生活空間の地雷はほぼ除去されたことで、住民の帰還が進んでいる。内戦終結後、テロは発生していないことから検問所の数も削減された。また、懸案であった北部州地方選挙も、2013年9月、大きな混乱なく実施された。このような状況を踏まえて、日本の外務省の安全情報も大幅に改善されつつある。11月には、コモンウェルス(注1)会合を開催、経済成長も好調であり、スリランカ政府としては内戦後の国家運営に自信を持っているように見える。

一方で、今でも国連の場において、内戦終結をめぐる人権に対するスリランカ政府の責任について、議論が継続している。インドとの関係も微妙な状況が継続している。インドが強い関心を持っている憲法第13次改定(注2)については決着を先送りし、両国の間にある海峡の漁場をめぐり漁民同士の小競り合いが続いている。近隣国との緊張がスリランカの開発に与える影響も懸念される。

内戦が終結して5年。スリランカは、和平実現により国内の緊張が緩和され、経済の順調な成長が進み、平和の果実を得ているように見える一方で、国際社会との軋轢(あつれき)も依然として存在しているといった両面を持っている。この5年、内戦終結によりスリランカの紛争影響地域(北部州、北中部州、東部州)の開発は進んだのか、また、これからのスリランカの課題は何かについて整理したい。

紛争影響地域の開発は進んだか

北部州マナー県の村

昨年末、北部の中心都市ジャフナで、漁網を製造している企業と蟹(かに)缶詰の製造・輸出企業を訪問した。漁網製造会社はフル操業中で、工場のライン増設を検討しており、缶詰企業も、製品の100パーセントを米国に輸出していて、注文に応じきれない状況であるとのことであった。現在の課題は資源量の減少に伴う漁獲量の減少であり、蟹の卵を孵(ふ)化させ海に戻す取り組みを開始している。また、企業訪問後、ジャフナ商工会議所会頭と話をした際には、内戦終結後、北部地域では毎年の経済成長率が、スリランカ国内で最高値を記録していると話し、今後の北部地域の経済成長にも強い自信を見せていた。さらに、北中部州のポロンナルワに本社がある精米・米販売企業の創業者に話を聞く機会もあったが、同社は内戦終結後にビジネスを大きく伸ばし、昨年は日本円にして約60億円の売り上げ(内戦時の約10倍)を達成するまでになったという。北部地域で、ビジネスが着実に成長しているとの実感を得た。

北部地域に対するインフラ整備については、これまで独立型電源であるディーゼル発電に依存していたジャフナ地域が、昨年、全国のグリッド(送電網)に接続した(JICAとアジア開発銀行の協調融資事業)ことに加え、北部・東部地域の無電化地域の電化も徐々に進みつつある。水は依然として井戸に依存する地域が多いものの、緊急支援による井戸の建設により、生活に必要な最低限の水の確保が可能となりつつある。課題は、十分な量の水の確保へとシフトしている(現在、無償資金協力でキリノッチ上水事業を実施中)。

援助機関やNGOの取り組みは、この5年で大きく変化しているようにも見える。内戦終結当初は食料援助、シェルターといった緊急支援を中心に行われていたが、この1年の動きを見てみると、帰還民の生計向上、教育といった分野への支援の動きが加速化しているようである。ただ、帰還民も、戻ってきた時期により生活水準に大きな差があったり、農業の得手不得手により収入に差が出たりと、個々の状況により、同じ地域に住む住民の間でも格差が生じ始めている。今後はこのような格差への対応が必要となる可能性がある。

スリランカの課題

現在、前述した通り紛争影響地域の開発が進む中、スリランカが抱える課題は何か。

まず第一に、紛争影響地域をどのように安定させることができるか、という点である。北部州は、圧倒的にタミール人の人口が多い。東部州は、タミール系住民とシンハラ系住民との関係以外に、イスラム教系住民が多数居住していることから、民族に加え宗教的対立のリスクを抱えているという特徴がある。

スリランカ政府としては、紛争影響地域の地域的特性を踏まえた開発の在り方を探る必要がある。また、南部地域が紛争地域中心の予算編成に不満を持っていることから、一定の地域的バランスを取りながら予算を配分せざるを得ないという事情もある。スリランカ政府は民族と宗教の融和を進めながらバランスの取れた開発を進めるという課題に迫られている。現在行われている政策としては、3言語政策(英語、シンハラ語、タミール語の3言語による教育の実現を目指している)、政府が直接零細農家の生計支援をする「ディビネグマ」(注3)などの政策を通じて、民族や宗教の融和を図ろうとしており、これ以外の地方開発予算の実行を含めた紛争地域支援の進展を注視する必要がある。

