富士ゼロックス株式会社「CSRは経営そのものである」との考えで、事業展開と社会貢献を目指す

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"お客様のベストパートナー"へ

1962年の創業以来、富士ゼロックス株式会社は、時代のニーズをいち早くキャッチしながら大きな成長を遂げてきた。このことは、同社のコーポレートロゴの変遷にも表れ、各ロゴに込められた同社のメッセージから、その時代の風潮をも窺い知ることができる。2008年には13年ぶりにコーポレートロゴを一新し、お客様の経営課題を解決するパートナーとして、グローバルにビジネスをサポートしていくことを宣言した。

 ちょうどその頃、遠いガーナの空の下、まさしく「グローバル」な感覚を養いながら、現地の人々が抱える課題を解決すべく多様な活動を展開させていたのが、同社から協力隊に参加した山口真司さん(平成19年度派遣/ガーナ/コンピューター技術)。現地での体験をお話しいただくと共に、同社のCSR部・滝川潔さんにも社としての考えをうかがった。

「国際協力への思い」を叶えたソーシャルサービス制度

「いつの日か協力隊に参加したい」、その思いを叶えてくれた制度に感謝ですと話す山口さん。

もともと、未知なるものへの好奇心が旺盛だった。大学生になると、それは自然と異国への興味となり、海外を旅する動機となった。そうして訪れたモロッコでの出来事。トラブルに巻き込まれそうになった山口さんを助けてくれたのは、現地の人だった。感謝の気持ちを伝えると、その人は笑顔で言った。「以前、協力隊で来ていた日本人に色々と助けてもらった。だから、困っている日本人を見過ごせなかった」。これが、山口さんと協力隊との出会いだ。名前も顔も知らない一人の協力隊員による活動の足跡が、現地の人の心の中で生きていることに感動した。旅行という枠の中では体験できないことが多くあることに気づかされた瞬間でもあった。

 その後、山口さんは大学を休学する覚悟で協力隊へ応募。「当時は学生で、何の技術もないまま、熱い思いだけで応募してしまったからでしょうか、合格できませんでした」と、山口さんは笑う。しかし、それを機に「いつの日か、しっかり技術を身につけた上で、協力隊に再応募しよう」という新たな目標が定まる。そうした思いを抱える中で決まった就職先が同社だった。入社説明会で、社会奉仕活動をサポートする『ソーシャルサービス制度』の存在を知った山口さんは、「『いつの日か』に向かって、大きな1歩を踏み出せたような気持ちになった」と当時を振り返る。

 本制度は、社員一人ひとりを尊重するという考えのもと、社員の多様な働き方をサポートするために1990年に定められた。青年海外協力隊への参加のみならず、社会奉仕活動を希望する社員に対し、3ヵ月から最長2年の範囲でボランティア休職を認めるもので、休職期間中は給料・賞与相当額が援助金として支給される。これまでに45名の社員が同制度を利用。そのうち、山口さんを含め12名が協力隊参加者だ。こうした実績を知った山口さんは次のように話す。「ウェブサイトで謳っている以上に、この会社は『人』を大事にし、社会還元に本気なのだと思いました」。

富士ゼロックスの「よい会社構想」

同社は1992年に「よい会社構想」を発表した。1)顧客満足度の高い卓越した商品・サービスを提供し、株主にも継続的に報いることができる「強い」会社。2)環境、倫理、社会貢献など、地球や社会に対して「やさしい」会社。3)従業員が成長を実感し、仕事や人生を「おもしろい」と感じる会社。この「強い」「やさしい」「おもしろい」の3つをバランスよく兼ね備えた会社を目指している。そして、社員の社会貢献への意欲を尊重し、多様な働き方を支援することもまた、社員が最大限に能力を発揮し、それがお客様への価値提供につながるという考えだ。同社には、このように個人を尊重する風土が以前からある。

