公益財団法人日本数学検定協会日本の“数検”から、世界の“Suken”へ

  • グローバル人材の育成・確保
  • 開発途上国へのビジネス展開
  • 研究・教育プログラムの強化

算数・数学の実用的な技能を測る検定として、国内で親しまれている「実用数学技能検定『数検』(以下、数検)」。計算・作図・表現・測定・整理・統計・証明の技能を測り、論理構成力をみる記述式の検定で、全国レベルの実力・絶対評価システムとして高い評価を得ている。年間の志願者数は2006年以降30万人を超え、累計志願者数はのべ700万人を突破。実施機関である公益財団法人日本数学検定協会は、国内はもとより東南アジアを中心に海外展開も行っており、開発途上国における教育振興にも大きく貢献。その過程で、JICA海外協力隊(以下、協力隊)の経験者を積極的に採用してきた。協力隊への期待や今後の事業展開などについて、理事長の髙田忍さんに話を伺った。

「数検」の今とこれから
数学を生活に密着させることの大切さ

当協会は、「数検」を事業の柱として1992年に発足した団体です。2013年に、財団法人から公益財団法人へと法人格を変更したことを機に海外にも視野を広げ、以来、“世界中の人々の生涯にわたる数学への興味喚起と数学力の向上”という理念を掲げてきました。長年培ってきた知見を活かし、①数学の生涯学習化、②数学学習のデファクト・スタンダード化、③数学嫌いをなくし数学好きを増やす、の3つのビジョンを描きながら、国内・国外問わず“数学”に関する一貫した取り組みを進めています。

「生涯学習」という言葉を耳にするようになって久しいですが、私たちの「数検」も、幼児からお年寄りまで幅広い年齢層の人たちが段階的に自分の数学力を確認し、学ぶ意欲を高められることを意識して作られています。とかく「数検」と聞くと気難しい印象を持たれがちなのですが、私たちは“落とすための検定”を実施しているわけではありません。こうしたことをもう少しわかりやすくするために設けたのが、小学校に上がる前から算数に親しんでもらう「かず・かたち検定」や、企業と数学の接点をつくっていく「ビジネス数学」です。一検定事業者としてテストだけを実施するのではなく、その後のフォローアップやイベントの実施、指導者の育成を同時並行で進めながら、「数学の生涯学習」の進展に努めています。

今は、暮らしに必要な情報のやり取りがスマホひとつで出来る時代です。リアルなお金を扱うことや、紙のカレンダーを見ることも随分と減りました。しかし、算数の教科書には、今もお金やカレンダーが出てきます。例えば、子どもたちは、1ヶ月のカレンダーを眺めることで、上下の数字が7日ずれていることを学んでいきます。こうしたことを、家でカレンダーを見たことがない子どもたちに教科書だけで教えてしまうと、気づきや発見を与えることなく“あたりまえ”として刷り込むしかなくなります。あるイベントでのことですが、食卓ほどのテーブルを指して、その長さを子どもたちに問うたところ、“5メートル”という想定外の答えが返ってきました。結局、自分の身長から机の長さを類推する、ということが出来ていないのです。デジタルなものは道具としての探究心を刺激してくれる良さもありますから、これからの時代を担うZ世代やアルファ世代の人たちに数学の楽しさを伝えていくためには、算数・数学をいかに生活と密着させていくか、ということが問われていく気がしています。

理事長の髙田忍さん

「数検」の知見を世界へ
ポジティブに道を開ける協力隊経験者に期待

「数検」など、国内の活動で得た知見を世界中の人々に還元していきたいというのが、私たちの海外事業の出発点です。数学学習のデファクト・スタンダード化、つまり公的な認証ではないけれども、その国の数学学習の指標のひとつにしてもらえたらと、現在フィリピン、タイ、カンボジアなどで、現地の教育機関などを通して普及啓発事業を推進しています。海外でも「数検」は「Suken」という名称で展開しており、これまでの累計志願者数は4万人を超えています。言語は英語を基本としていますが、タイでは現地の実施機関の協力でタイ語も扱っています。また、国によって通貨単位などが異なるため、設問はその国の社会通念に合わせて単位や名称を変えることはありますが、出題範囲や採点方法は日本と同じ基準を採用しています。次の階級を目指す、意欲を促すプロセスもまた私たちが築き上げた知見ですから、海外でも「数検」のフレームに則って実施していくことが、数学学習のデファクト・スタンダード化を進めていくうえでの基本姿勢です。

海外で「Suken」を受ける人たちが増えていくことに合わせて、受検者の活躍の場づくりについても、私たちが見据えなければならない課題のひとつだと考えています。こうしたなか、日本国内のある企業から外国人材を採用する際の基準として「Suken」のスコアを取り入れていただけるという話があり、タイの大学をご紹介した事例があります。まだ人材の受け入れは実現することが出来ていないものの、「人材育成」という私たちの新たな使命が見えた気がします。

