派遣から始まる未来
進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

養蜂・養豚・栽培の会社をルワンダで起業

木下一穂さん

第1回JICA海外協力隊 帰国隊員社会還元表彰
アントレプレナーシップ賞

木下一穂さん
ルワンダ/野菜栽培/2012年度3次隊・東京都出身


持続性と効率性を両立する循環型農業で
ルワンダの農業に貢献

   ルワンダで養蜂・養豚・マカダミアナッツの生産・販売を行う会社RWA MITTU Ltd.(ルワミッツ)を設立して9年。化学肥料や農薬に頼らない循環型農業を確立させ、従業員が安心して働ける環境づくりに力を入れるなど、持続可能な農業と経営に挑戦し続けているのが木下一穂さんだ。

   木下さんが協力隊員としてルワンダに赴任したのは29歳の時。大学の農学部を卒業し、飼料会社やトマト農園で働いた後だった。

協力隊時代。ホームステイ先の家族と木下さん

協力隊時代。ホームステイ先の家族と木下さん

   配属先はルワンダ・カヨンザ郡庁。トマトのビニールハウス栽培を行う3エリアの共同農場で農業支援を行った。その過程で自分のやりたいことが明確になっていったという。

「トマト栽培では一時的にいい成果が出ましたが、生活のために興味のない農業をするしかない人たちに農業を教え、継続した成果を残すのは難しいと感じました。自分に支援は向いていないと気がつき、自分で農業をやりたい気持ちが強くなっていきました」

   ではその農業をどこでやるか。日本かルワンダか、悩んだ末に木下さんはルワンダを選んだ。帰国してすぐルワンダに戻り、2015年3月、立ち上げたのがルワミッツだ。「2年ではできなかったことが多く、もう少しここで農業がしたいと思いました。起業するための就労ビザの申請には苦労しましたが、この国の生活や文化を知っていたこと、隊員時代にどの生活レベルまでなら大丈夫か、自分の中に基準ができたことも大きかったです」。

   現地で3ヘクタールの土地を買い、工夫して仕事ができそうな若者に声をかけて従業員を10人集めた。まず始めたのは、さほど初期費用がかからない養蜂。ミツバチの蜜場とするため、マカダミアナッツ、アボカド、レモンなどの樹木を植え、畑の雑草を食べてもらうために豚を半放牧で育て、豚の糞は農場の肥料に。結果的に農薬や化学肥料に頼らない循環型農業が形になった。収穫した蜂蜜や作物は提携レストランに直接卸し、豚はトラックに載せ、コンゴとの国境沿いにある競り場に持っていく。ルワンダの市場で取引するよりも、コンゴ人に1頭単位で買ってもらったほうが効率的かつ高値で売れるからだ。近年は政府機関や日本の農業高校と技術提携し、交配や良質な飼料によるデュロック種の豚の品質向上にも力を入れている。ルワンダのブランド豚を確立し、安定した供給体制を構築したい考えだ。

ルワミッツの農園にて従業員たちと

ルワミッツの農園にて従業員たちと

「味だけでなく、作り方も注目される時代において、無駄がなく環境に配慮した農業は価値があると思います。不正が横行しているルワンダでは特に品質の良いものには高い価値がつきます」

   一方、事業を進めていくには信頼できる従業員が必要となる。

「家族のことで休んだり、病院代や子どもの学費がないという理由で金品を盗んだりすることがよくあって、起業して3、4年の間は従業員の問題に頭を悩まされました。そこで、従業員と家族の医療費と教育費は会社が全額負担することにしたのです」

   従業員が安心して長く働ける環境を整えたことで問題は徐々に減り、社員の定着率も上がった。日頃から「合わなかったらいつでも辞めていい」と伝え、副業も認めている。

「1年目に雇った従業員10人のうち、9年目の現在残っているのは6人です。お互いに必要としているからこそここまで続いているのだと思います。今では僕のほうが助けてもらうことも多く、成長を感じられて嬉しいです。得意分野の技術を身につけ、エキスパートを目指していってほしいと考えています」

ルワミッツの蜂蜜は味が濃くておいしい。夜、ミツバチが寝ている間に、巣箱から巣枠を取り出して少しずつ採蜜する

ルワミッツの蜂蜜は味が濃くておいしい。夜、ミツバチが寝ている間に、巣箱から巣枠を取り出して少しずつ採蜜する

   結果が出るまでに時間がかかり、失敗もあるといわれる農業をルワンダで長く続けられているのはなぜか。

「日本より規制が少なく、自分の好きなように試行錯誤できるのが面白い。それが循環型農業につながり、リスクヘッジにもなっているのだと思います。経費をかけなければその分事業が長く続けられる。まだまだできることはたくさんあります」

   自らの農業を究めるために学びと挑戦を続けたことで、新たな景色も見えてきた。

「今、注目しているのは昆虫です。もともと豚のたんぱく源として、ハエの幼虫を飼料に混ぜていましたが、さらにハエの幼虫を利用して家畜の糞や食品残渣などの有機廃棄物を肥料に変えるという仕組みをつくろうと考えています。食料が高騰し、食糧危機が叫ばれる中、質の高い肥料は農作物の生産増に貢献するはずです」

木下さんの歩み

1983年2月、東京都に生まれる。

「ニュージーランドで羊農家をしている親戚の影響で農業に興味を持つようになりました」

2007年3月、明治大学大学院農学研究科を卒業し、肥料会社で3年半働く。その後、農事組合法人和郷園で2年間農業修行。トマトを栽培する。

「土地もノウハウもない自分が日本の農業に新規参入することへの難しさを感じていました。土地を動かすことはできませんが、自分はどこへでも行ける。せっかくなら海外も視野に入れようと考えるようになりました」

2013年1月、協力隊員としてルワンダへ。

「1年目は順調でしたが、2年目から同じ作物を育て続けることによって土壌の成分が偏る連作障害が起こってしまって。ルワンダでは消毒薬も肥料も高価で簡単には手に入らないため、対策としてトマト畑にキャベツを植えて二毛作にしました」

2015年3月、ルワンダ北東部のニャガタレ郡にてRWA MITTU Ltd.(ルワンダ+蜂蜜の意)を設立。

「就労ビザ申請時、窓口担当者に、実態を見せろと言われたので現地で3ヘクタールの土地を買い、再び申請に行ったら今度は、勝手なことをするなと言われ、賄賂を要求されました。今思えばだまされたと感じるような出来事もあり、協力隊員として滞在するルワンダとビジネスの場としてのルワンダは全く違うことを痛感しました」

現在、新しくツリートマトの栽培や、昆虫を利用した肥料・飼料の開発などにも取り組む。

「自分が持っている知識だけでやっていくのは大変。大学でもっと学んでおけばよかったと思うこともたくさんあります。ただ、ビジネスは実績が大事。他の人をマネするより、自分の得意なこと、好きなことをやっていくほうがうまくいきます」

今年はルワンダの首都キガリでカレー店をオープン予定

Text=秋山真由美 写真提供=木下一穂さん

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