JICA海外協力隊員ってどんな人?

CASE4   鍼灸指圧師として盲学校で教えた後
第二の人生を妻と二人三脚で挑戦中
障害当事者として、視覚障害者へ指圧指導

定年退職後、手に職を武器に協力隊に応募した綱川 章さんの場合
▶ シニア海外ボランティアとしてニカラグアに2回派遣
▶ 現在:海外協力隊としてセントルシアに派遣中

1期生の卒業式の様子

1期生の卒業式の様子

綱川 章さん
綱川 章さん(左:介助者として同行中の妻・幸子さん)
SV/ニカラグア/鍼灸マッサージ師/2010年度1次隊、2013年度2次隊、セントルシア/鍼灸マッサージ師/2022年度7次隊・東京都出身

映像関連機器の設計をしていた25歳の時、難病、ベーチェット病を発症。徐々に視力が失われ、30歳の時に失明し、仕事ができなくなった。盲学校で鍼灸マッサージや東洋医学を習得。盲学校の教員となり、60歳で定年を迎えるまで、点字やコンピュータ、鍼灸マッサージを教えた。

指圧指導をする綱川さん

指圧指導をする綱川さん

   盲学校で鍼灸マッサージや点字などを長く教えてきた全盲の綱川 章さんは定年後、協力隊に参加し、ニカラグアで計4年間、指圧やあん摩を指導した。2022年8月からはセントルシアで指圧を教えている。「障害があるからできないということはなく、障害者が指導することで、現地の人に希望を感じてもらうこともできる」と話す。

   綱川さんは「定年退職したらイギリスに留学して英語を勉強したい」と考えていたが、留学を受け入れてくれる先がなかなか見つからなかった。そんなある日、妻の幸子さんが電車で協力隊の広告を見つけた。取り寄せた募集要項には、シニア海外ボランティア(※ 以下、SV)として、ニカラグアの大学で鍼灸や指圧などの講師をする要請が載っていた。

   東洋医学も、学生を長く指導してきた経験も応募条件に合っている。「行けと言われている」と感じた幸子さんは、綱川さんに応募を勧めた。気になったのは、全盲でも応募できるのかどうかだったが、「対象外とは書いていないし、JICAの判断に任せよう、と応募しました。面接試験では、目の障害のことは聞かれませんでした」(綱川さん)。

   当時の制度では、SVは妻や夫の帯同が許されていたため、幸子さんもニカラグアに同行することはできたが、綱川さんの介助者として幸子さんも派遣前訓練から一緒に行った。「駒ヶ根訓練所には障害者用の居室もありますが、『全盲者の受け入れが初めてなので、必要なことを教えてほしい』と連絡を頂き、事前に見学に行けたので、あらかじめ訓練所生活がイメージできてよかったと思います」

   訓練で一番苦労したのはスペイン語だったという。あらかじめ教材を受け取り、点訳された資料を持参して授業を受けるようにした。しかし、板書されたすべての単語のスペルを確認するのは気が引けて、推測しながら点字で記録していくうちに、遅れを取った。宿題は点訳した上で取り組むため、時間がかかり、休日を勉強に充てたという。

指圧の認知度を上げるため、卒業生と指圧のデモンストレーションを行うことも

指圧の認知度を上げるため、卒業生と指圧のデモンストレーションを行うことも

   10年にニカラグアへ派遣され、日本ニカラグア東洋医学大学での鍼灸マッサージ教育と、大学が社会福祉貢献に設けた視覚障害者対象の指圧講座の指導をした。それは江戸時代から続く指導法で、まさに「手から手へ」伝えるものだった。模範となる技術を学生自身の体に伝え、学生同士で練習してもらい、最後は指導する綱川さんが学生の手技を受けて、改善のためのアドバイスをする。この方法でニカラグアの学生にも指圧の技術が伝わった。帰国から1年余り後に再びSVとしてニカラグアへ。あん摩実技のカリキュラムを改編し、指導者を養成した。指導を受けた学生の1人は治療院を開業する時、綱川さんの名前を冠して「アキラ治療院」と命名した。

