日本語教育の盛り上げを目的に
日本語学習者の「運動会」を開催

竹田瞳美さん(コスタリカ・日本語教育・2017年度1次隊)の事例

大学で日本語の授業を担当した竹田さん。学校を超えて日本語学習者が交流する機会をつくることを目的に「運動会」を開催したところ、現地の日本人留学生も参加する大規模な定例行事へと発展していった。

竹田さん基礎情報





【PROFILE】
1991年生まれ、石川県出身。2014年に京都外国語大学を卒業し、日本語教師としてベトナムの日本語学校に就職。17年6月、協力隊員としてコスタリカに赴任。19年6月に帰国。

【活動概要】
ナショナル大学(エレディア県)の文学哲学部文学言語学科に配属され、主に以下の活動に従事。
●日本語授業の実施
●学生アシスタントへの指導
●日本語教師会の活動への参加(日本語能力試験や弁論大会の運営支援、日本語学習者による運動会の開催)
●原爆についての講演会の開催


 竹田さんの配属先は、首都近郊にある国立大学の文学哲学部文学言語学科。選択制の第二外国語のひとつとして日本語授業が開講されており、全学年で計120人程度の学生が選択していた。レベル別に6つのクラスが設けられており、もっとも易しいレベルのクラスから受講し始め、中間試験や期末試験で及第点を取ると、次の学期にはひとつ上のクラスに進めるというシステムになっていた。竹田さんのメインの活動となったのは、初級の3クラスの授業を担当すること。いずれのクラスも学生数は約30人だ。

学期に1度ずつ実施した「日本文化」の授業で、「箸」を体験する学生たち

学期に1度ずつ実施した「日本文化」の授業で、「書道」を体験する学生たち

レベルに応じた学生指導

竹田さんの授業で「好きな漢字」の発表を行う学生。「侘(わび)」「寂(さび)」の意味、使い方、書き順、好きな理由などを説明している

 竹田さんが担当したクラスは、日本のマンガやアニメを通じて日本や日本語に興味を持った学生が大半。初級の段階から仕事や留学で活用することを目的に日本語を学習する学生は稀だった。一方、授業で使われていた教科書は、『みんなの日本語』をベースにしたもので、文法を優しいものから順にひとつひとつマスターしていく「文法積み上げ式」の構成になっていた。
 教え子たちにとって、文法の知識を確実にすることよりも、いつか日本人の友人ができたときなどに楽しく会話ができるよう、実践的な会話の能力を養うことのほうが重要ではないか。そう考えた竹田さんは、教科書に沿って授業を展開しつつ、「実践的な会話の能力」を育てる指導をなるべく多く取り入れるようにした。そのひとつの方法が、「『一番好きな日本の●●』を発表する時間」の導入だ。担当する授業で毎回、いずれかの学生に「一番好きな漢字」や「一番好きな日本の文化」を発表するコーナーを設けた。日本語での発表を原則としたが、それが難しい場合には、スペイン語での発表も可とした。「日本が好き」という共通項で結ばれた学生たちであるため、このコーナーは発表する学生もそれを聞く学生も目の輝きが変わり、なんとか日本語で発表できるようになろうと、日本語学習への熱も高まっていくのだった。
 日本語教育隊員が代々派遣されてきた配属大学では、学生が自分の授業の合間を縫って日本語教育隊員の授業に「学生アシスタント」として入り、スペイン語による説明などのサポートをする制度が10年ほど前から続けられていた。学生アシスタントとなるのは、もっとも高いレベルのクラスで勉強中の、もしくはそれを修了した学生の希望者で、成績により、1人には大学から奨学金も出る。日本語教師として働くことを目指せるレベルの学生に「インターンシップ」のような体験を積ませ、コスタリカ人の日本語教師の増加を後押ししようとの意図で始まった制度だ。実際、学生アシスタントを経験した卒業生の多くが、コスタリカ国内の民間の日本語学校で日本語教師として活躍し始めている。
 竹田さんは、この学生アシスタントへの技術指導にも力を入れた。彼らに入ってもらう授業の前には、かならず打ち合わせを行い、「この文法は、あなたが教えてください」などと担当してもらう役割を明示。事前に準備をしたうえで授業に挑んでもらい、授業の後には彼らの指導方法について気づいたことを伝え、改善につなげてもらった。

現地の日本語教師の主体性向上に向けて

学校を超えた日本語学習者の交流を目的に開催した運動会で、綱引きに取り組む学生たち

 首都にあるコスタリカ大学にも、代々、日本語教育隊員が派遣されてきた。竹田さんが着任早々に着目したのは、せっかく両大学に日本語教育隊員が派遣されているのに、それぞれの日本語学習者が接点を持つ機会がないことだった。日本が好きなコスタリカ人たちのネットワークが広がれば、同国での日本語教育もいっそう盛り上がるはずだと考えた竹田さんは、そのきっかけづくりとなる催しを、コスタリカ大学に派遣されていた日本語教育隊員とともに企画。両大学の日本語学習者による「運動会」だ。
 コスタリカには、同国の日本語教育の活性化を目的に結成された「日本語教師会」という組織がある。主なメンバーは、日本語教育隊員など同国で日本語教育に携わる日本人と、コスタリカ人の日本語教師だ。会では従来、日本語弁論大会の開催などが行われてきたが、そうした活動では、「日本語能力はネイティブには及ばない」との引け目から、コスタリカ人メンバーは参加に消極的だった。そこで竹田さんたちは、コスタリカ人メンバーが会の活動に積極的にかかわるきっかけにしようと考え、「日本語」とは離れた催しである「運動会」を会の主催とした。
 初回の開催は、竹田さんの着任の約3カ月後。両大学からそれぞれ15人ほどの学生が参加し、公園を会場に「パン食い競争」や「綱引き」など、日本の運動会の定番種目を大学対抗で戦った。運営のノウハウは、竹田さんたち日本人メンバーが提供。学生アシスタントたちにも、初めての運動会を体験してもらった。参加した学生たちは、「運動会」という日本特有のイベントに触れたことから、日本語学習への意欲を高めたようだった。
 その後、この運動会の評判が広がり、コスタリカの大学に在籍する日本人留学生が参加して、「日本語学習者が日本人と交流する機会の創設」という新たな意義を加えた「日本語教育関係者の運動会」が、大使館や現地の日本人学校の協力のもと、竹田さんの任期中に2回実現する。日本語教師会のコスタリカ人メンバーが回を追うごとに運営の主力とななるように注力したことから、彼らの力により、同国の日本語教育界の伝統として「運動会」を続けていく可能性も高まった。

後輩隊員へひとこと

できることを継続して
任期中は、「後任隊員は来るのか」など、先が見えないことによる迷いや不安を持つことがあるかもしれません。しかし、2年間という時間は限られています。「これはやるべきだ」と感じた目の前の活動に全力で取り組むことが何より重要ではないかと思います。

知られざるストーリー