農事組合法人 宮守川上流生産組合「地域づくりを世界視点で」
遠野物語の新たなページ

  • グローバル人材の育成・確保

遠野は岩手県のちょうど真ん中に位置する人口約2万6千人の市だ。民俗学者、柳田國男の「遠野物語」の舞台で、河童や座敷童子(わらし)、オシラサマなどが登場する「遠野民話」でも知られている。全国の地方都市と同様、遠野市も少子高齢化や過疎化が進んでいる。その一方で、遠野には自らの手で未来を切り開いていこうとする若者が多く集まっており、ホップ栽培農家、クラフトビール醸造家、デザイナー、ライターなど、さまざまな経験やスキルを持った人が全国から集まり、新たな挑戦を続けている。そうした“よそ者”の一人が農事組合法人宮守川上流生産組合で副組合長をしている桶田陽子さんだ。遠野市はJICAと覚え書きを結び、JICA海外協力隊派遣前実習として国内の地域活性化や地方創生の課題に取り組む派遣前型 OJT「グローカルプログラム1(以下 GP)」を開始した。最初の受入先が宮守川上流生産組合で、受入担当は桶田さん。自身もJICA海外協力隊の経験者で、帰国後、縁もゆかりもない宮守に飛び込みながら、集落営農という立場から地方創生を実践している桶田さんに話を伺った。 1JICA海外協力隊の合格者向けOJTプログラム。希望者は協力隊訓練所での訓練開始前の一定期間、国内各地域の自治体・団体等の実施する地方創生など、国内課題解決に資する活動に参加することで、国内の地域活性化に関する知識と経験を習得する。また、開発途上国に派遣中の活動に必要なコミュニケーション能力や計画策定から実施、モニタリング、評価に至るPDCAサイクルの実践経験を積む。

途上国は「世界の中の地方」
持続可能な地域を目指して

私は盛岡市出身で、高校まで同市で過ごした後、帯広畜産大学に進学しました。大学卒業後は北海道庁に入り、農業改良普及員として8年間、野菜栽培の指導などにあたりました。普及員としての仕事は順調だったのですが、「農業でJICA海外協力隊員になる」という夢があり、それを実現するため道職員を退職し、応募しました。

派遣先はインドネシアで2004年7月から2年間、現地の土壌に合った野菜で栽培、収穫、販売ができる品種の選定から栽培方法の指導をしました。途上国は「世界の中の地方」で、経済、教育、保健医療などさまざまな分野で中央との格差があります。協力隊を目指した理由の一つは、その課題を解決する一助になりたいという思いでした。

実際に現地の住民と一緒に生活し感じたことは「暮らしにいろいろ不便はあるものの、その不便も楽しめるゆとりある幸せな暮らし」の大切さでした。日本にも途上国と同じ状況の“地方”があり、それは「限界集落」と呼ばれたりします。

帰国後、ふるさと岩手県にもたくさんある“地方”で豊かな暮らしを実現したいと思い、次の進路を考えていました。そんなとき宮守川上流生産組合を知り、2007年に就職しました。当時の宮守は2005年に遠野市と合併したばかりで、旧宮守村の伝統文化が色濃く残り、住民の暮らしにも地域の独自性が見られました。そんな特長を生かし守っていくためにも「近くで作られたものを食べ、着て、住む」ことを実践できれば、地域経済の好循環が生まれ、雇用も維持でき持続可能な地域になれるのではと思い日々仕事をしています。

副組合長の桶田陽子さん

シェアハウスで受け入れ
GP生から地域づくりのヒント

宮守川上流生産組合には、トマトのハウス栽培担当として採用されました。それから農産物加工場が増設されることになり、加工担当になりました。自分たちで育てたお米、野菜、果物を採れたその場でどぶろくやジュース、ジャムに加工しています。「生産したその場で加工まで」地元の野菜や果物を100%使用したジュースなど、生産者や消費者の意見を聞きながらつくる商品は「地産地消」の名にふさわしいものばかりです。

入職当時、廃校となった学校の教員住宅に暮らしていました。老朽化した建物で厳冬期には雪が寝室に入ってくるような宿舎でした。数年前に同じ場所に自宅を建てました。農業体験や研修生を受け入れられるようシェアハウスとして使える家です。農業研修生や総務省のふるさとワーキングホリデーの参加者を泊めるなどして活用しています。今回GP生2人を受け入れるにあたり、宿泊場所の確保には問題はありませんでした。

組合は、営利事業をしているのであらゆる取り組みがどうしても損得を基準に判断されがちになってしまいますが、彼らからは「損得を抜きにした地域にとって本当に良いこと」いう視点で提案をしてもらい、地域が変わっていくヒントを得ています。

彼らには今、加工場での作業や生産部での農作業をしてもらっています。2人とも地域のおじいちゃんやおばあちゃんと仲良くなっています。JICA海外協力隊として途上国に赴任した後も連絡を取り合うことが、組合員ら地域の住民にとっても貴重な体験になるのではと期待しています。GP生とつながりを持ち続けることがこの地域を豊かにする一助になってほしいものです。

グローカルプログラム参加者

穴井佑介さん
(ガボン/コミュニティ開発/2023年度派遣予定)

地方おこし協力隊からJICA海外協力隊に
新たな現場で視野を広げ海外へ

私は大分県日田市出身で岡山の大学の工学部でバイオ系の研究をし、大学院修士課程に進みました。修士課程を修了後、愛媛県四国中央市にある大手製紙メーカーに5年半ほど勤務し、退職してワーキングホリデーでオーストラリアに行きました。高校時代から海外生活に憧れがあり、一度やってみようと思い立って渡航しました。アルバイトをしながら語学を学ぶ日々でしたが、大変だった英語でのコミュニケーションも含め、異文化体験は自分にとってとても楽しいものでした。