   一方、セントルシアでは数年後に視覚障害者協会で指圧講座を立ち上げる話が進められていた。この活動に関わった元隊員から講師の要請について聞いたことが、セントルシア派遣の応募の決め手になった。現在、家族の帯同は不可なため、青年海外協力隊事務局と個別相談の結果、幸子さんの介助者としての同行が許可された。

   セントルシアでの指圧の認知は、ニカラグアと比べてもかなり低い。23年7月、セントルシア初の指圧師3人に修了証書が渡されたが、開業しない限り、指圧師として就職するところがない。そこで同協会と綱川さんたちは、協会の施設を活用して指圧のクリニックを開業している。

セントルシアはクルーズ船寄港地としても有名。公園の庭師で友人のベントンさんと

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   患者が払う料金を同協会と指圧師が分配する。患者が少ない時間帯には、頭痛・腰痛・肩凝りなど症状別の応用講座「アドバンスコース」を開設した。公園やスーパーで指圧のデモンストレーションを行い、チラシを配って、指圧の普及に努めた。来院者は少しずつ増え、継続して通院する人も出てきたという。「収入も徐々に増え、修了者の励みになっています」(幸子さん)。

   幸子さんのサポートは、異文化の中で活動を続ける綱川さんの大きな支えになっている。「活動中はもちろん、移動や家事、資料の作成まで、多岐にわたり協力してくれています」と綱川さん。最初の派遣の前は、「目が見えない人が来た」と非難されないか不安だったが、現在の心境を尋ねると、「『目が見えない先生が来てくれた』と驚き、歓迎されました。障害者が行くことに意味がある、行ってみてわかりました」と断言する。専門的な技術を持ち、自立している障害者の姿は、派遣国の障害のある人々に、「自分もこの先生のようになれるのかも」という希望を与えることができる。

   2回目にニカラグアに派遣された際、綱川さんたちは指圧講座履修者の就業状況を調べた。1日2ドル以下で生活する人が半数以上という国で、履修者は月に100ドル前後の収入を上げていたそうだ。

※シニア海外ボランティア…40歳以上で、一般案件より高い専門性を持った方を対象とした区分の旧称。2018年秋募集以降、従来の年齢による区分を改め、幅広い職種で応募可能な案件を「一般案件」、一定以上の経験・技能等が必要な案件を「シニア案件」とする、案件による区分になった。 現在「シニア海外協力隊」はシニア案件に含まれる。

※障害のある方の派遣時、JICAは個別に相談を行い、合理的配慮の提供を行っています。そのため、対応はその方の障害や派遣国、配属先の状況などにより異なります。

綱川さんの記事は、クロスロード2023年4月号P4でもご覧いただけます。

応募者へのMessage

綱川 章さん:面接の際、自分が何をしたいか、何ができるか、障害の状況などを説明すれば、障害の有無は関係なく、きっと活躍の場が見つかります。JICA ボランティア事業に関わる人は、前向きに考えてくれる人が多く、頭ごなしに断られることはありません。

妻・幸子さん:夫の盲学校勤務時代、私はオーストラリアで半年間ボランティアをさせてもらいました。今度は夫の夢をかなえたいと応募を勧めました。


持って行ってよかったモノ

職種ガイド:鍼灸マッサージ師

視覚障害者の経済的な自立や社会参加を目的とし、学校や障害者団体が運営する要請コースなどで、指圧やあん摩、マッサージなどの技術を教える。実務経験や指導経験が求められることが多い。綱川さんの場合は、現在、セントルシア視覚障害者協会の指圧講座で、視覚障害者に向け技術指導を行っている。


Text=三澤一孔 illustration=サイトウトモミ 写真提供=綱川 章さん

知られざるストーリー