パナマでの教員生活

【画像】井坂OB

元青年海外協力隊 (現職教員特別参加)
井坂OB

参加までの葛藤

大学を卒業し、多忙な中学校教員生活を経て小学校へ異動、家族との時間も増え、幸せすぎる日々が当たり前のように過ぎていき、同時に、「私たちだけがこんなに幸せでいいのだろうか?」という思いが離れませんでした。そんな時、教頭先生から青年海外協力隊の現職教員参加制度の紹介がありました。私の頭には、20年前訪れたインドの「孤児の家」が浮かび、「世界の誰かのためになにかがしたい」という思いがこみ上げました。
自信のなかった英語の試験、予想外だった合格通知、希望通りではなかった配属先。そして、家族からの反対に心が折れそうになりながら、自分は何をしにいくのかと自問自答を毎日繰り返し参加を決意しました。

現地で悩む日々

パナマで、小学校教員の算数指導力向上を目的とした活動を行いました。最初は家族を日本に置いてまで来ているんだという強い思いが空回りし、自分の思いが伝わらずパナマ人同僚とも上手くいかず、教師という自分の中の理想像とのギャップに、一人で悩む日々が続いていました。しかし、いつまでも悩んでいるわけにも行かず、私のセミナーに参加してくれた小学校を回り直接先生に授業のアドバイスを始めました。一対一での関係を築くと、つたない言葉でも伝えたいことがより確実に伝わり、次第に活動は軌道に乗り始めました。

日本の教育システムが好評

一対一の支援を持続しながら、パナマ人2人の先生からの協力を得て、25人の小学校の先生に対象を絞り算数セミナーを実施しました。日本の算数の指導書を盛り込んだ授業の紹介を行い、参加者自身で教材を作って模擬授業で実践していき、日本で学んだ算数授業のパターンたけではなく学級のしつけも、思った以上に先生方に好評で、参加した先生の学校ほとんどで「起立、礼、着席」と日本語で言ってから授業を始めているほどでした。活動を通じ私自身も日本の教育システムを改めて見直しました。

帰国後、そして現在

2010年の4月に元の小学校に戻り半年が経とうとしています。半年の間、小学生・教員の前でパナマでの生活を話す機会に何度か恵まれました。たくさんの人の前で話すことも大切かもしれませんが、パナマで学んだように一対一で訴えていくことにより、興味のある子供、教師という職業に悩んでいる同僚教師の心に響くような話をしていきたいと思うようになりました。自分と関わることでよりたくさんの人々が世界に目を向けて頂けたらと思っています。
(2010年9月作成)

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セミナーを受講した先生の小学校へ訪問したときに撮った写真です。先生を指導するのが主な活動ですが、実際に指導の仕方も見せることもありました。小学1年生に一桁の足し算をブロックを使って教えている様子です。

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本業の算数指導以外に、首都で弓道を教えていました。2年間で24回ほどでしたが、私がパナマから帰国した後も彼ら自身で活動してくれています。道具は茨城弓道連盟から中古の物を送ってもらいました。

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日本文化紹介で書道を教えたときのものです。「日本」と「パナマ」の文字から、両国の関係がさらに深まればと思います。