JICAはインフラ整備支援、北東部行政官研修、生活向上事業といった各事業を継続している。また、昨年から「ミュージックプロジェクト」への青年海外協力隊派遣を開始した。同プロジェクトは、別々の地域に住むシンハラ系住民とタミール系住民の子どもたちにバイオリンなどの演奏を教え、年に数度、共同演奏会を開催し、子どもと大人の民族交流を行う現地のNGOの事業である。復興支援、民族融和は一朝一夕で実現するものではなく、継続した取り組みが必要であると思う。

コロンボの風景

スリランカの課題の第二は、いかに次の産業を開発するか、ということである。スリランカの従来の主要な産業は、衣料、紅茶、ゴム製品といった業種であるが、近年の欧米の経済成長の停滞や、自国の労働力不足から、競争力の低下が問題となっている。一方で、観光業や建設業が活況を呈している。例えば、首都コロンボでは、増大する観光客に対応するためにホテル建設ラッシュとなっている。これら新たな成長企業は、平和が実現された結果ともいえる。昨年度の、建設業を含むエンジニアの給与上昇率は他の職種を大幅に上回り、人材不足も懸念されている状況になっている。

他方、スリランカ政府としては、国の成長を促進する新たな産業(特に製造業)の誘致を積極的に推進し始めている。残念ながら、ここ数年は大規模な日本からの投資はないが、これまで進出していなかった分野での投資が見られるようになっている。例えば、昨年、ロート製薬株式会社がスリランカに営業拠点を開設した。一人当たりGDPが3,000ドルを超えたスリランカの消費者をターゲットとしている。インド南部市場も視野に入れたこのような投資は、新たな可能性を示している。

ただ、このような企業はまだ少数である。日本企業はスリランカに対してどのようなイメージを持っているのだろうか。課題はあるものの、安全で、港湾や道路などしっかりしたインフラが整備され、生物資源が豊富であり、インド南部も含めると大きなマーケットとしても魅力がある、といった面が、十分に認知されていないのではないかとも思える。

JICAは2014年度から投資庁に専門家を派遣している。投資判断にとって情報は特に重要なポイントであるとすると、今回の専門家派遣により、必要な情報が適時に投資家に伝わることを期待したい。

長年の友人、日本への期待

空海がスリランカで「ため池」の技術を学び、香川県にある「満濃池」修復を行ったのは今から約1,200年前。第2次世界大戦後、ジャヤワルダナ大蔵大臣(当時、その後大統領)が、1951年のサンフランシスコ講和会議で「憎悪は憎悪によってやむことはなく、慈愛によってやむ」という仏陀の言葉を引用し、日本に対する賠償請求を放棄するとともに、日本が国際社会に復帰する道筋を立てた。こうしたことはあまり広く知られていないかもしれないが、日本とスリランカの関係は想像以上に長く、深い。

さまざまな経緯を経て、ようやく得た平和をいかに継続し国の成長に結びつけていくのか、スリランカの抱える課題の解決には時間がかかる。その中でも、スリランカの長年の友人としての日本への期待は大きい。日本もその経験を踏まえた国づくりへの支援を進めていこうとしている。本年は日本の政府開発援助(ODA)が始まって60周年。日本はコロンボ・プラン(注4)に加盟した1954年を日本の国際協力開始の年と定めた。

紛争終結後の国づくりへの貢献は、古くて新しい問題である。ただ、現在の国際社会において、復興への道筋は複雑化している。複雑化する課題にどのようにチャレンジするか、還暦を迎えた日本の国際協力の新たな課題かもしれない。



(注1)英国と、かつてその植民地であった国家から成る連合体。スリランカをはじめ、インド、ウガンダ、ケニア、カナダ、オーストラリアなど約50ヵ国が加盟。
(注2)州に対する権限の委譲を目指した憲法改定。現時点では、警察権と土地利用権について、依然として国が権限を持っている。
(注3)貧困農民に対する物的な支援を行う政府の施策。
(注4)第2次世界大戦後最も早く、1951年に組織された開発途上国援助のための国際機関。

<プロフィール>
青晴海(あお・はるみ)
JICA監査室室長。1985年海外経済協力基金(当時)入社。北京事務所駐在、ジャカルタ事務所次長、広報課長、クアラルンプール事務所首席駐在員、人事部次長、青年海外協力隊事務局審議役、スリランカ事務所長などを経て2014年4月より現職。神奈川県出身。