バンコク都庁等とのスマート交通戦略に係るシンポジウム結果報告

シンポジウム名:『バンコク都のQOL向上と低炭素化への道筋-スクンビットモデル-』

2023年10月20日、本プロジェクトが主催したシンポジウムがバンコクで開催されました。シンポジウムは、プロジェクトが提案するスマート交通戦略をより良くするため、都市交通政策と実務を担う関係者たち等83名と意見交換する場となりました。

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背景と目的

2018年に始まった「Thailand 4.0を実現するスマート交通戦略プロジェクト」は、日タイの研究機関が協力し合い、バンコク都民の生活の質Quality of Life (QOL)を高め、低炭素社会化を目指すスマート交通戦略を開発し、ひとつの政策パッケージにまとめてバンコク都庁(Bangkok Metropolitan Administration: BMA)など関係者(ステークホルダ)へ提案し、タイで普及することを目指しています。プロジェクトは最終提案する前に、BMA等から実現可能性や実現方法についてコメントを得るなど意見交換する機会が必要でした。そのためステークホルダを招待した本シンポジウムを開催しました。

主な参加者

BMA、交通省(MOT)、内務省(MOI)、外務省、国家経済社会開発委員会(NESDC)、デジタル経済振興庁(DEPA)、タイ大量輸送高速公社(MRTA)、バンコク大量輸送システム社(BTSC)、バンコク高速道路・メトロ公社(BEM)、空港都市間鉄道エアポート・レール・リンクを運営するアジア・エラ・ワン社、などステークホルダ32名。国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)、JICA、JICA技術協力プロジェクト専門家、科学技術振興機構(JST)、都市交通計画・工学・情報通信工学などが専門であるプロジェクトメンバー:タマサート大、チュラロンコン大、カセサート大、NECTEC、中部大、大阪大などから、総勢83名が参加しました。

内容サマリー

冒頭、プロジェクトダイレクタのタナルック教授(タマサート大・シリントーン国際工学部:SIIT)が、これまで培ってきた成果を発表する場に集まってくれた参加者へ歓迎と感謝のことばを伝えました。続いてBMA戦略評価局ウィトーン副局長とJICAタイ事務所川辺次長が挨拶し、BMAが取り組む政策と整合するQOLを軸とした都市交通戦略を具現化し、都民へ届ける方策を一緒に考えて欲しいというメッセージを投げかけました。

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左からJICA川辺次長、SIITタナルック教授、BMAウィトーン副局長、中部大林教授

(1)政策討論セッション

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政策討論セッションの様子

より良いモビリティ(移動手段)政策の実現を目指し、チュラロンコン大アピワット准教授がプロジェクトの提案ポイントをまとめました。キーメッセージは(1)フレクシビリティ(柔軟である)、(2) コネクティビティ(接続できる)、(3)シェアラビリティ(共有できる)であり、戦略的アクションは(1)全ての人がアクセスできる中心拠点がある分散した都市圏を計画する、(2)多くの人に配慮した参加型空間となる街路をデザインする、(3)QOLを主流化する、(4)散在する都市交通データを統合して見える化し、住民参加を促すことです。このためアピワット准教授は、将来シナリオをいくつか分析し、モビリティの電化と公共交通利用を奨励するなど、望ましいシナリオの道筋を整理しました。

続いて広くアジア地域の視点から、UNESCAP レグミ氏が、アジア各国の都市交通課題と事例を紹介しました。アジアは、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)のうち、「住み続けられるまちづくり」と「気候変動の具体的対策」の達成に遅れをとっている、と彼は指摘しました。

プロジェクト研究代表者である中部大・林良嗣教授がパネリストとして登壇し、大都市交通計画時にはステークホルダ間のインセンティブが調和した価値獲得システムを確立すること、都市鉄道の運営体制を効果的に設計すること、が重要であると示唆しました。

