日本も元気にするJICA海外協力隊 佐賀県

鶴田 さゆりさん

鶴田 さゆりさん 青年海外協力隊
Sayuri Tsuruda

佐賀県空港課 職員

【職場】
佐賀県
【職業】
県庁職員
赴任国
中華人民共和国
中華人民共和国
【赴任地】
重慶市
【職種】
幼児教育
【派遣期間】
2009年10月~2011年10月

逆境の中で見つけた新たな志
協力隊で得た経験を故郷に還元する

中国で向き合った反日感情。その苦しみを乗り越えて現地の人と繋がった経験は、人生の財産となった。
そして芽生えた、「国と人とを繋ぐ」という使命感。
現在、故郷の佐賀県で「日中友好の懸け橋」という新たな目標を胸に、その想いを実現していく。

「三つ子の魂百まで」を育てる
遊びを通した学びを伝えたい
 鶴田さんが青年海外協力隊に興味を持ったのは、高校生のときに協力隊経験者の話を聞いたことがきっかけだった。短大卒業後、幼稚園での勤務を経て協力隊に参加。中国の重慶にある幼稚園に派遣された。子どもたちが話す中国語は、派遣前に習った北京語と異なる四川語。彼らと会話が成り立たない悔しさから、鶴田さんは四川語も猛勉強し、現地の人と間違えられるほど語学力を鍛え上げたという。
 中国の幼稚園は、遊びを通じた学びを重視する日本の保育とは違い、授業形式の保育だった。鶴田さんは、子どもが主体で楽しめる、遊びを取り入れた指導を提案。また、「三つ子の魂百まで」と言われるように、『待つ・譲る・並ぶ・相手の目を見て話す』などの「心の教育」にも力を入れた。しかし、同僚たちには「遊ばせているだけ」としか認識されず、鶴田さんが考える保育には興味がなさそうだった。
 そんな中、保護者参観の企画を担当。『お店屋さんごっこ』を通して、物によって数詞が変わること、お金や敬語の概念、接客マナーなど、「働く」をテーマにしたキャリア教育を実行してみた。「楽しく学ぶ子どもたちの姿を見て、学びの中に遊びを取り入れる保育の大切さを、同僚や保護者は感じ取ってくれたようでした」
「三つ子の魂百まで」を育てる遊びを通した学びを伝えたい
一人の人として、教師として
国を越えて向き合う
 活動2年目のとき、中国漁船と日本の海上保安庁巡視船が衝突。中国国内で反日感情が高まる中、「日本人の言うことは聞きたくない、早く日本へ帰れ」と子どもたちから容赦ない言葉を浴びせられた。自分の存在が職場で迷惑になっていないか、鶴田さんは悩んだ。そんなとき、園長から「国と国、人と人の関係は違う。あなたは教師としてやるべきことをやればいい」と声をかけられた。「この言葉のおかげで、周囲から何を言われても『先生はあなたが大好き』と言い返す、心の余裕が持てたんです」
 半年後、東日本大震災が発生。子どもたちや同僚が義援金を集めてくれ、感動の涙が止まらなかった。また、ニュースで震災直後の日本人の姿を見た同僚からは、小さい頃から『待つ・譲る・感謝』を躾けられているからこそ、有事でも日本人はお互いを思いやる行動がとれると称えられた。「自分が保育の中で大切にしていることが伝わったようで、とても嬉しかったです」
被災地支援を経て佐賀県へ
故郷で協力隊経験を活かす
 帰国後、鶴田さんは東日本大震災で被災した岩手県山田町で、子育て支援センターの再稼働や保育園業務に従事した。「故郷のために働く人たちと接する中で、自分は故郷のために何もしていないのではと疑問を持ちました。また、協力隊を経験したことで『国と人とを繋ぐこと』、その役割を担う地方自治体こそが重要だと思うようになったんです」復興支援活動後、鶴田さんは佐賀県庁の協力隊員特別採用枠※に応募、入庁した。
