山口県立大学学生の感性を揺さぶる
JICA海外協力隊の実体験の強さ

  • グローバル人材の育成・確保

山口県立大学は、「人間性の尊重」「生活者の視点の重視」「地域社会との共生」「国際化への対応」の4つを教育理念として掲げ、学生が地域の課題に取り組み、地域社会からより広い世界を見通す力を磨きながら成長していけるような「地域貢献型」大学を目指している。教職員の中にはJICA海外協力隊の経験者もいるが、彼らは大学にとってどのような存在なのか。また、大学が考える国際化とは何か。学長の田中マキ子さんに話を伺った。

講義やゼミを通して
グローバルな感覚を涵養する

本学は山口県唯一の県立大学として、県の高等教育と人材育成に寄与するとともに、学生や教職員が地域の人々と一緒に地域課題に取り組むなど、地域とともに育つ「地域貢献型」大学です。国際文化学部、社会福祉学部、看護栄養学部の3学部を有し、県民の健康増進や地域文化の進展に資する専門的教育と研究を行い、優れた人材や研究成果を還元して、高い評価が得られるよう目指しています。

看護栄養学部ができた当初は、ネイティブ教員が開講する英語授業もあり、国際看護の看板が魅力で学生さんが集まったりしていました。現在は、JICA海外協力隊の経験をもつ田中和子先生がその看板を引き継いでくれています。田中先生は、海外の大学と共同研究をする際にグローバルなチームを組むなど研究の幅を広げることが出来て、本学の立ち位置を知らしめるためにも貢献してくださっています。学生さんにとって、今は当たり前のように身近にいる教員ですが、卒業して初めて、そういう教員がいたのだと分かることもあるようです。もし卒業後に海外志向が芽生え、協力隊などに興味をもった時には、田中先生に相談してみようと思えるでしょう。学生たちにとって、こういうチャンネルを持っていることは大事だと思います。

以前、私もJICAの仕事でブラジルに行ったことがありました。ブラジルは治安の問題があったので、事前にJICAの安全管理研修を受けたのですが、テロに遭遇した時やピストルを向けられた時、拉致された時などの対処方法を教えていただきました。大変頼もしく感じる反面、果たして無事に帰ってこられるのだろうかと心配になりましたが、現地に行ってしまえばブラジルの人たちはとてもフレンドリーで、そんな危ないことはどこで起こるのかと思うほど。しかし、現地に駐在している人たちは日本の日常とは異なる危機感を持って生活していることを知りました。

私は折々に、そういった話を学生さんにしています。学生さんは目をきらめかせて聞いています。一人ひとりがどう感じるかは分かりませんが、海外でさまざまな経験をされた協力隊出身の教員たちが、自分の講義やゼミを通して、グローバルな感覚やそういう仕事の意味するものを伝えていくこと、涵養に努めていくことが大切だと思うのです。

周りに自分と異なる考え方や価値観を持つ人がたくさんいれば、それが当たり前になり、偏見や思い込みが無くなります。彼らが困っていること、山口県が困っていること、アジアの国が困っていること、それらに対して自分は何が出来るのか、というマインドを育てていかなければなりません。自分のこと、自分の地域、自分の国、という思考では地球全体を知ることは出来ないのです。若い人たちには、機会があれば海外に行って欲しいですね。行ってみないと分からないことがたくさんありますし、若い時の経験は、感性が鋭いからこそ刺さるもの、残るものがあると思うからです。

学長の田中マキ子さん

学生たちの感性を刺激する
大学運営を目指す

本学には、「こういう食材があるけれど、学生さんのアイデアでもっと魅力ある商品にして欲しい」、「過疎化でお祭りが無くなってしまったので、学生の力で復活させて欲しい」など、県内各地からさまざまな要望が上がってきます。

あるモノづくりが盛んな町からは、もっと魅力的な町にしたいので学生たちのアイデアが欲しいと要望がありました。そこで学生たちは、単身赴任の職人さんが多いことにヒントを得て、東京にいる家族を呼び寄せ、この町にはこんな美味しいものがあって、こんな面白いところがあるよと、お父さんの職場をバカンスするという「職場カンス」というプロジェクトを発足させました。これは「大学生観光まちづくりプロジェクト」で入賞しているんですよ。

このように、学生さんが市町村の職員では思いつかないような発想をするため、自治体はとても喜んでいただき、学生さんに触発されて、市町村の住民も熱心になられるし、学生さんの成長にも大いに役立っています。また、本学では入学式や卒業式などの式典は全て学生さんに司会を担当していただいています。皆さん生き生きと取り組んでいくれてます。ほかの大学では職員が担当することでも、本学では学生さんにしていただき、ひとつの経験が本物に近づくよう場をもうけています。

私は感性というものがとても大事だと考えます。感性は非常に抽象的なものですが、「心が動く」「感動する」「刺激を受ける」といった体験が、洞察力、思考力、質問力、分析力など、いろいろな力を集約し、そこへ行きつかないとその先には進めないような感覚になることがあります。人それぞれ感性の響きどころは違いますが、学生さんには感性が磨かれるような大学生活を送って欲しいと願うばかりです。そこで私は、学生さんの感性を揺さぶるような材料をたくさん持っている大学にしたいとの思いから、「感性を磨いて、地域を拓く大学」というスローガンを掲げました。

それを実現するために、教職員のみなさんと、さまざまな機会を通じて出来るだけコミュニケーションを取るようにしています。要望や質問、疑問など教職員が投げかけることは常に意識していますね。そうやって、みんなで作っていく、みんなが主役になるような大学運営を目指しています。

