50年に渡るウガンダ支援-ナカワ職業訓練校への協力を通じて-

2018年6月20日

JICAによるナカワ職業訓練校に対する支援が開始されたのは1968年、ウガンダの内戦により支援が20年間途絶えた期間はあったものの、実に50年間に渡り日本はウガンダの職業訓練分野における支援を継続してきました。

支援は1968年から1974年にかけて実施された「職業訓練センター協力」に始まります。同プロジェクトでは、ウガンダの中小企業振興に必要な技能者向上訓練を行うことを目的に、機械・溶接・自動車及び電気の4分野において訓練実施体制を確立しました。1964年のウガンダの英国からの独立、1967年の初代大統領の追放、オボテ大統領の就任、1971年の軍クーデターの発生とアミン大統領の就任と、当時のウガンダの歴史が激動期にあったことを考えれば、その中で支援を実施することは決して容易ではなかったものの、その困難の中で、現在のウガンダ産業界においても重要な上記7分野において育成された600人の技術者が、ウガンダの産業界の布石となったことは間違いありません。

「職業訓練センター協力」後、ウガンダの内戦を理由に支援は途絶えましたが、1986年のムセベニ大統領就任後、国家再建に尽力するウガンダ政府から日本に対する産業人材育成支援の要請が出されたのが1994年のことでした。長期に渡る内戦による技能者の不足はウガンダの経済発展を阻む要因となっており、人的資源育成はウガンダにとって最重要課題であったことから、支援が再開されました。1994年の個別専門家派遣から、現在、実施されている「産業人材育成体制支援強化」プロジェクト(2015年から2020年)に至るまで、JICAはほぼ途絶えることなく、以下のプロジェクトを通じ、主にナカワ職業訓練校を通して、ウガンダのみならず、ウガンダ周辺国の人材育成も支援してきました。

1994年~1997年:【個別専門家派遣(「職業訓練計画」及び「機械」分野の指導)】
1997年~1998年:【無償資金協力「ナカワ職業訓練校改善計画」】
実習棟、管理棟、宿泊棟等の改修・新設と7学科(電子・電気・機械・自動車・木工・板金・溶接)への訓練機材の供与
1997年~2004年:【技術協力プロジェクト「ナカワ職業訓練校プロジェクト」】
上記の無償資金協力と併せ、訓練機材を供与する同7分野で基礎訓練(中等教育卒業年齢層を対象)と在職者を対象とした技能向上訓練の実施体制を確立
2004年~2006年:【第三国及びウガンダ国内研修「職業訓練指導員研修プロジェクト」】
これまでのナカワ訓練校に対する支援の成果をウガンダ国内と周辺国に広く普及するため、ナカワの指導員が国内の他職業訓練校とケニア・タンザニア・ザンビア・エリトリアの指導員を対象に指導員訓練を実施。
2007年~2010年:【技術協力プロジェクト「職業訓練指導員養成計画」】
ウガンダ国内職業訓練校の指導員の知識・技術の向上と、訓練校管理者のマネジメント能力の向上の為、ナカワ訓練校を活用し、指導員・管理者訓練システムを構築。
2011年~2013年:【個別専門家派遣(「職業訓練指導員現職研修制度構築」における指導。)】
2015年~2020年:【技術協力プロジェクト「産業人材育成体制支援強化」プロジェクト】
ナカワ職業訓練校を通し、産業界のニーズに応えうる技能者・人材を育成することを目的に、自動車・電気2分野におけるディプロマコース開講、在職者を対象としたメカトロニクス分野の技能訓練、他職業訓練校への支援を実施。

50年の支援を通じ、JICAがウガンダの産業人材育成のために築こうとしてきたもの、それは「確かな技術を持つ人材」です。多くの専門家派遣と、またウガンダの指導員を研修員として日本に受け入れることで、技術を指導員一人一人に移転し、ナカワ職業訓練校の指導員を通じて「技術力」をさらに広く普及させることで、ウガンダの若者たちが雇用を得ること、育成された技術者たちが更に技能を向上させ、ウガンダの産業発展に資することを目指してきました。ナカワ職業訓練校の玄関から校舎へ続く道沿いには「専門家の木」と呼ばれる木が植えられています。JICA専門家が派遣され、技術を伝え、帰国する度に、専門家を記念する木が一本ずつ植えられ、それは今や長い並木道となり、長きに渡る日本のウガンダ職業訓練支援を象徴する風景となっています。

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1971年のナカワ職業訓練校開校式典で除幕されたプレート

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1971年のナカワ職業訓練校開校式典。日本とウガンダの協力の歴史が始まった。

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40年以上前に供与された機材。今でも大切に使用されている。

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ナカワ職業訓練校入口から校舎内へと続く「専門家の木」(日本人専門家が植樹した木々)