 2度目の異動で配属された国際課では、中国との交流事業を担当。貴州省の省都・貴陽市に赴任し、現地の職員たちと交流を深めた。2018年、同省委員会書記が佐賀県を、翌2019年には県知事が同省を訪問し、両自治体の友好関係は強固なものになった。2020年3月、「佐賀県 加油(頑張れ)!」と4万1千点のマスクや手袋が県に届く。送り主は貴州省政府。新型コロナウイルス感染症が拡大する同省へ、1月と2月に県がマスクを送ったお返しだった。この話を聞いた時、配属先園長の言葉が頭をよぎったという鶴田さん。国と人とを繋ぐ自治体同士の“絆”を感じた瞬間だった。
 現在、鶴田さんは空港課に所属。県営佐賀空港は中国と空路で繋がっており、『日中友好の懸け橋』としても活躍できる環境だ。「協力隊経験の全てが、今に繋がっています」
 地域の市民活動にも積極的な鶴田さんは、2018年より佐賀県の協力隊OB会で会長を務めている。コミュニティFMの協力隊広報番組ではパーソナリティを務め、JICAの事業広報にも協力している。協力隊員の中には鶴田さんの体験談を聞き、参加を決めた人が何人もいるとか。「OB会が背中を押してくれたからこそ、今の自分があります。OB会活動には、感謝と恩返しの気持ちで臨んでいます。協力隊に参加したことで自分の『引き出し』が増え、どんな逆境の中でも楽しみを見つけ、行動できるようになりましたから」
 鶴田さんは自身がしてもらったように、後進たちの背中を押し続けていく。
※佐賀県庁の職員採用試験における、JICA海外協力隊経験者等向けの特別採用枠。現在は、社会人経験枠に含まれる。
  • 熊本地震では、東日本大震災の被災地での経験を活かし、県職員として避難所業務に従事。現在も、この家族との交流は続いている。
    熊本地震では、東日本大震災の被災地での経験を活かし、県職員として避難所業務に従事。現在も、この家族との交流は続いている。
  •  JICAデスク佐賀、佐賀県国際交流協会と一緒に協力隊広報番組を担当する鶴田さん。世界各国で活動する隊員からもメッセージが寄せられる。
    JICAデスク佐賀、佐賀県国際交流協会と一緒に協力隊広報番組を担当する鶴田さん。世界各国で活動する隊員からもメッセージが寄せられる。
  • NPO活動ではミャンマーのコーヒー農園を訪問。現地スタッフと事業の理解を深め、進捗状況を確認し合った。
    NPO活動ではミャンマーのコーヒー農園を訪問。現地スタッフと事業の理解を深め、進捗状況を確認し合った。
鶴田 さゆりさんProfile
 佐賀県出身。短大卒業後、幼稚園での勤務を経て2009年より青年海外協力隊へ。中国に派遣され、幼児教育隊員として活動。帰国後、東日本大震災で被災した岩手県山田町に国内協力隊として赴任、復興活動に従事。2014年に「JICA枠」にて佐賀県庁に入庁、現在に至る。2017年に認定NPO法人地球市民の会理事に、2018年には佐賀県海外協力協会(JICA海外協力隊OB会)会長に就任し、市民活動でも活躍中。
鶴田さんへのエール! 佐賀県の顔となり、
幅広い活躍に期待
 私が佐賀県庁で部長をしていたときに、「JICA枠」の3期生として入庁してくれました。この枠では初めての地元出身者でしたから、嬉しかったですね。協力隊経験者には、任地に飛び込んで、何とか現地の人とコミュニケーションを取ろうとした経験があります。県庁の看板に頼るのではなく、住民と向かい合う県庁職員になってもらいたいですね。国際畑に特化せず、ジェネラリストとしての活躍に期待しています。
公益財団法人 佐賀県国際交流協会 理事長 黒岩 春地さん
公益財団法人 佐賀県国際交流協会 理事長
黒岩 春地さん
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