JICAボランティア経験者から

看護栄養学部看護学科准教授 田中和子さん
(ラオス/助産師/2008年度派遣)

ラオスで学んだ人間関係の大切さ
自分を気にしてくれている存在がいることの気づき

看護学校を卒業し、助産師として病院勤務をしていく中で、少し行き詰まりを感じた時期がありました。一度仕事を離れ、インドネシアに長期滞在しながら現地の子育ての様子を観察しているうちに向学心が芽生え、大学院に進学することを決意。国際看護学を学び、インドネシアのバリ島に暮らす、現地の人と結婚した日本人の子育て状況を研究し、論文にまとめました。当時バリ島では、乳幼児はおむつをせず布を1枚挟んだだけで、母親に抱きかかえられていました。母親の衣服はすぐに濡れてしまうのですが、トロピカルな気候もあり、あまり気にしていない様子が面白かったですね。また、バリ島には地域で子育てをするという文化があって、日本のように家族だけ、夫婦だけではなく、コミュニティで子どもを育てる人々にとても共感しました。

国際看護学を学んだことと、同じ大学院に助産師としてJICA海外協力隊に参加した友人がいたことがきっかけで、協力隊参加を決めました。

派遣先のラオスでは、「地域母子保健改善プロジェクト」の2代目隊員として、首都ビエンチャンにある病院にて、妊婦健診や予防接種などを行いながら、村落を時々巡回して母子保健指導を行いました。当時のラオスでは母子保健指導があまり行き届いておらず、出産は病気でないため、病院ではなく村で産むという風習がありました。無資格の伝統的産婆さんが自宅分娩を介助し、妊婦や胎児に何か異常があっても対応しきれず、それが妊産婦や新生児の死亡率の高さにつながっていたのです。

私は村落巡回で、村の分娩の様子や母子の健康状態、生活環境などを把握し、ヘルスセンター職員と協力して妊婦健診や予防接種の大切さを伝え、母子保健の改善に力を入れたいと考えていました。

しかし、最初の1年はなかなか上手くいきませんでした。計画通りに村落巡回に行けないことが多く、非常にフラストレーションを溜めてしまい、スタッフと衝突することもありました。今思えば、村落巡回は現地のニーズというよりも、自分がやりたい、やらなければならないと思い込んでいた活動で、それが出来ずにイライラしていたのです。

そんな私を救ってくれたのは、一番近くで活動を支えてくれた同僚でした。彼女は私を食事に誘ってくれて、活動以外のところで一緒に過ごすうちに、心を許し合える友人になりました。すると、ほかのスタッフとも上手くコミュニケーションが取れるようになったのです。協力隊活動は、本来現地の人々と同じ目線に立って考えなければなりません。私はその部分を見失っていて、活動が上手くいかなかったのは、自分自身に問題があったことに気づきました。それからは、職場はもちろん、大家さんや近所の人たちとの人間関係も大切にするようになりました。自分がこうして安全に暮らせているのは、常に自分を気にしてくれる存在がいるからだと気づき、本当にありがたい気持ちになりました。ラオスでは学ぶことの方が多く、何もお返しができないまま帰国したという思いでいます。

ラオスで助産師隊員として活動した田中さん

偏見のない看護職者に
育ってほしい

帰国後は出身地の山口県に戻り、本学の看護栄養学部で母性看護学と国際看護論を教えています。国際看護論では、ラオスでの活動事例の紹介や自分が現地で感じたこと、考えたことなど、活動の失敗談も含めて学生たちに話します。誰かの話ではなく、自分が見聞きし、体験したことを話すことで、学生たちに何か伝わるものがあるのではないかと思うからです。

学生さんたちには、どこで仕事をするにしても国籍や人種、宗教などにとらわれない看護職者になって欲しいです。偏見を持たず、相手を尊重する気持ちを持って仕事をして欲しい。将来、海外でのボランティア活動を目指す学生さんもいますので、彼らの背中を少しでも押してあげられるように、出来るだけ分かり易く、自分の体験したことを伝えたいと思っています。

私は、JICA海外協力隊に参加して人生が変わりました。ラオスに行くまでは、日本にいる外国人に対してさほど気にかけていませんでしたが、海外での生活経験を持つ今は、とても親しみを感じます。私自身も偏見を持たず、一人の人間として、人間同士の関わりが持てるようになりたいと思います。

現在、日本で妊娠、出産を経験した在留外国人女性を対象にした研究を始めています。日本の母子保健指標はとても優秀ですが、そんな日本での妊娠、出産はどうだったのか。医療従事者の対応は良かったか、妊婦健は受診しにくい状況ではなかったかなど、インタビューを通じて明らかにしていきます。

私がつたないラオス語で妊婦健診をしていた頃、それでも毎回来てくれる人たちがいました。言葉が多少通じなくても、自分のことを本気で思ってくれる人かどうかは分かります。温かい会話ができるか、相手の気持ちを感じられるかどうか、そんなヒューマニティな部分が実は一番大事なのではないでしょうか。近年は、海外からの技能実習生もたくさん来ています。日本のために働いてくれていることへの感謝の気持ちをはじめ、受け入れ側としておもてなしの気持ちが大事です。「和を以て貴しとなす」でやっていきたいですね。

看護栄養学部看護学科准教授の田中和子さん

※このインタビューは、2022年12月に行われたものです。

PROFILE

山口県立大学
所在地:山口県山口市桜畠3-2-1
協力隊経験者:1名在籍

HP:https://www.yamaguchi-pu.ac.jp/

 
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