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コロナ禍がメコン地域の国際サプライチェーンに与えた影響

2020年9月23日

カンボジア物流システム改善プロジェクト
チーフアドバイザー
讃井 一将

新型コロナウィルスが世界の生産センターに成長しつつあるアジアのサプライチェーンに大きな影響を与えている。需要の減少、供給能力の低下、そして輸送能力の低下によってサプライチェーンの維持が困難になっている。

JICAはアジア開発銀行などと協調してメコン地域の経済回廊を整備してきた。中でも南部経済回廊は、地域の2大メガシティであるバンコクとホーチミンを結ぶ最重要ルートである。その中間に位置するカンボジアは、この回廊の物流円滑化を通じて経済成長を国内に取り込む政策を取っている。こうした努力は近年新たな産業立地という形で実を結んできた。

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越境交通ライセンス

タイからカンボジアには、自動車や機械製造のうち労働集約的な工程が移転している。サプライチェーンを支える物流事業者は"越境交通ライセンス"を取得し、国を跨いでも貨物積み替えをすることなく同一のトラックで目的地まで輸送ができる。このライセンスには、リードタイムを短縮するとともに積み替え時に生じる荷の損傷リスクを下げる効果があり、ロジスティクスの信頼性を高める制度として利用されている。しかし現在はタイの防疫措置によって、カンボジアに入国するトラック乗組員は7時間以内にタイ国内に戻らなければ14日間の隔離が義務付けられる。このルール下では、実質的に越境交通ライセンスが無効化された形だ。

カンボジアのベトナム国境近くに位置するバベットは人口4万人弱の小さな町だが、近年経済特区が設けられて日本や中国からの企業の進出拠点となっている。ここでは中国から輸入した生地を縫製し衣服や靴に仕上げて日本などに輸出している。輸出入のルートはベトナム・ホーチミンを経由し、陸路国境を通過する必要がある。コロナ蔓延後、中国からの原材料輸入が大幅に遅延したほか、ベトナムの厳格な防疫措置によってカンボジアへの越境が困難となった。これまではベトナム輸送業者がカンボジア側のバベットまで貨物を持ち込んでいたのだが、現在はひとたび越境すると14日間の隔離措置が適用されるようになった。越境しなくてもよいように代替策として国境施設内の空き地を使って貨物の受け渡しを行うように定められたのだが、敷地が小さいために連日大きな混雑が発生し、国境通過に8時間もの多大な時間を要するようになった。厳しい防疫措置を敬遠してトラックドライバーが不足する事態も生じており、物流コストは高騰している。

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国境敷地内のトラック貨物積み替え場。排水が整っておらず、雨季は大きな水たまりの中で作業する

航空輸送はコロナ禍の早い段階から機能しなくなった。航空輸送は数日で目的地に届けられるメリットから、急場の輸送手段として用いられてきた。例えば、大手衣料メーカーは新商品のサンプル輸送や急ぎの商品補充などで利用していた。カンボジア・プノンペン空港ではフライトキャンセルが今も続いており、800キロ離れたタイ・スワンナプーム空港まで陸路輸送して航空機に載せる代替ルートが組まれた。しかし、タイにおいても減便が多く航空便の確保は容易ではない。リードタイムが読めなくなりコストは「5倍程度に高騰」(日系物流事業者)、こうした状況がメーカーや物流事業者を苦しめる。

コロナ禍がサプライチェーンに与えたダメージに対して各国はまだ有効な対策を打てていない。各国の防疫措置に統一性はなく、隣り合う国でもより厳しい側で越境輸送の可否が決まる。措置の変更も頻発しており、ユーザーに混乱が生じている。このような中でまず行うべきことは、混乱を避けるための情報開示であろう。JICA調査によると、多くの業者が口コミで情報を得ていると回答しており、これでは的確に伝わらない。次に、地域内諸国で防疫措置を調和させていく努力が必要だ。現時点で各国は、物流を止めないようにするという最低限の合意にとどまっている。さらに、緊急的に定められた現在の防疫措置のうち過度に厳しい対応策となっているところがないか点検し、できるところから緩和していく現場レベルの努力も必要だろう。また、これまで国境では税関、入国管理、モノの検疫の3種類が主要な手続きだったが、今後はこれに公衆衛生管理が加わることになる。必然的に越境にかかる手順が増えるが、これによって時間やコストといった越境障壁を高くしないよう努めなければならない。JICAではこのような現場レベルの改善策をつくり政府に提案するつもりだ。国際サプライチェーンを修復するためにはこのような地道な努力をひとつひとつ積み上げていく以外に方法はない。官民一体となった国際協調の真価が問われている。

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国境施設内のトラックの混雑