「プロジェクトニュース(障害者雇用の優良事例)」Case18 SUU JSC

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聴覚障害者の夫婦をあたたかく見守る乳業メーカー

「一人一人の個性に適した仕事を提供して活躍の機会を」

聴覚障害があるビャンブドルジさん(左)と、妻のツァサンチメグさん(右)と共に笑顔を見せる行政人事部長のアリウンボルドさん(中央)

聴覚障害があるビャンブドルジさん(左)と、妻のツァサンチメグさん(右)と共に笑顔を見せる行政人事部長のアリウンボルドさん(中央)

暮らしに寄り添う真っ白なミルク

羊やヤギ、牛、馬、ラクダなどの家畜の飼育頭数が人口の10倍に上り、牧畜が国の基幹産業となっているモンゴル。国民の1割程度が定住地を持たず、季節ごとに最適な住みかを求めて家畜や家族とともに移動する遊牧生活を送っていると言われるこの国では、独特の乳文化が生まれ、育まれてきた。人々は乳製品を「(清廉潔白な)白い食べ物」と呼び、昔から現在にいたるまで、日々の暮らしや手土産、冠婚葬祭などの場面で欠かせない、特別な意味をもつ食品として重用してきた。

スー社は、国内シェア8割を誇る乳業メーカーだ© スー社提供

スー社は、国内シェア8割を誇る乳業メーカーだ© スー社提供

そんな同国で最大手の乳業メーカーが、スー社だ。社会主義時代の1958年に国営企業として設立されて以来、一貫して良質な国産の乳製品を製造し続けてきた老舗企業で、人々からの信頼も厚く、国内シェアは8割を誇る。設立当初は集団農場(コルホーズ)で遊牧民が搾乳した生乳を工場に集めていたが、その後、1990年代初頭に民主化されて家畜も私有化されたことを受け、遊牧民を組織化して全国に13の組合を立ち上げた。同社は現在、組合を通じて3500以上の遊牧民から天然の牧草だけで育てた牛の生乳を買い上げ、首都ウランバートルと第二の都市エルデネトにある工場で牛乳やヨーグルトなどの生産を行っている。

スー社は、天然の牧草だけで育てた牛の生乳を買い上げ、牛乳やヨーグルトなどの乳製品を製造している © スー社提供

スー社は、天然の牧草だけで育てた牛の生乳を買い上げ、牛乳やヨーグルトなどの乳製品を製造している © スー社提供

スー社では、全480人の従業員のうち、18人に聴覚障害や視覚障害、下肢障害、内部障害がある(2022年12月時点)。18人は組合から工場に生乳を運んだり、工場から店舗に商品を納品したりといった運搬業務のほか、工場での箱詰め作業や販売、オフィスでの勤務に従事しており、最も長い人で勤続20年、短い人でも3年以上、同社で働いているという。

2006年にマックスグループの傘下に入った同社は、近年、モンゴル社会で障害者法定雇用率の遵守や企業の社会的責任が求められる風潮が強まっていることを受け、障害者の雇用を積極的に進めている。障害者に限定した求人を出すことはしておらず、一般求人に応募してきた中から本人の希望と障害の特性を踏まえて部署を検討し、例えば車椅子利用者には運搬以外の業務を任せるといった配慮をしながら配属しているという。

「ミルク文化」を通じて平等な社会の実現を

アリウンボルドさんは2021年にシニアマネジャーとしてスー社に入社し、2023年からは、行政人事部長として同社の障害者雇用を率いている。前職を含め、10年にわたり人事分野で経験を積んできたが、スー社が掲げる「ミルク文化」の理念に共感して同社に入ることを決めたという。「モンゴルには、誰かを訪ねる際、ミルクを持参する文化があります。ミルクの真っ白な色は、モンゴル人にとって悪気や邪心がないことを意味するからです」「ミルク文化を普及する乳製品メーカーとして、差別や偏見のない平等な社会、そして障害の有無によらず自由に自分を表現できる社会の実現に貢献したいと考えています」と、優しい笑顔で話す。

行政人事部長のアリウンボルドさん

行政人事部長のアリウンボルドさん

平等な社会の実現を願うアリウンボルドさんの思いは、人一倍、熱い。その理由は、彼の生い立ちにある。
アリウンボルドさんには、先天性の聴覚障害のある1歳年上の兄がいる。小学校に上がると同時に手話を習い始めたアリウンボルドさんは、テレビ番組や映画を見ては、兄のために通訳を買って出ていた。兄の耳代わりを務めることが嬉しかったし、誇りだったという。その一方で、「耳が聞こえない人でも内容が理解できるように字幕を付ければいいのに」という疑問も感じていた。
人事の道に進んだのも、「今から思えば、兄の存在が影響しているのかもしれない」とアリウンボルドさんは感じている。「人事は人のための仕事。他のいかなる仕事より平等の感覚が特に求められる」からこそ、情報や機会を得られずいつの間にか排除されている人が出ないように改革を進めたいと意気込む。社内で手話勉強会の開催を計画しているのも、その一環だ。

