【教師海外研修】実践授業レポート from甲州市立塩山中学校(深澤歩未教諭)

2020年2月18日

実践授業とは…

実践授業とは、JICA教師海外研修に参加した先生方に、研修で得た経験を活用した授業プログラムを作っていただき、学校現場で実践いただくものです。

深澤先生のレポート

【ワークショップ作成にあたって】
「ブラジルに行ってまで知りたいことは何だろう?」「私たちがつくるワークショップは、ブラジルに行かないとできないものなのか?」
これは、第1回目の研修が行われた6月22日からワークショップの実践日である12月4日まで、私が大切にしてきた問いです。
日本の中高生や社会人が抱える一番の悩みは人間関係の問題であるというデータをよく目にします。ブラジルでは?と思い、すべての訪問先で「日本の学生の一番の悩みは人間関係です。みなさんの悩みは?」と質問しました。小学生から高校生まで多くの学生から「私たちが悩むのは、進学や就職など、将来に関わること。なぜ人間関係に悩むの?」と、逆に質問されました。人間関係に悩まない国ブラジル・・・なぜだろうと思い、日本の学校での生活経験のある高校生に同じことを質問しました。彼曰く、日本の学校の良いところは規律が整い、落ち着いて授業を受けられるところ。でも、ブラジル良いところは、他人のことに干渉しないところ。自分が何をしようと他人の迷惑にならない限り、『いいんじゃない』と認めてくれる。その寛大さが違うのだと教えてくれました。
他者を受け入れようとする寛大さが、自分らしく生きることに繋がっていくということを日本の子ども達にも体験してほしい、と思い「自分オープン」というワークショップに繋がりました。

【学活における実践】
グローバル社会の進展、さらに平成30年入管法の改正により、海外に行かなくても、外国にルーツのある方が日本を訪れ、日本での新しい生活を始めています。しかし、本校には、世界の現状や各地の文化には興味があるが共生しようとは思わない、と考えている子どもが多くいます。そこで、世界のこととして多文化に触れる前に、教室で多文化共生を体験できるワークショップ型の学活を実施したいと考えました。
まず、教室の中で異文化を体験するためにワークショップ「自分オープン」を行いました。具体的には、以下の4つの質問を各自で考えてきてもらいました。

自分と異なる文化を持つ人と共生するには!?

A今の自分が大切にしていること
Bうちの中学校といえば!
C○○(出身)小学校といえば!
D我が家の○○(こだわり)

Aから順に発表し過去へと遡っていくことで、一人ひとりが現在の自分に至るまでの軌跡をたどることができました。仲間同士で発表し、自分では当たり前だと思っていた文化が、我が家独特のものだったと気づいた生徒もいたようです。
中学までは、同じ小中学校で過ごすことが多く、同じ文化や思い出を共有しています。しかし、4か月後に入学する高校では、自分とは異なる文化を持つ人と出会うかもしれません。そのとき、自分と異なる文化を持つ人とどのように関わったらよいか?と投げかけ、KJ法(※1)を用いて話し合いました。子ども達からは、「自分の文化を伝えつつ、相手の文化を受け入れる」「遊んで仲良くなる」「共通の話題を探す」「自分からは近づかないが、共通の話題を通して親しくなっていく」などの意見が挙がりました。
最後は、学活ということで、事後に繋がる意思決定の場面を設けました。各自の自分オープンの空欄に、多文化共生のために今日からできることを、書き込みました。今後は帰りの会で毎日の生活を振り返っていくことを伝えました。

※1 KJ法とは
文化人類学者の川喜田二郎が考案した発想法。ブレーンストーミングなどで思いついたことや調査で得られた情報などをカードに記すことから始め、類似のカードについてグループ分けとタイトルづけを行い、グループ間の論理的な関連性を見いだし、発想や意見や情報の集約化・統合化を行う手法のこと。(出典:デジタル大辞泉)

生物の多様性に見立てたクラスの多様性

私たちがブラジルのアマゾンで見てきた生物の多様性は美しく、その多様性は称賛されています。しかし、人間になると自分と異なる考えを受け入れられなくなるのはなぜでしょうか。difference is beautifulという言葉をブラジルの高校生が私たちに語ってくれました。
お互いの考え方が違うのは経験してきたことが違うから。私とあなたは違って当然。そんな私たちがどう自らを生かし、多様性の中で共生していくのかを考えるきっかけになったらと伝え、本時は終了しました。

【その後の活動と子ども達の様子】
ワークショップ実施の翌日、学年で集まる機会がありました。「多文化共生の視点で他クラスと関わると、どのようなことに気づくかな?」という問いを投げかけると、クラスによって雰囲気が違うことや、俯瞰して全体を見ることができたという感想が挙がりました。
その後も毎日帰りの会で本日のふりかえりの時間を設け、多文化共生の視点から一日の生活の振り返りを行いました。毎日の振り返りからは「全体に迷惑をかけてしまう個性は、文化として尊重すべきではない」「一人ひとり違う文化を持っているからこそ、みんなの気持ちがそろった声出しランニング(※2)は本当に楽しい」「委員会の仕事を通して、また新しい自分を見つけられた気がする」「自分にはない文化を、ほかの人は持っていると思うから、もっと意見を聞きたいと思った」等、ワークショップだけでは引き出せなかった気づきが生まれたようです。
最後に「キャッチフレーズとしての多文化共生ではなく、本当の意味の多文化共生とは何か?」と投げかけ、2週間の活動をふりかえる授業を行いました。ある班では「これからの社会を生き抜くのに多文化共生は必要」「いや、人は人でいい。干渉しなければいい。」「いや、一人では生きられないから共生は必要」・・・などのやりとりが聞こえてきました。そこで、「同意することは難しい。でも、合意ならできるのでは?どこならお互い納得して共に生活していけるかな?」と問いかけると、難しいと言いつつも、最後には自分たちなりの答えを導き出しました。以下は子どもたちから出された意見です。

〇これからの社会を生き抜くには互いに協力しなければいけないという意見と、すべてのことに共感し合わなくても良いという意見が出て対立した。最終的に互いの良さを尊重することが大切だという意見で合意した。
〇他文化を受け入れ尊重し、関わり合うことは大切。しかし、間違った文化を受け入れるか受け入れないかの判断が大切。判断するために多くの人とコミュニケーションをとること。
〇時と場所をわきまえながらも、周りに流されない意志を持つこと。ただ自分の主張をするのではなく、公共の福祉を優先する。みんな違ってみんな良い!
〇マイノリティとマジョリティが互いに尊重し、よいところを見つけ合うことが大切。
〇人に迷惑をかけてしまう文化は尊重できない。よくないときはよくないと自分の思いを伝え、相手の行動から反面教師のように学ぶ。
〇自分と異なる文化を受け入れる。しかし、相手の意見が建設的でない場合や感情で客観的な判断ができていない場合は、相手の意見をただ受け入れるのではなく、自分たちの考えを伝えることも必要。

数か月後高校に進学した子どもたちが、多様な文化を持つ新しい仲間に出会ったとき、自分なりに多文化との出会いを楽しみ、新たな集団の中で生きやすさを感じられたらと心から願っています。

※2 声出しランニングとは
本校の体育の授業のウォーミングアップの一部。一年を通して、声、列、足の運び、気持ちを揃えてランニングをしてから体育の授業が始められている。