三枝 大地(さえぐさ だいち)さん 青年海外協力隊 バレーボール 派遣国:チリ 派遣期間:2005年4月〜2007年4月

※派遣名称は派遣当時のものです。

ホームは地球。監督として、ひとりの人間として胸を張れる。
それはニジェールやチリで協力隊としての経験があったから

2020.07

「自分を受け入れてもらうために、相手のことを理解する」。
協力隊として身をもって学んだチリでの経験。

教会のバリアフリー化を記念して行われた会にて

中学校のころからバレーボールをはじめ、大学で強豪校の選手としてプレーし、マネージャーとして日本一を経験するまで、学生時代はバレーボールに青春を捧げていました。そこでバレーはやりきったと思えたため、運送会社に就職。ところが仕事を覚え始めた1年目の夏、突然大学の同期から連絡がありました。「アフリカのニジェール共和国で2週間、青年海外協力隊をサポートする人を探しているんだけど、どう?」と。それまで海外に行ったことはなかったのですが、その言葉にワクワクし、参加を決めました。

ニジェール共和国は国に1つしか体育館がなく、バレーをしようにもネットが支柱にかかっているだけ。それでも子どもたちの目が輝いていたことをずっと覚えていて、日本の仕事に戻っても「もう一回海外でバレーを教えたい」という気持ちは消えませんでした。

2005年の春、会社を辞め、青年海外協力隊として向かったのは南米チリ。アウストラル大学でバレー部の監督として指導しながら、バレー普及のためにクラブチームを作ったり、バレー協会設立をしたりと、バレー三昧の日々でした。

苦労したのは文化の違い。唾を吐いて滑り止めにしたり、時間を守らなかったりと自分の持っていた常識が何度も壊され、驚きと共に、心が折れそうになりました。しかし、自分の思いをしっかり伝え、相手の思いをちゃんと聞くことを大事にしようと、現地の言葉であるチレニスモ(チリ訛りのスペイン語)を覚え、コミュニケーションを心がけました。

「郷に入りては郷に従え」という言葉の通り、そこから一気に言葉の壁がなくなり、コミュニケーションの質が上がったことを覚えています。自分を受け入れてもらうためには、相手のことを理解しなければならないということを身をもって学んだ2年間でした。

帰国後はU-18女子バレー日本代表監督に。
今ではどの国へ行っても「ホームは地球」と胸を張れる。

任期終了後はスポーツインストラクターとしてトレーニングジムに勤務し、2010年から現在まで、JOC(日本オリンピック委員会)バレーボール専任コーチングディレクターとして「味の素ナショナルトレーニングセンター」にて勤務しています。トップレベル競技者の国際競技力の向上を図る施設のため、コーチとして指導しつつ、代表チームの宿泊の調整業務などをしています。また、日本バレーボール協会でU-18女子バレーボール日本代表チームの監督として、選手指導をしたり、海外での試合への引率を行ったりしています。

日本代表監督として生きているのは、やはり青年海外協力隊の経験です。世界の様々な場所で大会に参戦する上で、物事を受け入れる力やコミュニケーション能力、ネットワークの築き方、そして選手の能力を引き出すバレーボール指導力はニジェールやチリで培ったものがあるからだと胸を張っていえます。今では「自分のホームは地球」といえるほど、どの国に行っても仲間ができますし、対戦相手だったとしても”世界のバレーをやっている仲間”だと思えるようになりました。選手たちに想定外のことが起きた場合でも、動揺することなく「この想定外を感じられるってありがたい経験だよ」と指導することができています。

バレーボールを通じて、成長し続けることの大切さを伝えていきたい

区民の相談にのる門脇さん

今、代表監督として、ひとりの大人として意識していることは、「学んできた経験をどう次のステップに生かしていくのか」ということ。どんなに現役で活躍して、世界一になった選手にも、必ず引退は訪れ、人生は続いていきます。そのときに自分の力で考え、成長していけるような選手を育成していかなければいけません。バレーが人生の頂点ではなく、バレーでの学びを糧に、さらに飛躍していける選手を育てていきたいと考えています。

オリンピックは東京からパリ、ロサンゼルスと、その後も続いていきます。東京オリンピックを経験した選手が将来は指導者になっているかもしれません。私が指導者としてできるのは、ゴールが東京ではなく、スタートラインだという想いが世界中に伝わるようなバレーボールを見せていくことだと思っています。

JICA海外協力隊で得たもの

人とつながることの大切さ

チリではとにかく人との出会いに恵まれ、周りの方に支えていただきました。それは自分の殻を破ってコミュニケーションすることで、周りが受け入れてくれたから。そして、そのつながりは帰国した今でも続いています。また、私がバレーの試合で海外へ行ったときも、青年海外協力隊の経験があったからこそ、自然と仲間ができ、「ホームは地球だ」と感じるようになりました。人とつながりの大切さを強く学んだ2年間でした。

これからJICA海外協力隊を目指すみなさんへのメッセージ

これを見ている人の中には、JICA海外協力隊に挑戦したいけど、日本を出ることに不安がある人もいるかもしれません。ただ、変化することは成長することだということを覚えていてください。チャレンジは必ずプラスになります。JICA海外協力隊は未知の世界だからこそ感じられることがあり、学びがあります。ですから、不安を恐れずに、一歩前に進む挑戦をしてみてください。

※インタビューは2020年2月に実施しました。

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