帰国後何をしようかと考えたとき、地域づくりという言葉が浮かびました。それは社会人2年目で体験した東日本大震災のボランティアで感じたことでした。四国の地域づくりリーダーの一つ徳島県神山町の「神山塾」という人材育成事業の募集を知り、研修を受け、それを運営するコンサル会社の正社員となりました。この会社には6年間勤め、塾の運営にあたったほか愛媛県西予市では地域おこし協力隊として一般社団法人を立ち上げ、移住支援など地方創生の現場で働いてきました。地域おこし協力隊の任期も近づき、次のステップを考えたとき、オーストラリアでの一つの体験を思い出しました。

それは、東ティモール人の友だちが「日本人からパソコンを教えてもらった」という話でした。その日本人はJICA海外協力隊員で、私も「世界のつながりの中で自分もバトンを渡したい」と協力隊への応募を考えるきっかけになりました。自分ではJICA海外協力隊になる前に「ある程度経験は積まないと」という思いもあり、それが地域創生に長年携わる動機にもなりました。

GPに手を挙げたのは、地方創生の現場をもっと見てみたいという気持ちからです。第1希望は島根県海士町で、第2希望が遠野市でした。遠野市はクラフトビールやローカルベンチャーで有名でした。「どんな人が集まるかで地域は変わる」という言葉があります。遠野市は、外から来た人を温かく受け入れてくれます。そして街を挙げて文化や伝統を守ろうという高い意識を住民の方々が持っています。

今は3カ月の実習期間の中間地点で、リンゴジュースを作るためのリンゴの洗浄やキウイの皮むきなどをしています。冬という厳しい時期に実習をしていますが、棚田に水が入るほかの季節も知りたいと思っています。JICA海外協力隊ではコミュニティ開発の隊員としてガボンで魚市場の女性グループを支援する予定です。現地に行っても、魅力いっぱいの街遠野市とそこに暮らす住民とのつながりは大事にしていきたいと思っています。

ガボンにコミュニティ開発隊員として
派遣予定の穴井佑介さん

グローカルプログラム参加者

髙橋翼さん
(グアテマラ/卓球/2023年度派遣予定)

卓球の群馬チャンピオン
貴重な職業体験に

群馬県沼田市が私の故郷です。群馬の冬も寒いのですが、遠野市のほうが厳しいです。しかし暮らす人々は本当に温かくて、これからは地方で暮らすこともありかなと思っています。ここで経験していることは、これまでの人生になかった地域密着型で、遠野という地方のことを深く知ることになりました。生まれ故郷の沼田より遠野のことをたくさん知っていると思います。

今思うことは「自分の地元をもっと知るべきだ」ということです。グアテマラに行く前に、沼田のこと群馬のことそして日本のことをもっと勉強したくなりました。

グアテマラでは、同国の卓球協会に所属し、女性の卓球チャンピオンたちを指導する予定です。グアテマラの人口の半数は、農業に従事していると聞いています。宮守川上流生産組合で経験した農作業は、現地に行っても役立つと思います。今回の実習で知ったのは、農業はかなりの重労働でその担い手の多くが女性だということです。それは自分にとっては大きな驚きで、私たちの食を支えている農業の実態を知れたことは自分にとって大きな収穫です。

私は、職業人としての経験が少ないのでそれを補おうとGPに応募しました。大学3年生のときに有償のインターン生としてデザイン会社で仕事を始め、大学卒業後に社員となって仕事を続けたものの短い期間でした。

社会人のころ、所属していた異世代間交流のコミュニティで海外の話題がよく出てきました。そんな話を聞くと自分も世界を舞台に活躍したいという思いが募りました。高校時代には、卓球部の大先輩がJICA海外協力隊としてブータンに行った話を聞いていて、頭の片隅にはいつもJICA海外協力隊がありました。そんなことが重なり応募しました。

卓球は、3歳年上の兄の影響で小学4年生から始めました。兄が参加していた夜練習について行ったところ、コーチから「やってみないか」と声を掛けられ、始めたものです。自分にとって卓球は大変面白く、両親もサポートしてくれて自宅にも卓球台を備えて兄とやったりしました。

小学6年のときには「小学生総体」で優勝するまでになりました。群馬県のチャンピオンです。中学、高校、大学とも卓球を続け、全日本選手権には群馬県代表として毎年のように参加していました。卓球で群馬県チャンピオンになれたのも、自分の力というより監督やコーチなど指導者のおかげでした。そんな思いはいつか自分も指導者にという気持ちとなり、JICA海外協力隊への応募につながりました。

遠野市の実習では、NPO法人が運営する障害者の就労支援や自立訓練を担う多機能型事業所「わの里」の方とも親しくなりました。宮守川上流生産組合と農福連携で農作業に取り組み、弁当づくりやカフェなどしています。ここの方からは「カフェでグアテマラのコーヒーを出したいね」と言われています。海外に行ってもオンラインなどでつながりを持ち、帰国後は必ず顔を出しグアテマラのコーヒー豆を手渡したいと思っています。

グアテマラに卓球隊員として
派遣予定の髙橋翼さん

※このインタビューは、2023年2月に行われたものです。

PROFILE

農事組合法人 宮守川上流生産組合
設立:2004年
所在地:岩手県遠野市宮守町下宮守38-3-14
事業内容:遠野・宮守育ちの自然の恵みを生かしたどぶろくやジュースなどの生産
協力隊経験者:2名在籍

HP:https://www.miyamori-joryu.or.jp/

 
一覧に戻る

TOP