JICA海外協力隊員ってどんな人?

CASE1   社会科教員として自分が知らない
世界について教えることに疑問
協力隊経験を経て自信を持って復職

現職教員特別参加制度で参加した奈良あすかさんの場合
▶ 小学校教育隊員としてベナンへ
▶ 帰国後:復職し、中学校で外国籍や外国ルーツの生徒の日本語教育にも携わる

奈良さんが勤務していた日本の中学校から寄付された文房具を手にするベナンの子どもたち

奈良さんが勤務していた日本の中学校から寄付された文房具を手にするベナンの子どもたち

奈良あすかさん
奈良あすかさん
ベナン/小学校教育/2018年度1次隊・埼玉県出身

大学で中学校社会科と小学校の教員免許を取得。埼玉県の臨時的任用教職員として4年勤めた後、正規採用となって5年間、中学校で社会科を教え、協力隊に参加。帰国後は復職し、中学校で社会科を教えるほか、外国籍や外国ルーツの生徒のために同校が設置している日本語教室にも携わる。2023年夏にはベナンを再訪した。

贈られたクレヨンで絵を描く生徒たち

贈られたクレヨンで絵を描く生徒たち

「社会科で世界について教えるうちに、自分が体験したことがないのに生徒に教えるのはどうなのかという疑問が膨らんできたのです」と話すのは、小学校教育の職種でベナンに派遣された奈良あすかさん。中学校で4年間の臨時教員期間を経て正規採用となって3年がたつ頃だった。

   もともと海外の日本人学校で働きたい夢があり、管理職である教頭に相談すると、まずは開発途上国の視察を含むJICAの教師海外研修(※1)への参加を勧められた。

   2016年夏、奈良さんは教師海外研修でタイを訪問。中でもバンコクのスラムの生活やそこで暮らす子どもたちのハングリー精神に衝撃を受け、「開発途上国にもっと滞在してみたい」と協力隊への応募を決意。「翌年度に異動するタイミングだったので、同じ学校に籍を置いたまま、現職教員特別参加制度を利用して協力隊に参加したいと相談しました」。

   同制度で参加するには、学校長からの推薦や教育委員会の理解が必要となるが、「異動予定を考慮して早めに相談したことと、幸い管理職がJICAや同制度について知っていたことで快く後押ししてもらえました」。自身の経験と、持っていた小学校教諭免許を生かして17年の春募集に応募し、10月末に合格になった。

奈良さんが日本の勤務校に設置したベナンコーナー。文房具類の寄付、輸送代の募金などに生徒たちが協力してくれた

奈良さんが日本の勤務校に設置したベナンコーナー。文房具類の寄付、輸送代の募金などに生徒たちが協力してくれた

   奈良さんは小学校教師の経験がない分、協力隊参加までに情報収集をし、準備を重ねた。「全国OV教員・教育研究会(※2)に参加して多くの先輩隊員に話を聞き、ベナンの前任隊員とも連絡を取りました」。

   18年4月から派遣前訓練に入り、7月に派遣となった。配属先のロコサ視学官事務所は、幼児・初等教育省の地方出先機関で、最大都市コトヌーから約100キロ離れたロコサ市内の小学校118校と幼稚園20園を管轄している。求められた役割は、管轄校を巡回し、図工・体育・音楽といった情操教育科目や算数の補佐をし、教育の質向上を支援すること。配属先や巡回先校は奈良さんを温かく迎えてくれ、最終的に主に小学校2校で図工の授業を担当することになった。

   同国では奈良さんの先輩に当たる小学校教育隊員たちが、現地で調達可能な材料でできる図工授業の方法をまとめた『CHIEBUKURO』という教員用指導書を作成していた。奈良さんもそれを活用し、材料を変えたり、飾りつけに使う切り紙のデザインを増やしたりする応用方法を教員に提案し、一緒に生徒たちに教えた。