海外に少しずつ広がっている私たちの事業ではありますが、知見だけあっても海外事業というのは務まりません。そこで力になってくれているのが、実際に海外の教育に関わっている方々です。例えばブラジルでは、日系人の方が私たちの「インストラクター」の認定を受け、日系人コミュニティにおける子どもたちの数学学習に役立ててくださっています。また、ジャマイカでは、JICAシニア海外協力隊の協力で、現地の大学で「Suken」を実施したこともありました。

特にJICAについていえば、2名の協力隊経験者が職員として当協会に在籍しています。外国語が話せたり数学の専門性を持っていたりする職員は他にもいますが、両方を備え、かつ現地の教育事情に精通している彼らは、海外事業の展開に欠かせない人材です。今後はアフリカ圏なども視野入れていきたいと思っていますので、今のリソースでは果たせない部分を協力隊経験者に補ってもらえたらという期待は大いにあります。先が見えない状況で、ポジティブなマインドで道を切り開いていけるというのは、協力隊経験者ならではの強みではないでしょうか。

JICAボランティア経験者から

コンテンツプロデュース本部 山口哲さん
(フィリピン/理数科教師/2002年度派遣、マラウイ/理数科教師/2004年度短期派遣、フィリピン/小学校教諭/2005年度短期派遣)

バックパッカーからJICA海外協力隊に
理数科教育の経験が人生を決める

私がJICA海外協力隊を目指したきっかけは、学生時代にバックパッカーでバングラデシュを旅行中、現役の協力隊員に出会ったことです。大学では物理学を専攻しており、休みになるとバックパックひとつでアジアを回っていました。大学院の進学が決まった後も、バングラデシュとインドに向かいました。そこで偶然お世話になったのが協力隊員でした。協力隊という名前は聞いたことがありましたが、彼らの活動を現地で知ることで、このような活動に興味がわきました。そして帰国後すぐに募集要項を取り寄せ応募しました。大学院には進学したのですが協力隊の魅力に惹かれ、結局は半年ほどで辞めてしまいました。

希望だった理数科教師隊員として合格したものの、派遣国がフィリピンと分かった時は少しがっかりしました。フィリピンは日本から近く、ある程度発展しているイメージがありました。しかし希望した場所は、電気も水道もない遠くの土地だったからです。しかし、実際に派遣されるとその考えも変わりました。確かに、生活インフラはある程度整っていましたが、フィリピンの理数科教育に関わっていくと、自分が派遣された理由を理解することが出来たのです。

私の配属先は、各州にいくつかある地域教育事務所のひとつ。日本人は私ひとりでしたが、当時のフィリピンにはSchool Based Training Program(以下、SBTP)というJICAの理数科プロジェクトがあり、そのメンバーの一員としての派遣でした。主な活動は、SBTPの教員向けの研修会で、指導方法などに関して助言することです。私は教員免許を持っておらず、もちろん教員経験もなかったので最初は不安でした。しかし、現地教員による授業を見学すると、内容面での誤りも少なくなかったので、伝えるべきことが多くあることに気がつきました。

自分の意見を伝えるための大きな課題は英語でした。適切に考えを話すことが出来ず、もどかしい思いを何度も経験しました。それが最初の葛藤でした。また、内容面での誤り対しても大した問題ではないように反応されることもありました。今でこそ陽気なフィリピン人気質を理解していますが、当時はそうした様子に呆れ果て、苛立つこともありました。そこで、まずは相手の言っていることを理解し、自分の伝えたいことを適切に表現するため、最初の1年は英語を勉強し、教員と十分なコミュニケーションが図れるよう努力しました。その効果もあり、2年目になってからは活動が充実してきました。そしてもう少しの間、理数科教育のサポートを必要としている国の役に立ちたいと思うようになりました。結局、帰国後も短期隊員としてマラウイと2度目のフィリピン派遣を経験しました。回を重ねるごとに語学や現地への適応などに不安がなくなり、最終的にたどり着いたのが今の仕事ということになります。

フィリピンとマラウイで理数科教師や小学校教諭隊員として活動した山口さん

協力隊では見えなかったこと
現職だからできることとは

現在、フィリピンで「Suken」を実施している機関は2ヶ所。ひとつは私が2度目の派遣で知り合った校長先生の私立学校、もうひとつはその校長先生から繋がった民間の教育事業者です。協力隊時代は公立学校を対象としていたため、いずれも協力隊時代には活動で関わることはありませんでした。私立学校や民間団体と関わることはその国の教育事情を幅広く知る上ではとても貴重です。

今の仕事では、協力隊時代のように大規模なプロジェクトはできませんが、小さな組織だからこそできることがあると感じています。学習の評価指標の1つである「Suken」の理解者やそれを現地で活用する協力者と共に、小規模であってもご縁のあった方の学習サポートに専念することができます。また、JICA普及実証事業で外部人材として参加したように、今後も複数の団体とそれぞれの強みを集めて協力し、何か有益な活動ができると考えています。


今後も国や地域の目的に合った形で「Suken」が数学の学習における1つのツールになるよう努めていきます。

コンテンツプロデュース本部の山口哲さん

※このインタビューは、2022年12月に行われたものです。

PROFILE

公益財団法人 日本数学検定協会
所在地:東京都台東区上野5-1-1
協力隊経験者:2名在籍

HP:https://www.su-gaku.net/
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