「授業参加」と「研修会」の両輪で
算数授業の質向上を支援

土井誠人さん(ホンジュラス・小学校教育・2017年度1次隊)の事例

県を管轄する教育行政機関に配属された土井さん。現地教員が行う授業への参加と、彼らを対象とする研修会の実施という2つの方法を組み合わせながら、算数授業の改善に向けた働きかけを進めていった。

土井さん基礎情報





【PROFILE】
1979年生まれ、奈良県出身。関西外国語大学外国語学部スペイン語学科を卒業後、英語科の教員として中学校に勤務。2017年7月に青年海外協力隊員としてホンジュラスに赴任(現職教員特別参加制度)。19年3月に帰国し、復職。

【活動概要】
教育省チョルテカ県教育事務所(チョルテカ県チョルテカ市)に配属され、小学校の算数授業に関する主に以下の活動に従事。
●授業改善の支援(「計算練習」や「単元テスト」の導入など)
●「板書」に関する教員向け研修会の実施


 土井さんが配属されたのは、チョルテカ県の教育行政を所管するホンジュラス教育省の出先機関。小学校の算数授業の質向上を支援することが、求められた役割だった。
 最初に行った活動は、配属先から指定された小中一貫校(以下、A校)に通い、算数授業の現状とその課題を把握することだ。現地教員の授業を見学するなかで、課題がいくつか見えたが、そのひとつは「板書」の不適切さである。A校では算数の教科書が児童ひとりひとりに行き渡っていなかった。そのため、板書を書き写したノートを教科書代わりにさせるべく、現地教員たちは教科書の記述をそのままホワイトボードに「転記」する。児童も機械的に板書をノートに書き写すことに終始してしまい、授業内容の理解がおざなりになっていた。
 着任の約2カ月後に行われた算数の「共通学力テスト」では、児童の学力不足が鮮明に表れた。このテストはJICAの技術協力プロジェクトにより導入されたもので、ホンジュラスの小学校教育隊員が活動する学校で毎年度末、共通の問題により一斉に行われていた。出題内容は、教科書に載っている問題の数字だけを変えたような基本レベルのものだったが、A校の平均正答率は1、2年生で4割ほど、3年生以上の学年では2割を下回るという結果だった。
 このテストでは、現地教員の新たな課題も見つかった。試験監督としてカンニングを咎めないばかりか、正答を伝えてしまうことさえあったのだ。自分のクラスの児童の点数を上げたいばかりに、「テスト」が持つ「その時点の学力を測り、課題を明確にする」という意義をないがしろにしてしまっているのだった。

導入した当初の単元テストの答案用紙例。9割の問題が不正解(ばつ印)であるこのような児童も珍しくなかった

算数授業の冒頭に組み込まれるようになった「計算練習」に取り組む5年生の児童たち

「計算練習」と「単元テスト」

 着任の4カ月後に新年度が始まると、土井さんは算数授業に入って改善に向けた働きかけをする活動に着手する。A校のほか、帰国した先輩隊員が前年度末まで活動していた小学校(以下、B校)を対象とした。
 土井さんが導入を提案し、現地教員たちに受け入れてもらうことができた改善策のひとつは、「計算練習」の定例化だ。授業の冒頭で毎回、四則計算の問題をホワイトボードに5、6問書き、ウオーミングアップがてらに解かせるというものである。四則計算の力の定着には、「計算する」という行為を「日常化」することが必要だとの考えにもとづいての提案だった。出す問題は、前述の技術協力プロジェクトで作成された計算ドリルからピックアップ。徐々に正答率は伸びていった。
 現地教員たちに受け入れてもらうことができたもうひとつの改善策は、「単元テスト」の実施である。各単元の終わりに、その単元に関する約10問程度の小テストを実施するというもので、その出題内容もやはり技術協力プロジェクトで作成された単元テストをベースにしながら土井さんが作成した。
 この改善策には、児童の学力向上を促すという狙い以外に、「テスト」が持つ「その時点の学力を測り、課題を明確にする」という意義を現地教員たちに理解してもらうという「裏の狙い」もあった。そのため土井さんは、「カンニングをさせない」「正答を教えない」といった「テストの基本」を徹底するよう、現地教員たちに説明。すると、次第に現地教員たちがそれを実践できるようになっていっただけでなく、児童たちにもカンニングをしないようにする習慣が身に付いていった。そうして単元テストが「テスト」本来の姿で進められるようになると、児童には「テストがあるからしっかり勉強しなければ」という危機感が生まれ、徐々に正答率も上がっていくのだった。

「板書」の改善を提案

土井さんが先輩隊員から継承し、提案した方法が取り入れられた現地教員の板書

板書を工夫した算数授業を行っていた他県の教員(中央)に講師を務めてもらった研修会

「板書」の方法については、以下のような「ひな型」をつくり、それを主に「研修会」の形で現地教員たちに伝えていった。ひな型のベースとしたのは、ホンジュラスの小学校教育隊員たちで作成したものだ。
■授業中に書いたり消したりせず、1回の授業のすべての板書をホワイトボードの中に配置できるよう、板書内容の取捨選択をする。
■ホワイトボード全体を2行・3列の計6パートに区分し、それぞれに「授業の主題」「問題の例」「児童の考え」「考察」「まとめ」「練習問題」を書くものとする。
 このひな形を紹介する研修会を最初に開いたのはA校とB校だ。着任の約半年後のことである。しかし、なかなか授業に取り入れてはもらえない。その原因は、ひな形を実際にどう活用するか、実践のイメージが湧かないことにあると考えた土井さんは、今度はひな形を使った「モデル授業」を見せる研修会を開催。すると案の定、受講者による実践が進み始めた。やがて、この研修会の意義を認めた配属先などからのリクエストにより、A校とB校以外の小・中学校でも、月に1、2回のペースで開催するようになっていった。
 研修会の受講者たちのなかには、「日本は子どもが優秀だから、そのような板書でも理解できるのだ」と口にする人もいた。そこで土井さんは、板書に工夫を凝らし、児童の学力向上につなげているホンジュラスの小学校の例を発掘しようと画策。手がかりとしたのは、前述の「共通学力テスト」だ。前年度に実施したすべての小学校の平均点を確認してみると、他県のある学校の平均点が比較的高かった。算数の教科担任が置かれている小学校だった。その学校で活動している協力隊員に撮影してもらった算数授業の動画を観たところ、協力隊員たちがつくった板書のひな型に近いものを実践していることが確認できたことから、その教員に講師役を依頼。任地の複数の学校の教員を集めた研修会でモデル授業を披露してもらうことが叶い、受講者たちの板書改善へとつなげることができたのだった。
「計算練習」や「単元テスト」、「計画的な板書」の導入など、土井さんの働きかけにより実現が進んだ算数授業の改善の影響は、任期の残りが半年ほどとなった時期にA校でも行われた「共通学力テスト」の平均正答率の上昇にも表れた。特に変化が顕著だったのは、前年度の正答率が1割を切っていた3年生で、3割程度にまで伸びたのだった。

知られざるストーリー