キューバと稲作

2019年3月

コロンブスの新大陸発見に始まる大航海時代にスペイン、ポルトガル等のヨーロッパ諸国の植民地になった中南米・カリブ地域にはヨーロッパの食文化が持ち込まれ、パンと肉が主体の食事が広く普及していきました。その中でキューバは珍しく米が主食です。キューバは植民地時代にサトウキビ栽培に特化し、それ以外の作物は輸入するか、農家が自給用に栽培していました。高温多湿のキューバの気候ではパンの原料となる小麦栽培は困難なため、炭水化物を取るために試行錯誤の後、米が導入されたものと考えられます。

一方でメキシコ湾を挟んだ中米諸国はトウモロコシから作るトルティージャが主食となっています。同じスペインの植民地であったにもかかわらず、どうして中米はトルティージャ文化(タコス、エンチラーダ、ププサ等)となり、キューバでは米が主食になったのでしょうか。植民地以降も中米にはトウモロコシを主食とするマヤ族の末裔であるインディオが多数残っていましたが、キューバではもともといた先住民(アラワク族、タイノ族等)がスペインの圧政と天然痘等の伝染病で全滅してしまったことが大きく影響していると思われます。

作物の選択にあたっては、当然、降水量が影響します。キューバの降水量は年平均約1,300mmで、降水量が比較的豊富なキューバは水田稲作に向いていたものと考えらます(日本の年間降水量は約1,800mmですが、これは冬季の積雪も含んだものであり、栽培期間中の降水量は1,200~1,300mm程度)。また、サトウキビ栽培の労働者として西アフリカから連れてこられた奴隷たちが母国ではアフリカ米(グラベリマ種)を食べていたと思われ、米食が普及する素地があったものと思われます。

もう一つ考えられるのが、土壌です。キューバの土壌は酸性土が多く、腐食が少なく、かつ粘土質で植物が吸収できる有効態リン酸が不足しています。リン酸肥料の投入無くしてなかなか作物栽培は困難です。米は熱帯原産で酸性土壌にも強い作物です。水田では灌漑水によってカリウム等が補給されることにより、土壌が中和されます。また、湛水により土壌が還元状態になり、リン酸吸収が容易になります。水田は連作も可能であり、灌漑水により栄養分も水田に運ばれ、水が豊富な地域では2期作が可能となっています。

このようにキューバでは気候・土壌に敵した水田稲作が定着していったわけですが、近年、気候変動の影響による干ばつで水不足に見舞われる年もあり、より生育期間の短い品種の導入や効率的な水管理技術が必要となっています。キューバは植民地時代から1991年の社会主義圏が崩壊するまでサトウキビ栽培に特化してきたため、米を始め、他作物の研究は1990年代前半から本格的に始まったばかりで、農業研究の歴史は30年未満と浅く、適正な技術開発や技術普及にはまだまだ多くの課題を抱えています。

キューバの米の自給率は約50%と言われています。残りはベトナム、ブラジル等から等級の低い米を輸入し、主に配給米としています。現在、キューバ人1人当たりのコメの年間消費量は約62kg(日本人1人当たりのコメの年間消費量(2016年)は約54kg)と言われていますが、家庭で米がもっと容易に入手できれば、米消費はさらに伸びると思われます。

日本は2003年より継続的にキューバの稲作振興を支援してきましたが、その成果として近年、米の生産性が顕著に向上してきました。しかしながら国際機関や他ドナーからは、気候変動による水不足や農業生産材の不足・高騰によりキューバにおける水田稲作が果たして持続的なのかという質問をしばしば受けます。上記の通り水田稲作はキューバの風土にあった作物体系であり、他作物の生産が低迷している中で唯一生産拡大している作物であること、またキューバ人が輸入米よりも国産米嗜好が強いこと、また米をはじめとする輸入食料を購入する外貨を削減することが政府の大きな方針であることから、キューバでは生産性向上を目指した水田稲作体系を確立することが農業技術面からも食料安全保障の観点からも持続的である考えられます。
(チーフアドバイザー:北中 真人)

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カウンターパートの食堂のおける定食の例:主食の米、豆のスープとおかず
出典:キューバ国基礎穀物のための農業普及システム強化プロジェクト・チーム