 山口さんが協力隊に再応募をしたのは、システムエンジニアとしてある程度の経験と技術が身についた入社3年目のこと。念願かなって合格をつかんだ山口さんは、まず直属の上司に自らの意思を伝えた。「申し出に際しての不安や緊張はありませんでした」と山口さんは笑う。同社から既に11名の協力隊参加者がいたことはもちろんのこと、一人ひとりの意思を最大限に尊重する同社の社風を山口さんは自身の肌で感じ取っていたからだ。山口さんの申し出を聞いた当時の上司は驚きつつも、その場で「分かった。行って来い」との返事をくれたという。

「一生懸命」な姿が周囲を動かす

山口さんが赴任したガーナの公立高校。教師を対象にしたPC教室でのひとコマ。

山口さんが派遣された先はガーナの公立高校。コンピューター技術の指導員として、パソコンの授業を担当した。山口さんが派遣された当初、高校には20台のパソコンがあったが、それらすべてから大量のウイルスが検出された。また、1クラス40~50名の生徒がいるため、授業中にパソコンの画面を眺めているだけの生徒が半数以上いるような状況だった。「パソコンは、実際に触ってみないと興味も持てないし、必要なことも覚えられない」、そう強く思った山口さんは、ガーナ国内にコンピューターの教育支援を行うNGOを設立し、日本の任意団体からパソコンを寄贈してもらう道筋をつけた。山口さんは、自身の離任後も視野に入れ、NGOの運営はガーナ人スタッフを主体とした。また、日本に全てを頼ってしまわぬよう、寄贈されたパソコンの送料はガーナの高校が負担するような仕組みとした。「こうすることで、より『自分たちのパソコンなんだ』という気持ちが強くなり、ひいてはパソコンを大事にする気持ちにもつながった」と山口さんは話す。

 山口さんの派遣前までは、パソコンの操作説明も黒板を使って行われていたが、より視覚的に分かりやすい授業にしたいとの考えからプロジェクターを導入。これにはJICAの支援経費が充てられた。授業を進めるにあたっての環境が整うにつれて、生徒たちのやる気も増していった。授業後や週末に進んで復習をする生徒や、個人的にもっと教えて欲しいと願い出る生徒も出てきた。しかし、その一方で、同僚の先生たちとの距離感がなかなか埋まらずに悩むこともあった。「現地の先生たちから見れば、『突然やってきた日本人の言うことなんて聞きたくない』という感じだったのだと思います。彼らにもプライドがありますからね。だから、とにかく自分は自分にできることを一生懸命やるだけでした」と山口さん。授業を通して生徒たちにパソコンに関する知識や技術を伝える一方で、電子メールによって日本の高校生と交流するプログラムを実施した。また、他の協力隊員の力も借りて、教師を対象にしたパソコン教室も行った。また、学校にインターネット環境を構築し、週末にはネットカフェとしてPC教室を開放した。運営には生徒たちが積極的に携わった。そんな山口さんの一生懸命な姿に、同僚の先生たちもいつしか感化されていった。「ある日、パソコン教室のドアを開けたら、現地の先生が他の先生たちに向けてパソコンの授業をしていたんです。この光景を見たときは本当に嬉しかったですね」と山口さんは話す。

1人の人間が及ぼす影響力は計り知れない

2009年6月に帰国してまもなく、山口さんは同社のプロダクションサービス営業本部・マーケティング部に復職。「今は、協力隊への参加を快諾してくれた会社に恩返しをしたいという一心で仕事をしています」と話す山口さんは、仕事に最善を尽くすことは当然のこととして、仕事以外の部分にも精力的に取り組んでいる。「協力隊に参加するまでの自分にとっては、『ボランティア=誰かがやるもの』だったのですが、今は、ボランティアとして挑戦したいことがたくさんあります」。