討論会では、タイ首相府の頭脳であり経済戦略策定を担うNESDCが、林教授が指摘した価値獲得システムに強く賛同する一方、二酸化炭素を排出する火力発電に依存するモビリティ電化のジレンマ、身近な街路問題解決の重要性などを投げかけました。

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政策討論をモデレートするアピワット准教授(手前)と83名の参加者

(2)技術討論セッション:プロジェクトのスマート交通戦略提案とは?タイ社会へ届くために乗り超えるべきこと

基調講演

JST・神本正之研究主幹が、地球規模課題国際科学技術協力SATREPSについて紹介し、環境・エネルギー分野のSATREPSである本プロジェクトに期待する点、(1)研究成果の創出、(2)社会実装、(3)共同研究の継続、を強調しました。プロジェクトが最終ステージに向かう中、神本研究主幹は、研究成果が発現し、現実社会に役立ち、人々のための便益を生むために、プロジェクト提案内容について参加者の意見とコメント協力を呼びかけました。

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JST神本研究主幹による基調講演

交通・土地利用政策セッション

カセサート大・ワラメット准教授が、大都市圏バンコクの交通・土地利用デザインについて発表しました。ワラメット准教授は2つの将来シナリオ、(1)多極型都市圏への転換、(2)鉄道沿線の効果的な開発、を提案しました。前者は、深刻な交通渋滞を解消するため、都心一極集中から郊外へ都市機能を分散させ、複数のサブセンタを持つ都市へ転換するシナリオです。後者は、各鉄道駅を効果的に利用して、駅へアクセスしやすくなる公共交通指向型開発(Transit-oriented Development: TOD)を推進することです。ワラメット准教授は、交通・土地利用シミュレーションを提示しながら、提案の根拠を説明しました。シミュレーションの結果、多極型都市にした場合、郊外での雇用拡大、世帯の郊外移転、交通渋滞の緩和など、正の効果があることを提示しました。同様に、鉄道沿線開発が進んだ場合の土地価格との相関を分析した結果、郊外にはハブとなるサブセンタ候補がいくつかあり、サブセンタ周辺の土地価格上昇が期待でき、ワラメット准教授は価値獲得システムの確立に貢献する可能性を強調しました。このような多極型バンコクにおいてTODが推進され、街路の歩きやすさが改善され、近距離移動ができる足:スマートモビリティを活用したラストマイルサービスが導入されることが、都民のQOL向上に資する大都市圏の姿である、と彼はまとめました。

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ワラメット准教授の発表

続いて大阪大・土井健司教授が、ローカル視点から街路に着目し、全ての人々のためのストリートガイドラインを提案しました。土井教授は、車中心にデザインされた街路の問題点、例えば歩道の行き止まり、歩道がない道路、歩行を妨げる多くの障害物などを指摘し、同時に交通事故との相関性を提示しました。この解決策として、人々がアクセスしやすい、安全で快適なストリートをデザインし、QOLを改善することが本ガイドラインのコンセプトである、と土井教授は発表しました。

大阪大・葉健人助教がストリートガイドライン作りに使った2つのアプローチ:(1)歩きやすさの評価法とマイクロシミュレーションモデルの応用、(2)小型電動車を使ったスマートモビリティのデザイン、について解説しました。歩きやすさを評価するため、コンピュータグラフィック(CG)でデザインした数パターンの歩道を、タイ人被験者にバーチャルリアリティ(VR)機器を使い歩行してもらい、今までの歩道と改善された歩道を比較し、これら評価結果を活かしました。

大阪大・周研究員は、スクンビット地区で行った小型電動車Smart Small Vehicle Service (SSVS)社会実験について発表しました。SSVSはアパートと最寄り駅などを電動車で繋ぎ、住民が予約アプリを使い移動できるライドシェアモビリティを促進するサービスです。実験の結果、自家用車やタクシーの代替としてSSVS利用が増加し、渋滞や二酸化炭素排出緩和に貢献したことを、周研究員は報告しました。また、彼女のチームが行ったSSVS利用者が増えたシナリオシミュレーションの結果から、SSVSが拡大し効率的な運用をすると、渋滞と炭素排出量は更に削減されることを、周研究員は予測しました。

