バヌアツから帰国して(元青年海外協力隊 小学校教諭 伊東徹也)

【画像】


みなさんこんにちは!青年海外協力隊として2007年9月にバヌアツに派遣され、みなさんの応援のおかげで無事に2年間の任期を全うすることができました。本当にどうもありがとうございました!

人生の中で輝き続ける経験

23歳のときに初めて行った海外旅行のオーストラリアで、現地の小学校に飛び込んだときに感じた「異文化の中で現地の人たちと生活したい、働きたい」という夢は、いつしか私の中で「絶対にやるべきこと」になり、私は東京都の教員を4年間務め、担任した卒業生と共に退職し青年海外協力隊へ参加しました。

日本国内での派遣前訓練も含め、協力隊員としてこの約3年間で私が学んだこと、知ったこと、気がついたことは夜空の星たちよりも多く、それらはこれからも私の人生の中で輝き続けていくと思います。バヌアツの人々や自然、※タンナ島(※伊東さんの任地)のみんな、高い志をもった他国のボランティアや誇り高き協力隊の仲間、日本から応援してくれた方々の言葉、タンナ島での長い夜に振り返り思った私の人生の中で出会った人たち、島での孤独、活動での苦労、絶望、試行錯誤、よろこび、それらのすべては私に計り知れない影響を与え、私を人としても教育に携わるものとしても成長させてくれました。

日本を遠く離れバヌアツで過ごし、国際協力の現場で活動したことで、祖国日本についてたくさん考える機会を得て、いかに日本が世界でも稀で貴重な国であるのかを知ることができました。国際社会において、日本が世界のためにできることはたくさんあり、また日本にしかできないこと、日本人にしかできないことがたくさんあることを痛感しました。私は今、日本という国にも、自分が日本人であることにも誇りをもっています。

帰国後の苦悩と決意

帰国して数ヶ月は体調がすぐれなかったり精神的に弱ってしまい、3年間で失ったものの多さに気が滅入ることがありました。不自由のない生活、安定した暮らし、誇れる仕事、温かい友人や尊敬できる仲間と過ごす時間、大切な人、日本で過ごす2年間という時間、充実した日々・・・。気持ちが弱くなったときは、それらを捨ててまで協力隊へ行く必要があったのだろうかと思ったこともありました。何の不満もない充実した日々を捨てて夢を叶えた代償は思ったよりも大きく、時に私を苦しめました。しかし、悔いる気持ちはありません。人生は勝負だ!夢は叶えるためにある。夢を叶えた私は今、もっと大きな夢をみることができます。また挑戦することができます。

困っている人がいたら手を差し伸べる。お互いの得意なことを教えあう。 相手の痛みを自分の痛みのように感じる。共に悩み、共に生きる。いろいろと考えてみると、協力隊の活動は何も特別なことではなく、普通のことなんだと気付かされます。同じ地球に住む仲間として助け合う。これは人として当然のこと。国際協力に理由などいらない。私はそう思います。その一部になれたことを誇りに思います。世界平和なんて理想論にすぎず、不可能なことなのかもしれません。でも私はそうわかっていてもこの理想を追い続けたい。死ぬまで挑戦し続けたいと思います。

私は世界の貧困をとめることもできないし、世界中の核兵器をなくすことも、紛争を解決することもできません。でも私は思うのです。

「もしすべての人が今目の前にいる人を幸せにできたら世界は変わる。
人は人を思う。
人は人のために生きる。
そして人種も国籍も関係なく、そこに熱意と愛があれば思いは届く。」と。

協力隊経験の社会還元活動

その思いを胸に、帰国してからは多くの人たちに支えてもらった感謝と、私の経験が少しでも日本と世界の人々の幸せを築く役に立てればと思い、JICA国際協力出前講座の講師として社会還元活動をしています。昨年10月から今年の3月の間に、茨城県と東京都の小学校、中学校、高等学校、大学、地方自治体で合計12回の出前講座をさせていただきました。聞き手に合わせてバヌアツでの2年間の活動や経験、考えたことや気がついたこと、世界の現状をわかりやすく伝えることはとても難しく、毎回ドキドキしながらも楽しく講義をさせてもらいました。自分が講師となり国際協力についての講義をすることで、私自身もさらに深くさまざまなことを考える機会を得ることができ、たくさんの人たちと話をしたり、自分の思いを言葉にすることで毎回新しい発見をすることができました。

バヌアツで教育が人に与える影響力の大きさを改めて感じ、また日本の初等教育のすばらしさを痛感したことから、日本で教員としての専門性をもっと高めたい、人としても教育者としてもさらに成長したいと思い、現在は大学院で学校教育について学んでいます。今までの教職経験と協力隊での経験を踏まえて大学院での講義を聞くことができるので、毎日の授業が楽しくて楽しくて仕方ありません!学べることは幸せなこと。感謝の毎日です。来年度また教員として学校現場へ戻ることを目指し、充実した大学院生活を送っています。また、昨年11月から地元のスポーツクラブでフィットネストレーナーとして仕事をしています。常にトレーナーとして自らを高めることはもちろん、民間企業で働く中で気づかされること、教わることがたくさんあり、よき仲間に恵まれ自己研鑽しながら仕事をさせてもらっています。働きながら学ぶのは大変ではありますが、それができる喜びと感謝の気持ちを忘れず、しっかり学びしっかり働きたいと思います。

これからの決意

将来、私が自分の人生を振り返る時期になったとき「私は青年海外協力隊へ行って良かったよ。」と胸を張って言えるかどうかはこれからの生き方次第。青年海外協力隊での貴重な経験を生かせるように、これからも自分の人生を精一杯生きていこうと思います。

人生は短い。46億年の地球から見たら私の人生なんてほんの一瞬、瞬きのようなものです。でもだからこそ精一杯生きたい。今後も青年海外協力隊として学んだことを忘れず、今こうして生きていることに感謝し日々精進していきたいと思います。未熟な私ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。この場を借りて、支えてくださったみなさまに心からお礼申し上げます。Tankyu asul !(ロカタイ村の言葉で「どうもありがとう!」)


よりよい明日を、世界の人々と。
よりよい未来を、世界の人々と、そしてあなたと。


 平成19年度2次隊 バヌアツ派遣 
 世界一幸せなボランティア 伊東徹也

関連リンク
【画像】

ロカタイ村のパパとママ。彼らのいない2年間など考えられません。深い愛情でかわいがってくれました。本当にありがとう!

【画像】

配属先ロカタイ小学校の5・6年生と。たくさん授業をしたということもあり、一番学力が伸びた学年でした。

【画像】

小学校での出前講座の様子です。思いを伝える機会を得ることができるのは隊員として幸せなことです。

【画像】

茨城大学では「グローバル時代における国際協力」という題目で講義をさせていただきました。