株式会社エルトラック子どもたちの成長の場を
海外に広げた協力隊OB

  • グローバル人材の育成・確保
  • 開発途上国への物品提供

バスケットボールの家庭教師――。今でこそ体育の家庭教師は珍しくなくなったが、鈴木良和さんがバスケットボールに特化したこの事業を個人事業として始めた2002年当時は手探りの状態だった。その事業を初期から支えてきたアルバイト指導員の水野慎士さんが、青年海外協力隊に参加することに。鈴木代表は快く送り出し、「世界の笑顔のために」プログラムを通じて彼が活動する地域の人たちを支援。たくましく、かつおおらかになって日本に帰ってきた彼は今、エルトラックの社員となり、海外事業を立ち上げるなど活躍している。同社代表取締役の鈴木さんに、水野さんを送り出したときの心境やJICAボランティア事業とのかかわり、水野さんが帰国後に開始した海外事業などについて話を聞きました。

創業当時からの指導員を協力隊に送り出す

私たちの会社は、スポーツを通じて子どもが成長できる環境づくりのサポートをしています。具体的には、バスケットボールのスクール、出張指導、単発の講習会であるクリニック、合宿形式のキャンプなどを実施しています。また、指導員(注:エルトラックでは同社の事業にかかわる指導者を「指導員」と呼んでいる)が50人ほどいるのですが、バスケットボール業界の指導者を育成するのも当社の事業の大きな柱の一つです。

  2002年に個人事業としてバスケットボールの家庭教師を始め、生徒募集のホームページを立ち上げたところ、しばらくして児童館から依頼がありました。その後依頼も増え、大学の2年後輩だった水野さんにもアルバイトとして手伝ってもらうようになりました。

  バスケットボールの指導者として子どもに教えたいという中学校のころの夢と、多くの指導者を育てその指導者を通してより多くの子どもにバスケットボールを教えたいという大学時代の夢、期せずしてその両方を実現する事業に出会えた私は、大学院卒業を前に、この事業に本格的に取り組むことを決意しました。そして大学卒業を控えていた水野さんにも手伝ってほしいと頼んだのが2004年のことです。

  それから2年ほどして彼は、青年海外協力隊員としてアフリカのジンバブエに赴任することになりました。2004年には8人だった指導員は20人ほどにまで増えてはいましたが、半分以上は学生指導員です。重要な戦力である水野さんが抜けることは大きなダメージでしたが、協力隊にいくのを止めたとして、それが本人にとってよいことなのか――。私自身、限りある人生の時間をどう使うかが大事だと思っているので、彼の決心を尊重し、止めることも帰国後の約束をすることもせず、送り出しました。

代表取締役
鈴木 良和さん

「世界の笑顔のために」で活動を支援

水野さんがジンバブエで頑張っている間、こちらも2007年に個人事業から株式会社化しました。彼とは時々メールのやり取りをし、現地が日本に比べて恵まれないスポーツ環境であることは聞いていました。だからJICAの「世界の笑顔のために」プログラム(※)を通して、バスケットボールなどのスポーツ用品を現地の人たちのために寄贈してほしいという彼の話を聞いたときは、力になりたいと思ったのです。

  そこで、私と水野さんの母校の後輩たちにプロジェクトチームを作ってもらい、集まったボールなどの一時保管も母校の倉庫を利用させてもらいました。私たちの指導を受けている子どもたちや保護者も協力してくれ、最終的にバスケットボール426個、サッカーボール36個、バレーボール40個などを贈ることができました。

  2015年にも「世界の笑顔のために」プログラムを通じて、バングラデシュにバスケットボールを3個ほど送りました。このプログラムのことを保護者の方たちにお知らせしたところ、私たちにバスケットボールを提供してくれただけでなく、個人的にリコーダーなどを贈ってくださったりもしているようです。

「世界の笑顔のために」プログラムを通じてエルトラックから送られたバスケットボールを手にするセンガ・プライマリースクール(ジンバブエ・グエル市内)の子どもたち

海外に広がった子どもたちの成長の場

2008年にジンバブエから帰国した水野さんは、正式に当社の社員となりました。送り出す時点では、2年後また一緒に仕事をしてくれるかどうかも分からない状態でしたが、今では彼が協力隊に参加したこと、そして協力隊経験を持つ彼を当社に迎え入れられたことをよかったと思っています。