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大阪大チームの発表

討論会では、バンコク都知事も関心を持つ「15分都市」構想(徒歩・自転車・公共交通などで日常の用事を15分程度で済ますことができる都市)、どうやって実現するか、が争点となりました。ワラメット准教授は、郊外で15分都市を導入する場合、どうやって安全性を担保するか、郊外では多様な組織が都市計画の権限を担っており、うまく調整することが実現の鍵となる、と示唆しました。土井教授は、プロジェクトの提案と合致する15分都市構想を実現するには、TODを推進するスマートで安価なモビリティの必要性を強調しました。周研究員は、15分都市を実現する暮らしの足となるラストマイルサービスの成功要因は、接続性、手頃な価格、便利さ、安全性である、と調査結果を紹介しました。

最後に大阪大・紀伊雅敦教授が、ワラメット准教授と共同研究した都市・交通統合シミュレーションモデルについてコメントしました。紀伊教授は、バンコクの都市交通戦略に貢献できるよう、引き続きカセサート大、BMAや民間企業等ステークホルダと連携しながら、本モデルの精度と汎用性を高めたい旨、期待を述べました。

QOL主流化セッション

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タマサート大パウィニ准教授(右)とチュラロンコン大ピティポル助教(左)

タマサート大パウィニ准教授が、プロジェクトのQOL評価手法について発表しました。バンコク都民のQOLは、深刻な交通渋滞、交通事故死の増加、大気汚染などの影響で著しく低下していると、彼女は警告し、そのためQOLを重視した都市交通政策の提案に取り組んでいると述べました。

QOLの枠組みは、物理的な幸せ、心理的な幸せ、社会的な幸せ、経済的な幸せをカバーしている、とパウィニ准教授は強調し、バンコク都市圏で行ったQOL評価調査について報告しました。都民を対象とした質問票調査によって、例えば、多様な個人の満足度や価値観、ストレスの要因などが明らかになり、QOL指標に基づいた政策シナリオを提案できる、と彼女は発表しました。

パウィニ准教授は、林教授が提案するQOLアクセシビリティモデルを紹介し、本モデルは多様な個人の価値観を評価し、経済的な機会、生活の機会、災害リスク、生活のしやすさ、環境などの要因を分析し、国レベルの幸福度を推計できる評価モデルである、と解説しました。

最後に、SIITウィツァルート招聘研究員が分析した、時間と場所に柔軟性を持たせることにより、交通渋滞が緩和されるシミュレーション結果を示し、人々の充足感を重視する生活スタイルへ変化するよう促すことが、プロジェクトが提案するQOL向上のシナリオである、とパウィニ准教授はまとめました。

続いてチュラロンコン大ピティポル助教が、QOL評価に応用した人工知能(AI)モデルについて解説しました。彼は、運転中や歩行中の大量の画像をAIに見せ、人間に近い認識ができるまで学習訓練し、QOL評価に必要な大量データをAIモデルでコンピュータ処理しました。例えば、混雑した道路を運転する様子をAIモデルに見せると、低いQOL値を算出します。ピティポル助教は、人間に聞いた結果とAIの結果を組み合わせることで、より多くのデータ処理ができ、QOL値推計に必要な要因を効率的に抽出できる、と強調しました。また、人間に近い感覚までAIを訓練することにより、移動ルートの推測や提案ができるようになり、プロジェクトが開発しているルートや計画を提案するQOL-MaaSアプリケーションに応用できる、と発表しました。

