公衆衛生を学んだ研修生たちが
「現地に合う衛生啓発」の導き手に

平尾莉夏さん(ベナン・コミュニティ開発・2017年度1次隊)の事例

大学の文系学部を卒業後、協力隊に参加した平尾さん。専門外の「保健・衛生分野」に関する啓発に取り組む際、不足していた知識を補ってくれたのは、配属先が受け入れていた研修生たちだった。

平尾さん基礎情報





【PROFILE】
1994生まれ、静岡県出身。大学卒業後の2017年7月、協力隊員としてベナンに赴任。19年7月に帰国。

【活動概要】
ドンガ県ジュグー市の市役所に配属され、主に以下の活動に従事。
●学校での衛生啓発
●地域での衛生啓発
●子どもたちに向けたアクティビティの提供


 平尾さんが配属されたのは、人口約28万人の市の市役所。求められていた活動は、衛生啓発の実施やゴミ収集システムの改善などだ。それらの業務を担当する「整備課」には、当時、課長を含めて4人の事務スタッフと、地域での衛生啓発を担当する3人の「衛生普及員」が配置されていた。

赴任後に見えた現地の課題

巡回先の学校で設置された簡易手洗器(ティッピー・タップ)

学校に食べ物を売りに来る女性たちを対象に、「爪が伸びていないか」など、衛生上留意すべき点を確認する平尾さん

 要請書では「衛生啓発」がメインの活動になりそうであることがうかがえたが、「ゴミ収集システムの改善」という言葉も記載されていたため、平尾さんは「ゴミ」をテーマにした衛生啓発に重点を置くことが配属先に求められるだろうと予測。平尾さんは文系学部の出身であり、「ゴミ」は専門外だった。そのため、本やインターネットでゴミのリサイクルなどについて丹念に調べたうえで赴任した。
 ところが、着任すると、配属先は「どのような活動に取り組んでも構わない」というスタンスであることが判明。そこで平尾さんが着目したのは、現地の人々がよく戸外で大小問わず排せつをしている点だ。町はたしかにポイ捨てされたゴミが多かったが、排せつ物も病気の感染の温床になると思われたことから、平尾さんは「ゴミ」に限らず、幅広いテーマの衛生啓発を進めるのが妥当と考えた。
 そうして、まずは衛生に関する現地の問題を把握するための情報収集を開始する。たとえば、同僚や近所の住民に「病気を予防するためにどのようなことを心がけているか」を尋ねた。また、汚水の垂れ流しやゴミの不法投棄を注意するために町を回る衛生普及員に同行し、衛生に関する町の状況を確認した。
 以上のような情報収集によってわかったのは、住民には「病気を予防する」という意識がほとんどないことだ。また、「野外排せつ」については、「トイレがないから」という理由ではなく、「野外のほうが気持ちが良いから」といった理由でしているケースもあることがわかった。そうして平尾さんは、学校を巡回し、「手洗い」「排せつ」「ゴミのポイ捨て」を3本柱とする啓発活動を行うという計画を立案した。

研修生たちとの出会い

巡回先の学校で手洗いの指導を行う配属先の研修生

 しかし、「手洗い」や「排せつ」については、赴任前の下調べをやっていなかった。多忙な同僚たちに尋ねるのははばかられたことから、まずはインターネットを利用して独学。「手洗いの正しい手順」や「野外排せつが衛生上良くない理由」などについて調べたほか、フランス語でそれらをわかりやすく伝えられるよう、フランス語の資料にも目を通した。そうして通り一遍の説明はできるようになり、1人で学校回りを始めたが、衛生に関する現地の状況の細かな点を把握することや、それに即して啓発の内容や方法をアレンジする「応用」は心もとなかった。
 そうしたなかで助っ人となってくれたのは、着任の約半年後に整備課にやってきた3人の研修生たちだ。専門学校や大学で公衆衛生を学んだ若者たちだった。彼らが着任すると、平尾さんは衛生普及員による巡回への同行に誘ってみた。すると、たとえば蓋がされていない井戸を見かけたときに、井戸水が汚れてしまうメカニズムを平尾さんに説明してくれるなど、町の衛生上の問題を見る目を鍛えてくれるのだった。
 平尾さんは、現地の衛生上の問題をより正確に知るため、市内の医療施設で働く医師にも話を聞きに行ったが、その際も研修生が同行し、サポートしてくれた。医師に尋ねたのは、現地で多い疾患の種類や、その原因など。専門外の事柄のフランス語による説明は理解が容易ではないなか、研修生たちは事後に医師の話をわかりやすく解説し直してくれた。
 やがて研修生たちは、精力的に学校を回る平尾さんに共感し、学校巡回にも同行してくれるようになる。子どもたちから出る質問に平尾さんが答えられないときには、研修生たちが代わって回答。それを聞くことで、衛生に関する平尾さんの知識も徐々に増していくのだった。

互いに助け合う関係性

図書館で地域の子どもたちに折り紙を教える平尾さん(右端)

 任期の2年目に入ると、学校での啓発の講師役も研修生たちに分担してもらうようになる。彼らは3カ月の研修期間が終わった後、専門性を生かした仕事に就くチャンスを待ちながら、バイクタクシーの運転手などとして働くようになったが、それでも仕事の合間を縫って平尾さんの活動に加わってくれた。
 子どもや教員の衛生に対する意識のさらなる向上を狙い、平尾さんは校内の衛生環境の整備を学校間で競う以下のような「清掃コンクール」を2度にわたって開催。そこでも研修員たちが活躍してくれた。
(1)「トイレの数」など、校内の衛生環境の良し悪しの基準となるチェック項目を30ほど設定し、合計点が100点となるよう各項目に配点。
(2)参加校を回り、各チェック項目について現状を確認する。
(3)記入済みのチェックシートを学校側に渡し、それを参考に衛生環境の改善計画を立て、取り組んでもらう。その間、平尾さんや研修生がときどき各校に足を運び、活動のフォローをする。
(4)3カ月後に再び同じチェック項目で現状を確認し、採点。順位を発表し、上位の学校に景品を授与する表彰式を行う。
 1回目の参加校は、平尾さんたちが自ら開拓した約10校。2回目は、市長や市の教育委員会からの要望を受け、約50校への大幅増となった。研修生たちが主体となったのは、チェック項目の設定だ。「教室にクモの巣が張っていないか」「トイレが機能しているか」など、彼らが良く知る現地の学校の事情を踏まえたものを考案してくれた。
 人に頼られれば、自尊心が高まる。平尾さんと研修生たちの以上のような協働は、平尾さんにメリットがあっただけでなく、研修生たちにとっても、社会活動への情熱を呼び覚まされるという収穫があった。平尾さんの任期終了後、彼らは市のゴミ収集を請け負うNGOを立ち上げるに至ったのだ。

知られざるストーリー