バヌアツでの障害児・者支援

2019年12月23日

松井美智子

バヌアツに派遣されて

2017年4次隊のシニアボランティアです。2018年3月にバヌアツに来て活動を始めました。バヌアツに来る前は2013年3次隊でサモアで2年間同じ職種で活動経験があります。サモアではニュージーランド支援のNGOの特別支援学校に配属され、主に知的障害のある子どもたちの支援をしてきました。その時に他の学校隊員から先生たちが普通学校で学習につまずきのある子どもたちを「怠け者」だからとしか評価していないという話をよく聞きました。普通学校での障害児への理解が進んでないことに対するジレンマのようなものを感じていましたが、どうしようもありませんでした。

バヌアツには障害児のための特別の学校がなく、活動は学校訪問をして子どもたちの支援をするということで、私にとってはサモアでのこともあり、願ったり叶ったりという内容でした。

国の方針

私の配属先は教育省カリキュラム開発部門で、教育課程の編成や指導書、教科書を編集しています。ここでは、教師向けのインクルーシブ教育の冊子も作成しています。それによると、バヌアツでは、「インクルーシブ教育の方針と戦略計画」を2010年から10年計画で推進しています。インクルーシブ教育とは、すべての子どもをそれぞれの背景にある性差、地域、障害などに関わらず普通学校に受け入れることを目指す教育です。

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教育省で発行されているインクルーシブ教育の冊子

現状

教育省でインクルーシブ教育を進めているとは言うものの、現実は学校の先生もインクルーシブ教育に関する知識が乏しいため学校で受け入れる体制が整っておらず、親の口コミで障害児を受け入れている私立学校へ行くか、地元の学校へ通いはしたものの「お客様」扱いされ、途中で行かなくなるケースも多くあり、通学手段を持たない離島や山間部の子どもたちはその機会すらないのが現状のように見受けられます。

ポートビラ周辺では、特別支援教室や特別支援教員が配置され、インクルーシブ教育が徐々に進められていますが、設置校は3校にとどまっています。

活動について

私の主な活動は学校へ出向き、少人数指導での学習支援をすることです。平日は公立校6校と私立学校1校へ出向いています。

公立校は多いところで1クラス50人以上の生徒が学んでおり、1人の先生が指導しているため全員に目が届かない場面も見られます。着任してからしばらくの間は各クラスでの授業の様子を見せてもらい自己紹介などをしました。子どもたちは人懐っこくすぐに名前を覚えて声をかけてくれます。

少人数指導を実施するにあたり、本当に支援が必要な子どもたちに焦点を当てるために、担任の先生に各クラス4人以下に絞ってもらいました。ただ単に学習に遅れがある子どもの指導をしたいというと、たくさんの名前を挙げられるからです。

バヌアツの公立学校で中度・重度の障害児を見ることは稀です。ほとんどが学習困難児と言われる子どもたちでした。時間をかけて指導したり分かりやすく説明すれば理解できる能力がある子どもたちです。

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少人数指導の様子

低学年を中心に教室以外の場所で、手作りプリントやネットから探したプリントなどを準備して、やって来た子どもたちの学年、実態に合わせて臨機応変に指導しています。足し算や引き算の計算問題は間違いがなくなるまで自分で解かせ、最後にご褒美の絵(車や花など)を描いて返すと嬉しそうに持って帰ります。

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算数のプリントや教材

バヌアツでは小学校低学年では母国語であるビスラマ語、中学年から英語か仏語を選択しその言語で授業が行われます。

英語の発音や文字の読み書きが不十分な子どもが多く、カードを使って例えばAで始まる言葉などを発音したり、アルファベットを正しく書くよう指導したりしています。

学校によっては、空き部屋がなく図書室を借りて指導したり、支援教室がある学校では特別支援教員がいるのでその先生と情報交換したり、指導の必要な子どもを連れて来てもらって個別指導したり方法も様々です。

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8年生(14歳)のダウン症の女生徒には手縫いを個別指導 小さな袋から始まりスカートへと進歩しました。

私が訪問している私立学校はオーストラリア人が経営している学校で、就学前の障害児たちの支援施設でもあるVSPD(VANUATU Society for People with Disability)を修了した子どもたちを含め40名ほどの障害児が通学しています。ここには、難聴児や弱視、自閉症、先天性四肢欠損、肢体不自由児など多岐にわたる障害を有する子どもたちが在籍しています。各クラスに支援教員がおり、実態に応じて取り出し授業をしながら教育を行っています。理想に近いインクルーシブ教育をしています。私は週2回この学校を訪問し、難聴児や弱視、肢体不自由児の指導のアドバイスを先生にしたり、子どもと一緒に遊んだりしています。

啓発活動

普段は学校訪問が主ですが、もっとインクルーシブ教育を推進したいと思い、他のJOCVと連携して、現場の先生たちが研修している場所に出向いてインクルーシブ教育に関するプレゼンテーションをすることにしました。最初は、首都のあるシェファ州で行われている算数教師会、続いてサント島で実施されているサンマ州の算数教師会でプレゼンをしました。ここでは、プレゼンをした後アンケートを取りました。インクルーシブ教育を初めて知ったとか、授業内容を理解できない子どもへの認識が変わったとか、もっと研修したいとか貴重な意見をもらえました。

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算数教師会でのインクルーシブ教育のプレゼンの様子

同じ頃インクルーシブ教育教員ネットワーク会議が立ち上がり、そこでもプレゼンをすることができました。これは、首都近辺で働く教師の自発的な障害児支援のグループで、フェイスブックで情報を発信しています。この会議には、私も訪問している公・私立の教員と教育省の関係者が集まり、現場で抱えている様々な問題についても情報共有しています。

教育省では、インクルーシブ教育の実践が2020年に区切りを迎えることもあり、障害児に関する各州の学校のデータをとることを目指しています。そのデータ入力のワークショップにも同行することができたので、そこでもプレゼンをしました。離島になればなるほど校長や教育主事のインクルーシブ教育に関する知識や認識は低く、首都部との温度差を感じました。

課題と展望

バヌアツはたくさんの島があり、ITの整備もまだまだ不十分で、インクルーシブ教育の情報を全教師に伝えることが難しいのが現状です。

学校教育に対する家族やコミュニティの理解がない地域もいまだにあります。

一部の機関で教師や教員希望者向けに障害児教育の講座が開かれていますが、首都部のみでの開催で、インクルーシブ教育に対する啓発がさらに必要です。

インクルーシブ教育を進めるためには、次のステップとして、支援が必要な子どもたちを把握し、それぞれにふさわしい指導をすることが望ましいのですが、教員不足や学習環境が整ってないなど道のりは厳しい状況です。

子どもたちの笑顔と成長が私の活動源です。できるところから支援をしていきたいと思いながら学校へ出かけています。