[特集]カモナマイタウン!   ‒Come on-a my town!‒
地域で居場所をつくるOV

Case03   青年海外協力隊山口県OB会
外国にルーツを持つ子どもたちのサードプレイス

山口県山口市・防府市

柿沼瑞穂さん
柿沼瑞穂さん
ザンビア/村落開発普及員/ 1997(平成9)年度2次隊・群馬県出身

高校時代から国際協力に関心を持ち、大学院で熱帯農業を学んだ後、協力隊でザンビアへ赴任。当初は農業分野の支援を企図していたが、現地の環境やニーズを踏まえて手芸品の販売による現金収入向上に取り組んだ。帰国後はJICA東京での国内協力員などを経て、2005年に国際協力NGOの公益財団法人オイスカへ入職し、四国研修センター所長や本部での勤務を経験。支援獲得の重要性を感じ、認定ファンドレイザー(※1)の資格を取得した。18年より夫の故郷である山口県に拠点を移してフリーのファンドレイザーとして活動し、地域の子ども食堂や青年海外協力隊山口県OB会の取り組みにも携わる。


「先生、こんにちは!」。時計の針が夕方4時を回ると、ランドセルを背負った小学生が、長机とホワイトボードの並ぶ会議室に集まってくる。場所は山口市内にある山口大学吉田キャンパスの、留学生寮の1階だ。いずれもネパールやバングラデシュなどの外国にルーツを持つ子どもたちで、学校が終わってから一人また一人と気ままにやって来る。

山口大学の会場の様子。教室らしい雰囲気づくりのため、ホワイトボードで仕切りを設けるなど工夫している

山口大学の会場の様子。教室らしい雰囲気づくりのため、ホワイトボードで仕切りを設けるなど工夫している

   日本人スタッフのサポートの下で、ある子は漢字の偏とつくりを組み合わせるパズルに取り組み、別の子は学校の宿題を広げる。未就学の小さな子も親に連れられて来ていて、スタッフと一緒に体を動かしながら日本語の単語を学ぶゲームに興じる―。青年海外協力隊山口県OB会が主催して毎週開講している、「こどものための日本語教室」の様子である。家族帯同で山口大学大学院に留学していて、春から息子を通わせているというバングラデシュ人の男性は、「ここへ来てだいぶ日本語が上手になった」と笑顔を見せた。

「現在通ってきているのは山口大学の会場で15~25人。それ以外に山口市・防府市内の5カ所の会場やオンライン教室にも1人から数人ずつ参加していて、全体で40人弱います」

   そう話すのは、日本語教室の発足メンバーの一人でザンビアOVの柿沼瑞穂さん。運営のコアメンバーとしては数名の元隊員が名を連ね、隊員経験者でない日本語教師も2人携わっている。さらに大学生やシニア世代のボランティアも参加しており、会場ごとに曜日を替えて週1回ずつ教室を開いている。

困窮家庭の支援が発端
ただの教室ではなく〝居場所〟に

   活動の発端は、コロナ禍で自粛ムード一色だった2020年の冬のこと。県内の在留外国人に生活支援が届かない状況に気づいた柿沼さんや山口県OB会の松浦和子副会長<ヨルダン/保健師/2006(平成18)年度1次隊>らが、県内10カ所で食料配布を始めたのがきっかけだった。

漢字のパーツを組み合わせるパズルや、学校の宿題ドリル

漢字のパーツを組み合わせるパズルや、学校の宿題ドリル

「国籍にかかわらず行政やNPOによる市民への支援策はありましたが、外国の方たちには言葉の壁などで情報が伝わりにくかったようです。そこで私たちは、技能実習生の多い地域の教会や役場、留学生のいる学校など外国人の出入りする場所へ直接行って軒先を借りて実施しました」

   やって来た人々の中には子育て世帯も多くいた。日本人と結婚した人もいれば、定住している自営業者や留学生など背景はさまざまだったが、話を聞く中で「子どもの日本語が上達しない」「学校になじめていない」との声が多く寄せられた。