地域の子どもたちにも大人気の奈良さん

地域の子どもたちにも大人気の奈良さん

   ベナンの小学校には日本とは大きく異なる光景があった。家庭の事情なども影響し入学年齢はバラバラで留年も多く、同じ教室で年上の生徒が年下の生徒を手助けしながら一緒に学んでいた。子連れで出勤し、年長の生徒に子どもの面倒を見てもらいながら教える教員の姿もあった。奈良さんは驚いたが、だんだんと人々が助け合う温かさを感じるようになった。

   一方、授業では紙やのりなどの材料の調達に悩まされた。不足する材料を奈良さんに頼る教員が多かった。「自分たちで工面するよう『私は紙を持ってくるから、あなたはのりを用意してね』と交渉しました」。

   そんな奈良さんを応援してくれたのが、埼玉の勤務校の先生や生徒たちだ。文房具や不要になった教材を送ってくれた。休職前、校内の一角に「ベナンコーナー」を設置し、派遣直後から毎週のようにベナン生活の様子を伝える『ベナンだより』を送り続けたことが実を結んだ。「教え子たちが生徒会役員になり、ベナンの子どもたちに贈る作品作りや送料の募金も呼びかけてくれて、嬉しかったですね」。

   110号も発行した『ベナンだより』は奈良さんが地域コミュニティに溶け込むのにも役立った。着任当初は言葉がうまく通じず消極的だったが、「ネタ探しに街に出かけて、人々に話しかけることで自分の居場所が少しずつ増えていきました」。街の人は奈良さんが数日顔を見せないと心配して声をかけてくれるようになった。

図工の授業で作成した折り紙の作品を手にする子どもたち

図工の授業で作成した折り紙の作品を手にする子どもたち

「ベナンを助けるイメージで来ましたが、いろいろな人に支えられて活動できているんだなと感謝するようになりました」

   ベナンの教育現場の多様な在り方を体験し、また、自身がマイノリティとして外国で暮らす感覚を知った奈良さん。復職した中学校に外国籍の生徒が多く、日本語教室にも携わった。生徒にわかりやすく簡単に伝える、複数案を用意するといった配慮をするようになるなどコミュニケーション方法が変わったと話す。そして、「生徒には視野を広く持ち、公正公平な目で調べ、考え、発信してほしいと自信を持って伝えられるようになりました」。

※1 開発途上国が置かれている現状や国際協力の現場、日本との関係に対する理解を深め、帰国後は学校現場での授業実践などを通じて、児童・生徒の教育に役立ててもらうことを目的に、約10日間の開発途上国訪問をはじめ国内外で研修を行うJICAの事業。

※2 全国OV教員・教育研究会…教育関係の職種のOB・OGを中心に構成される会。教育現場で協力隊経験を生かすための活動を行っている。

応募者へのMessage

日本とベナンで違うところと似ているところを体験することで、日本の教育の良いところと改善すべきところを学ぶことができました。現地の人々と交流する中で、アフリカをより身近に感じ、アフリカは貧困であるという自分の中にあった偏見がなくなりました。


持って行ってよかったモノ

現職教員特別参加制度とは?

公立、国・公立大学附属、私立および学校設置会社が設置する学校の20~45歳の教員が、身分を保持したまま、業務として有給でJICA海外協力隊へ参加できる制度。参加期間は、4月1日から翌年度の3月末日となり、派遣期間と訓練を合わせた2年間。日本での事前学習と派遣前訓練を経て、任地で1年9カ月の協力隊活動を行い、翌々年の3月下旬に帰国、2年後の年度の開始と同時に職務復帰できるスケジュールになっている。

職種ガイド:小学校教育

小学校で現地の先生と共に、「算数、理科、音楽、体育、図工」などの授業を行ったり、授業手法や教材の改善に取り組んだりすることで、児童がよりよい教育を受けられる環境づくりを行う。奈良さんの場合は、ロコサ視学官事務所に配属され、小学校で図工の授業と日本文化紹介を、幼稚園で子どもたちの給食やトイレ指導、先生を対象とした工作教室などを行った。


Text=工藤美和 illustration=サイトウトモミ 写真提供=奈良あすかさん

知られざるストーリー