タマサート大SIITティラユット准教授が、プロジェクト成果を可視化する基盤:デジタルアースシステムについて発表しました。ティラユット准教授は、デジタルアースシステム上でQOL向上に必要なデータセットを可視化でき、ステークホルダの都市計画策定や意思決定に役立つことを強調しました。デジタルアースは、地理情報システム(GIS)アプリケーション上に、例えば交通量、QOL値、建物や環境情報を重ね合わせて表示できます。設計に当たり、パウィニ准教授がQOL評価で主張した、多様な人々に配慮して政策意思決定ができるプラットフォーム開発を目指した、とティラユット准教授は解説しました。ピティポル助教のAIモデルによるQOL値を使いながら、特定ルートのQOL変化や、バンコク都心と郊外のQOL比較を実演しました。

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ティティパコン長期研修員(左)とSIITティラユット准教授の発表

SIITから中部大博士課程に留学しているティティパコンJICA長期研修員が、QOL-MaaSアプリケーションについて説明しました。ユーザの個人属性、好きなルートと乗り物、期待するコストなどを初期設定し、場所と行き先を入力すると、QOL-MaaSはQOL値が高まるプランをいくつか提案します。既存アプリと差別化した点は、最短ルートではなく、よりフレクシブルな選択肢をQOL-MaaSは提案すること、とティティパコン研修員は強調しました。例えば、ラッシュアワーを避けた出勤時間の提案、勤務先ではない共有オフィスの場所を提案します。QOL-MaaSの戦略は、一日のQOLを高め、二酸化炭素排出など社会の負荷となるコストを減らすことであると、彼はまとめました。

討論会では、どうやって学術的な政策提案を具現化するか、が争点となりました。ティラユット准教授は、研究エビデンスを根拠とした複数のシナリオを選択肢として提案しており、情報が全くないまま政策意思決定するのではなく、利点や欠点を評価しながら意思決定できることが強みである、と示唆しました。同様にピティポル助教も、過去の経験や伝統的な知識だけに頼るのではなく、新しいデータを重視してより良い方向性を選択する必要性を強調しました。パウィニ准教授も、コロナ禍にリアルタイムな情報が対策に活かされたように、現実を反映した最新ビッグデータを適切に解釈して意思決定することが肝要である、とまとめました。加えて彼女は、将来についてデータを活用し、人々の多様なコンテクストに配慮し、短期・長期的に整理して分析することの重要性を示唆しました。ティティパコン研修員は、研究者と政策ステークホルダを分断するのではなく、一緒になって具体的な対策を考えることが必要である、と意見を述べました。

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中部大・福井教授のコメント

中部大・福井弘道教授がセッションをまとめるコメントを投げかけました。ティラユット准教授と共同開発したデジタルアースシステムが持つコミュニケーションプラットフォームの強みは、(1)多様な側面を見る複眼的機能、(2)市民の参加を促すカウンターマッピングというコンセプト、であることを強調しました。前者は、例えばQOL、低炭素化、災害への強靭性、生物多様性などを多面的に見て、一徳一失、相乗効果などを検討できることが利点です。後者は、時に恣意的になるトップダウンではなく、ボトムアップで市民の視点を優先し、環境配慮判断など複雑なことを参加型で意思決定することです。

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林教授の閉会挨拶

閉会の挨拶として中部大・林教授が、シンポジウムを盛り上げてくれた参加者へ感謝の辞を述べました。林教授は、人口が減少するタイでは、Thailand 4.0戦略が掲げる「人々のための経済」への転換が、これからも重要になると示唆しました。その助けとなるプロジェクトの提案は、大都市圏デザイン、ストリートデザイン、SSVSと歩きやすさの評価手法、QOL-MaaSとデジタルアースなどを含み、次世代のための新しいインフラであると強調しました。争点となった政策提言の具現化について、タイ若手研究者が、研究者とステークホルダ間の垣根を超えた協力が解決のひとつであると発言したことを賞賛しました。林教授は、プロジェクトの能力強化活動が生んだ次世代タイ研究人材たちの活躍が、今とこれから直面する課題を解決することを期待しつつシンポジウムを閉めました。