 山口さんのような志を持った社員を支える仕組みが、同社に設置されている「端数倶楽部」だ。これは、社員や退職者によって構成され、自発的、自主的に運営されているボランティア団体で、全社員の約4割にあたる3,900名ほどが会員になっている(2010年6月現在)。会費は、毎月の給料と年に2回の賞与における100円未満の端数と個人の自由意志による寄附金(100円~9,900円)の合計額を、給与天引きにより拠出するという仕組みだ。また、会社からは、集まった寄附金と同じ額が拠出される。現在、同倶楽部には56名の運営委員がいるが、山口さんもその1人になっている。1991年に始まった同倶楽部によるこれまでの累計寄付額は2億円を超えている。

 その端数倶楽部の事務局長であると同時に、CSR部環境・社会貢献推進グループのマネジャーも務める滝川潔さんは、次のように話す。「山口さんのようなボランティア経験者が運営委員としてメッセージを発信してくれるととても説得力があります。ましてや海外で自己実現をしてきているわけですから、非常に頼りになります。山口さん以外の社員でも、社会貢献に尽力している社員を知っていますが、やはり社会貢献にエネルギーを注げる人間というのは、仕事にも人一倍のエネルギーを注げる人が多いように感じます。そして、こうした社会的意識の高い社員が、仕事の現場で放つポジティブなエネルギーは、周囲にそして会社にもポジティブな影響を及ぼすと私は信じています」。

 「端数倶楽部では、会員が必要だと考える『社会福祉』、『文化・教育』、『自然環境保護』、『国際支援』の4分野で、寄付金を有効に役立てています。しかし企業としては、当然事業活動/経営活動のことも考えなくてはなりません。したがって、社会貢献活動と事業活動が車の両輪のような関係であるのが理想ではないでしょうか。これまでの私たち端数倶楽部の具体的な活動は、たとえば障害のある人々の芸術活動を支援したり、中国やフィリンピンで植林活動を行っている団体に寄付をしたり、カンボジアに小学校を建てている団体をサポートするなど、どちらかというと集まったお金を寄付したりボランティア体験をするという形がメインのものでした。でも今後は、会社としてさらに現地に協力隊員を送り込んでいるJICAさんや、すでに現地を熟知している山口さんのような社員とも連携をとりながら、より直接的で継続的な支援の方法も考えていきたいと思います。国内外には経済、教育、人権など、一見私たちの事業とは直接的にはつながらない社会課題がたくさんあります。そうした課題に対して、事業あるいは社会貢献という枠組みにとらわれることなく、より広い視野で、まずはできるところから取り組んでいきたいと思います」。

 山口さんがガーナで出会った人の数だけ、「困っている日本人を見過ごすことのできないガーナ人」がいることだろう。そして、同社の端数倶楽部のサポートを受けた人の数だけ、「困っている誰かを見過ごすことができない」人が数多くいることだろう。こうした「人を思いやる心」が国境をも越えて連鎖していくことが、国際協力の真髄であり、ボランティア活動の意義なのではないだろうか。

協力隊経験者のような社会的意識の高い社員は、会社にも好影響を及ぼすと語る滝川さん。

PROFILE

富士ゼロックス株式会社
富士ゼロックスは富士写真フイルムと英国ランク・ゼロックス(現ゼロックス・リミテッド)との合弁により1962年に設立しました。業界で初めて普通紙のコピー機「914」を発売し、当時は「複写」という新しいコミュニケーション手段でオフィスに革命をもたらしたといわれました。その後も複合化、デジタル化、カラー化、ネットワーク化と、時代の新しい技術を取り込んでコミュニケーションを飛躍的に進化させ、「ドキュメント」のプロとしてお客様の業務課題、経営課題を解決し、ビジネスを支えるソリューション、サービスを提供し続けています。

2008年から経営方針のスローガンとして「Go to Customers」を掲げ、すべての従業員がお客様に向かい、お客様を知り、課題を発見し、解決の支援に取り組む活動を徹底するため、さまざまな変革に取り組んでいます。「CSRは経営そのものである」という考え方のもとに、お客様の期待に応え、新しい価値を提供し続けるサステナブルな事業を実現し、社会の発展へ貢献することを目指しています。
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