マックスグループと一緒にスー社が開催した障害者の就労イベントの様子 © スー社提供

マックスグループと一緒にスー社が開催した障害者の就労イベントの様子 © スー社提供

就労イベントの参加者たち ©スー社提供

就労イベントの参加者たち ©スー社提供

スー社に入社した翌年の2022年5月には、マックスグループと連携して障害者を含む一般市民に向けた就職イベントを開催した。先頭に立って企画を率いたアリウンボルドさんは、開催に先立ち障害者が働く現場を訪ねたり、障害のある子どもたちの施設を訪ねたりして、入念に準備を進めたほか、地元のソンギノハイルハン区役所とも、継続的に連携を図っているという。

歩み寄ることで乗り越えた戸惑い

スー社では、聴覚障害者の夫婦が働いている。先天的な聴覚障害者のビャンブドルジさんと、2歳の時に高熱を出し、打たれた注射が原因で聴覚を失った妻のツァサンチメグさんだ。二人はともに2008年にマックスグループ傘下の窓枠メーカーに入社し、翌2009年に結婚。その後も一緒に働いていたが、2019年に同社が倒産したためスー社に異動することになった。ビャンブドルジさんは木工の腕を買われて工場の窓枠や階段、ドアの修理などを担当しており、ツァサンチメグさんは社員食堂で働いている。毎日休まず家から一緒に歩いて通勤してくる、社内でも評判のおしどり夫婦だ。

工場の設備修理を任されているビャンブドルジさん

工場の設備修理を任されているビャンブドルジさん

はにかんだ笑顔が可愛い、妻のツァサンチメグさん

はにかんだ笑顔が可愛い、妻のツァサンチメグさん

とはいえ、慣れ親しんだ職場を離れて新しい環境に移ることになった時には、二人ともかなりの不安と緊張を感じたという。他方、スー社にとっても聴覚障害者の雇用は初めての経験だったため、社員たちの間にも最初は戸惑いがあったようだ。
ツァサンチメグさんは、「食堂スタッフ9人の中で障害者は私しかいないため、皆、どう接すればいいのか分からず戸惑っているのが明らかでしたし、私の方も、聞きたいことがあってもどう尋ねればいいのか分かりませんでした」と、振り返る。
一方、夫のビャンブドルジさんは、しばらくの間、誰にも修理を頼まれることがなく、周囲から距離を置かれていると感じて悩んでいた。手持無沙汰な日々を過ごしていたある日、一人の社員が簡単な作業に手間取っているのを見かけて、気軽な気持ちで手を貸したところ、それをきっかけに周りの社員からも次々と声をかけられ、仕事を依頼されるようになったという。「同僚たちがこれまで聴覚障害者との接し方が分からずに戸惑っていたからこそ、最初の一歩はこちらから歩み寄ることが大切だったのです」とビャンブドルジさんは力を込める。

信頼で結ばれた技術部の二人

ビャンブドルジさんの上司にあたるのは、建設エンジニアのオトゴンダライさんだ。大学を卒業して建設会社で勤務後、2年前にスー社に転職した。最近、工場に新しい機械の導入と設置を進めているため、社外のメーカーや販売店とのやり取りも二人で対応している。

スー社の技術部は、ビャンブドルジさん(左)と、上司のオトゴンダライさんの二人だ

スー社の技術部は、ビャンブドルジさん(左)と、上司のオトゴンダライさんの二人だ

「ビャンブドルジさんはとても真面目なうえ、釘1本でも丁寧に扱う穏やかな人柄です」「年下で、キャリアも浅い私のことを見下さず上司として立ててくれるし、何でも相談してくれ、頼りがいもあって大好きです」と、ビャンブドルジさんに絶大な信頼を寄せているオトゴンダライさん。彼女自身は手話ができず、込み入った話の時はスマートフォンのメッセージでコミュニケーションを取ることもあるものの、「たいていのことは“私たちだけの手話”で通じ合うので、まったく問題ないですよ」と、いたずらっぽく微笑んだ。