  協力隊で身に付けた英語力と、海外の人たちとのコミュニケーション力。海外事業は水野さんがいたからこそ挑戦できたことです。協力隊経験で彼自身が成長したのはもちろん、当社も事業の幅が広がりました。

  現在、海外事業として取り組んでいるのは「海外コーチ招聘」、バスケ強豪国への指導者向けの「コーチングツアー」、日本各地で埋もれている将来有望な選手を発掘し、海外挑戦の機会を提供する「オールスターキャンプ」などです。水野さんはこれらの事業の段取りから通訳まで一人でやってくれています。2014年は海外コーチを招いた講習会を2度実施したほか、コーチングツアーなどでヨーロッパを中心に4回ほど海外を訪問しています。

  また水野さんが担当している海外事業部では、彼がジンバブエにいたときにかかわりを持っていたNPO法人HOOPS4HOPE(フープス・フォー・ホープ)の支援も行っています。この団体は、ジンバブエと南アフリカで、学校や地域と協力しながら、貧困や犯罪、エイズなどのさまざまな困難に直面している子どもたちに、バスケットボールを通してライフスキル(生きるために必要な能力)を伝える活動を行なっています。当社は日本国内の講習会の一部をチャリティクリニックとして実施し、必要経費を除いた参加費をすべて寄付しています。そのお金でHOOPS4HOPEが拠点としているコミュニティーの屋外コートとリングを修繕したのですが、まだ修繕が必要なコートはたくさんあるので、今後ともチャリティクリニックは続けていきたいと考えています。

ジンバブエ全国選抜学生選手権大会(ZTISU GAMES)の決勝でチームを指揮する水野さん(2007年当時)

指導員に求められる人間力

私たちは子どものスポーツの専門家として、果たすべき三つのミッションを掲げています。その一つ目は「より多くの子どもたちになりうる最高の自分を目指す環境を提供する」で、二つ目は「チームスポーツだからこそできることで教育に貢献する」です。水野さんのおかげで、そのミッションの場が世界に広がりました。三つ目のミッションは「世界で最もビジョナリーなコーチチームを作る」です。ビジョナリーとは、理念を掲げて変化に挑み、長期間にわたって優良であり続けるということです。

  私たちは一番の選手を作るのではなく、たくさんの子どもたちに影響を与えることを目指しています。そして単にバスケットボールの技術向上だけでなく、メンタルやチームスポーツを通して学べるさまざまなことを大事にし、それぞれの子が「最高の自分に近づくための努力」をサポートするのがわれわれの役割だと考えています。子どもたちに最高の自分に近づくための努力を求める以上、その子どもに接する指導員自身も、情熱を持ち、常に努力し続けることが必要です。競技者としてどんなに優れた成績を残せたかなどではなく、情熱と勤勉、そして環境や個性の異なる子どもたちや保護者とのコミュニケーション力、それが大事です。そんな指導員に子どもたちは影響を受け、成長していきます。

  実は私たちの指導員の一人が、協力隊に参加することが決まっています。彼は子どものころエルトラックで水野さんの指導を受け、エルトラックの指導員となってからも水野さんのアシスタントを務めていました。きっと水野さんの影響を受けたのだと思います。青年海外協力隊を経験した水野さんは、この会社、そして子どもたちに大きな夢を与えてくれる存在になっています。

※「世界の笑顔のために」プログラム
開発途上国で必要とされている教育、福祉、スポーツ、文化などの関連物品について、ご提供くださる方々を日本国内で募集し、JICAが派遣中のボランティアを通じて世界各地へ届けるプログラム。

PROFILE

株式会社エルトラック
設立:2007年4月(法人設立)
本社所在地:千葉市中央区弁天1-17-3 ApertoCHIBA 104
事業内容:バスケットボールの家庭教師
HP:http://www.basketballtutor.com/
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