【不定期シリーズ】J-menに聞く(JICA筑波で働く人たち) 茨城県国際協力推進員 田中玲子さん

 

茨城県国際協力推進員
田中玲子さん

「国際協力推進員」という仕事をご存じですか?
文字通り、「国際協力」を「推進」していくという仕事。地域のJICA窓口として、地方自治体が実施する国際協力事業の活動拠点に、JICAが配置しています。多岐に渡る業務を担う茨城県国際協力推進員の田中玲子さんにお話しを伺いました。

地元の国際協力推進員として

「地元茨城の国際協力推進員となって1年が経ちました。1年経って感じることは、茨城の社会の中にも世界とのつながりが多様にあるということです。物や食べ物を通して、学校や企業等を通して、人を通して、10年前に比べるとより密接にあることを実感しています。今後10年、茨城でも、より世界を感じる場面が増えていくと思います。今の先進国と途上国は、これまでの関係性とは異なり、相互に依存し合っている関係性にあります。さらに、これから私たちは、環境もバックグラウンドも違う世界中の人々と共通した、地球が抱える様々な課題を認識し、解決の為に行動していくことが求められています。」

水戸のJICA茨城デスクを拠点に、県内を飛び回る田中推進員。国際協力に目を向けるきっかけは何だったのでしょうか。

持ち前の好奇心と行動力で

「幼少時代からガールスカウトに所属し、地元の老人ホームの清掃や交流会、野外キャンプなどに積極的に参加する活発な子ども時代を過ごしていました。ユニセフ募金活動にも携わり、様々な社会活動を通して『世界の平和と平等のために私たちは何ができるか。』と日々話し合いました。」

「フィリピンでの植林ボランティア」
苗木を植える前の草刈りをしているところ


「インドネシアのロンボク島で」
お世話になった一家の子どもたちと

【国際協力と文化人類学を学んだ大学時代】
「ガールスカウト時代の経験を通して、大学進学時に国際協力について学ぶことを決めました。」
希望が叶い、国際学科に進学。「東南アジア地域研究コース」を選考した田中さんは、持ち前の行動力で積極的にフィールドワークを行います。

「大学2年生の夏。オイスカ財団主催の「フィリピン植林ボランティア」に参加し、25日間、25人のメンバーで植林に取り組みました。しかし帰国後、私たちが植林した山は、近隣の山に不法投棄されていたごみから火事が発生し、全て燃えてしまいました。植林活動を通して、木の輸出先や、伐採された山はなだれが起きやすく、道が遮断されてしまうこと、生物が減少することだけでなく、ごみ問題や連鎖する社会問題についても学ぶことになりました。」

「一方で、大学3年時には文化人類学のゼミを専攻し、『民族史を書く』というテーマのもと、インドネシアのロンボク島でフィールドワークを行いました。小さな村に一人滞在し、伝統の儀式や布文化・歴史について調査しました。またそこでは途上国の人という見方ではなく、ロンボク島に住むササック人や生活をそのまま理解することを心がけました。この文化人類学を通して、物事を、世界の構造を客観視するという視点を学びました。」

「ロンボク島ではそれだけではなく、環境保護の職種で活動されていた青年海外協力隊の方との出会いもありました。現地のカウンターパートと共に海のサンゴ礁や生態を守る為、現地の伝統的な爆弾漁を見直す活動に取り組まれていました。伝統的な社会を尊重する一方で新たな知識が必要となる場面も見ることが出来ました。」

持ち前の好奇心と行動力で、知識も体験も積み重ねた学生時代。そして、ロンボク島での協力隊員との出会いが、後に、田中さん自身も青年海外協力隊へと向かわせることとなります。

卒業後、「東南アジア民芸品の卸売り会社」に就職した田中さんは、学んできたフェアトレードとは違う、商業貿易としての商品開発、流通経済などを学びました。そして、就職から数年後、青年海外協力隊へのチャンスが到来。見事合格し、2007年6月から2年間、図画工作の先生としてチュニジア南部の聾学校に赴任します。

青年海外協力隊の活動を通して

「チュニジアでの文化交流会」
結婚式の伝統衣装を披露してくれました

「私の配属先は県内に一つだけある聾学校で、生徒達は、近所から来る子も日本から寄贈された貴重なスクールバスで2時間かけて通う生徒達も多くいました。同じクラスには、8歳の生徒もいれば20歳の生徒もいました。生徒達の中には、文房具を用意出来る家庭と出来ない家庭がありました。そのような環境の中で、将来生徒達が手に職を持てるようにということを念頭にアラビア語と手話を使いながら、図画工作の指導をしました。

 材料は段ボール、空き箱、古布、羊毛、サハラの砂等です。特に羊毛は伝統工芸である絨毯織りや、断食明けの犠牲祭等でとても身近な物でした。その羊毛を使い、ミサンガやアクセサリー作りをすると、一人の生徒から近所の人に百円で売ってくれと頼まれ、その他にも注文が沢山入ったと嬉しそうに報告がありました。卒業を目の前にした彼女に、他に仕事がなくても現金収入につながる手段が見付かったことがとても嬉しいことでした。」

グローカルな視点を持って

帰国して1年後、チュニジアをきっかけにアラブの春革命が起きました。田中さんにとって、ガバナンス問題、国と国の関係、世界との関連性を強く感じさせられる出来事でした。

この夏、JICA筑波おはなし会での田中推進員

そして、茨城県の国際協力推進員となった今、田中さんは言います。
「国際協力について知ってもらうために、まずは、国際理解教育に重点を置いて活動しています。県内の国際理解教育に取り組まれている方々との連携に向けて、コーディネーター役として取り組んでいます。任期中にこの連携のベースを確立していきたいと思っています。」

開発途上国の問題を途上国だけの問題としてではなく、「私たちが生活している世界について広く考え、足元を見つめて地域で活動する人を育む活動」としての国際理解教育を推進しようと日々活動を進めています。

「『Think globally , act Locally!』として“グローカル”な視点を持って、世界と茨城を意識した国際理解教育に少しでも貢献できるよう今後も取り組んでいきたいと思います。」