「県内に住む外国系住民の割合は総人口の約1%で、特定の居住エリアもなく散在しているのが特徴です。行政や学校による支援が後手になるのも無理はありませんが、困っている人たちがいる以上は何かやろうと思いました」

   そこで柿沼さんたちが中心となり、子ども向けの日本語教室を企画したのが21年初め。とはいえ誰も日本語教育に関する知見がなく、県内の日本語教師にコンタクトを取って、プリントや最低限の教科書、読み物を用意するなどのアドバイスを得て実現にこぎ着けた。そして、留学生の子どもが比較的まとまっている山口大学を会場としたが、初回の参加者は0人だった。柿沼さんは「当時のメンバー3人で『今日は作戦会議だね』と言って机を囲みました」と笑う。2回目には2家族が参加するなど徐々に増え、松原(旧姓 橋本)加代さん<中華人民共和国/日本語教育/2016(平成28)年度1次隊>が教室の責任者として加わるなどして体制も整っていった。

家族と帰国するため、この日が最後の出席となった子たちに修了証を授与する

家族と帰国するため、この日が最後の出席となった子たちに修了証を授与する

   現在、教室では語学力や年齢・学年を考慮して①未就学児、②日本語基礎、③日本語会話(低学年)、④日本語会話(高学年)の4グループを設けている。基礎レベルの子などは特に丁寧に教える必要があるため、一対一や少人数の形で対応する。

「一見きちんと話せているようでも、言葉を音だけで覚えていて意味がわかっていない場合もあります。いずれ勉強についていけなくなってしまうので、そうした穴を見つけて埋める作業も大切なことです」

   教室でのサポートは生活上の困り事にも及び、上履きを用意したり持ち物に名前を書くことなどの基本的な学校生活の情報を教えたり、学校からの連絡事項を一緒に確認したりもする。また、時には子どもたちによる劇を催したり、親子を交えた文化祭で、保護者から母国の文化について話してもらう機会を設けたりと、ただの日本語教室の範囲にとどまらない活動を展開してきた。

   メンバーの一人で、山口大学に勤務しながら教室に携わる川﨑(旧姓 森)千枝見さん<タイ/日本語教師/1998(平成10)年度1次隊>が「単に日本語を教えるだけの場所ではなく、そこに来たいと思えて安心できる場所です」と話すとおり、学校から帰ってきて集まり、はしゃぐ子どもたちにとって、教室の存在はなくてはならない放課後の居場所でもあるようだった。

教育には継続した支援が必須
若い担い手の創出にも注力

乗り物の写真と説明文が載ったプレートで遊ぶ少年とメンバーの松原さん

乗り物の写真と説明文が載ったプレートで遊ぶ少年とメンバーの松原さん

   現在、教室を運営するにあたっては日本語教育や外国人への生活支援の名目での民間の助成金と、一般市民からの寄付などの支援が財源となっている。「単発のボランティアだけでは子どもたちの教育には不十分なので、軸となって長く関わってくれる人が必要です。そのため、カリキュラムやクラス編成に携わる日本語教師の方たちには手当を支払っています」と柿沼さん。

   また、昨年度からはDLA(※2)を実施して、日本語でのコミュニケーション能力を客観的に把握することを図っているが、大学生や若者のボランティアにも参加してもらい、研修なども行って検査のできる人材を育成することに努めている。

「『次世代のこども支援の担い手育成事業』という県の助成事業も受託して取り組んでいます。地域で教育や福祉、行政の分野を志す学生には、ぜひこの現場に参加して、外国にルーツのある子どもたちの現状を知ってほしいと思います」

※1…非営利団体での資金調達を行う専門家。日本ファンドレイジング協会が資格認定を行っている。

※2…文部科学省が策定した日本語能力測定方法で、「外国人児童生徒のためのJSL対話型アセスメント」の略。

Text&Photo=飯渕一樹(本誌)

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