そんな二人に2022年9月、嬉しい出来事があった。「手話言語の国際デー」にあたる9月23日に全社員が夫婦に向けて手話で一言ずつ挨拶してくれたのだ。前出のアリウンボルドさんが事前に手話を教え、皆でこっそり準備してくれていたのだった。「私たちのためにこんなことまでしてくれるのかと驚いたとともに、心の底から嬉しさがこみ上げてきました」と、二人は顔を見合わせ微笑む。

2022年の「手話言語の国際デー」には、同僚たちがビャンブドルジさんとツァサンチメグさんのためにこっそり手話を習い、一言ずつメッセージをくれた(スー社提供)

2022年の「手話言語の国際デー」には、同僚たちがビャンブドルジさんとツァサンチメグさんのためにこっそり手話を習い、一言ずつメッセージをくれた(スー社提供)

このほかにも、同社はダウン症の母親たちが手作りした妊婦専用座席用のシートカバーを買い上げてバス会社に寄付したり、障害者が手作りした小物を取引先への手土産に採用したりと、社会貢献にも積極的に取り組んでいる。

さらに、二人にとって大きな励みになっているのが、頑張っている社員を毎月、表彰する制度だ。さらに、年末には特別社員の表彰制度もある。
ビャンブドルジさんは、窓枠メーカーに勤務していた時にも何度か優秀社員として表彰されたことがあり、スー社に異動後も、2022年2月の月間優秀社員として表彰された。

優秀社員の表彰制度は、二人にとって大きな励みになっている

優秀社員の表彰制度は、二人にとって大きな励みになっている

一方、ツァサンチメグさんは、前職の時は残念ながら表彰されたことがなかったが、スー社に移って1年が経った2020年に年間特別社員として表彰され、嬉し涙をこぼしたという。

ビャンブドルジさんとツァサンチメグさんは今、12歳と7歳の2人の娘とともに、新しい生活を始めようとしている。彼女たちに障害はなく、両親のために手話で通訳してくれる優しい娘たちだが、成長に伴って今のアパートが手狭になってきたため、ビャンブドルジさんが新居を少しずつ建て進めており、もうすぐ完成するのだという。「仕事を頑張ってみんなで幸せに暮らせる家を建て、娘たちにいい教育を受けさせたい」と、二人は親の顔になってつぶやく。

その様子を微笑ましく見ながら、アリウンボルドさんは、「二人とも本当に責任感が強くて真面目なうえ、穏やかで親しみやすい人柄なんですよ」と太鼓判を押す。そのうえで、「彼らが気持ちを込めて丁寧に仕事に取り組んでいる姿を見ていると、自分ももっと頑張ろうと思える、という声も寄せられていますし、お互いに感謝の気持ちを素直に表現し合う雰囲気が広がっていて、会社全体にもいい影響があると感じています」と、強調した。さらに、「これからも障害者の雇用を拡大し、平等な社会を実現するためには、企業と障害者の間に立つ人材が重要です」と話し、「モンゴル国障害者就労支援制度構築プロジェクト」(DPUB2)のジョブコーチ制度にも期待を寄せる。
 長年にわたり、モンゴル人にとって特別な意味を持つ白い乳製品をつくり続け、人々の暮らしに寄り添ってきたスー社。清廉潔白なイメージがある同社が、DPUB2とタッグを組んで障害者の雇用を積極的に進めることで、人々にとって障害者の存在が身近なものになり、モンゴル社会に大きなインパクトを与えることは間違いない。

ビャンブドルジさん、ツァサンチメグさん夫妻と手話を使って和やかに会話するアリウンボルドさん(左端)

ビャンブドルジさん、ツァサンチメグさん夫妻と手話を使って和やかに会話するアリウンボルドさん(左端)

【企業概要】

企業名 Suu LLC
事業 乳製品の製造と販売
従業員数 約480人(2023年9月時点)
障害者数 約18人(2023年9月時点)
雇用のきっかけ 法定雇用率の遵守や企業の社会的責任が求められる風潮が強まっているため
雇用の工夫 ・障害に応じた配属や業務の割り振りを行う
・正しい手話にこだわらず、自分たちなりのコミュニケーション方法で積極的に意思疎通を図る
・手話が理解できる人材を人事マネジャーとして採用。その後、行政人事部長に登用した
・月間や年間で定期的に優秀社員を表彰することでモチベーションをもたせる

【ジョブコーチ就労支援サービスとは】

ジョブコーチを通じた障害者と企業向けの専門的な就労支援サービスのことで、モンゴル障害者開発庁が中心となって2022年6月から提供が開始された。
このサービスを通じて、今後、年間数百人の障害者が企業に雇用されることが期待される一方、障害者の雇用が難しい企業には、納付金を納めることで社会的責任を果たすよう求められている。