北海道北見市立東相内小学校協力隊経験を子どもたちの「生きる力」
につなげる

  • グローバル人材の育成・確保
  • 研究・教育プログラムの強化

北見市立東相内小学校

北海道東部に位置する人口13万人の都市、北見市。JR北見駅から西へ約8kmの場所に、教職員13名、全児童数176名の東相内(ひがしあいのない)小学校はある。同校の歴史は古く、開校は大正6年(1917年)にまでさかのぼる。現在の安藤信校長は、同校26代目の校長だ。現在の校舎は昭和62年の移設時に新しく建てられたもので、明るく広々とした空間からは、あと5年で100周年を迎えるとは想像できない。

 同校では、児童たちを「ひしょっ子」(「東相内小学校の子ども」の略)と呼ぶ。各学年に1クラスずつという「ひしょっ子」の間には、学年が違うことによる心理的な隔たりなどはなく、児童たちは開放感あふれる雰囲気のなかで、伸び伸びと学んでいる。そんな「ひしょっ子」に、さらなる元気と笑顔をもたらしているのが、同校の教諭で、元協力隊員の田川満男さん(平成19年度派遣/ガーナ/小学校教諭)だ。任国ガーナでの活動や、自身の協力隊経験を生かしたユニークな授業についてお話しいただいた。

開発途上国の子どもたちの笑顔に魅せられて

民間企業に勤務していた田川さんが、かねてからの夢を叶えるべく通信教育で教員免許を取得し、教員となったのは1994年のこと。充実した教員生活は瞬く間に過ぎ、教員となり14年目を迎えた年、田川さんに転機が訪れる。JICAが教員を対象に実施している教師海外研修 に参加したのだ。研修先はベトナム。それまでも諸外国を訪れた経験はあったが、先進国ばかりだった。田川さんにとって初めての途上国となったベトナムで、田川さんは出会った小学生たちの生き生きとした笑顔に感動したという。「日本の小学生に比べ、物質的には決して恵まれていないはずなのに、日本の子どもたちよりも遥かに生き生きとしていました。こうした子どもたちに指導をすることで、教員として得るものがきっとあると思いました」と田川さんは当時のことを話す。2週間にわたるベトナムでの研修から日本へ帰国した田川さんは、自身が現地の教育現場に身を投じ、長期にわたる経験が可能な協力隊への参加を決意。当時の校長に、文部科学省も積極的に推進する「現職教員特別参加制度」の利用希望を申し出た。

 本制度は、現職の身分を保持したまま青年海外協力隊に参加できるというもので、毎年春に募集される。4月からの新学期のサイクルに合わせた65日間の派遣前訓練および1年9ヶ月の派遣となり、翌々年の4月に復職できることが特徴だ。なかでも北海道は、先導的に本制度を利用してきた都道府県の一つであり、これまで道内から計82名の教員が協力隊員として海外へ派遣されている。こうした背景も手伝って、2008年6月、田川さんは当時の校長や同僚からの「がんばってこい」との言葉とともにガーナへ派遣された。

「復職後、開発途上国での実体験を子どもたちに伝え、共に考え、意見しあう。これは『教員』として協力隊に参加できることの大きな魅力です」と田川さん。

実体験は子どもたちの心に響く

北見市教育委員会の渡部眞一学校教育部長は、現職教員による協力隊への参加について次のように話す。「せっかく制度が整備されているのですから、私たちとしては、希望者を全面的に支援します。現地でのさまざまな経験は、本人の財産になるばかりではなく、その先生に学ぶ子どもたちの財産でもあり、ひいては教育界全体の財産であるとも言えます。たとえば、開発途上国が抱える課題を、先生自身の実体験に基づいて、子どもたちに伝えることができる、これは素晴らしいことです。教科書を通して理解するよりも、『ぼくの(わたしの)先生が見たこと、体験したこと』を通して理解するほうが、より深いところで受け止められるためです。また、現地では、言葉や文化の違いによる苦労も多いことでしょう。でも、苦労することで鍛えられる部分があるのも事実です。現地で人間関係を築いていく力ひとつをとってみても、それは、多かれ少なかれ保護者対応や教員同士の人間関係を構築する力につながっているのではないでしょうか」。

 平成23年度より完全実施となる、文部科学省が定めている新学習指導要領では、「外国語を通じて、言語や文化について体験的に理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、外国語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら、コミュニケーション能力の素地を養う」(文部科学省ウェブサイトより抜粋)ことを目的とし、小学校5、6年生を対象に「外国語活動」の時間が、年間で35時間ずつ設けられる。渡部学校教育部長は、こうしたことからも、田川先生のような実体験を踏まえての授業を実施できる教員が増えることは、望ましいと考えている。当然のことながら、1人の教員が2年近くにわたり不在となることは、危惧する部分もあるという。しかしながら、渡部学校教育部長は「これも考え方だと思います。1人の教員の不在をマイナスと捉えて嘆くのか、それとも、その不在のために訪れた新たな教員との出会いをプラスと捉えるか。別れも、出会いも、子どもたちにとっては学びです。それに、志を持って、協力隊に参加するという教師の情熱は、子どもたちにも周囲の先生にも伝わり、理解されやすいのかもしれません」と話す。

「協力隊を経験した先生方には、自身の生きた経験を通して、言語のみならず国際的な知識や文化も子どもたちに伝えていただきたいですね」と話す渡部教育部長。

開発途上国で見つけた日本の子どもたちに伝えたいもの

田川さんが派遣された先は、ガーナ南部のヴォルタ州、アカチ郡。現地での田川さんの主な活動は、郡内にある100校の小学校を同僚と手分けし、バイクで巡回しながら理科と算数の授業を実施することだった。原則として、授業は英語で実施。任期の1年9ヶ月の間に2巡することができた。「現地での授業で意識したことは、教えるべき内容を可能な限り『見せる授業』にしたことです。特に理科の授業では、身近にあるものを使ってできる実験を取り入れました。現地では、実験を実際にやって見せる先生がほとんどいないため、現地の子どもたちは、実験をやって見せるだけで目を輝かせます。たとえば、空気は温められると上にあがることを証明するために、ビニール袋とロウソクを使って、小さな気球を作ったことがありました。『なぜ?』という好奇心が、『もっと知りたい、学びたい』という探究心に変わる。そんな子どもたちの表情を間近で見ることが、自分のやり甲斐にもつながっていました」と田川さんは話す。また、自身の離任後も、同様の授業を実施できる教員を育てるために、実験器具等の作り方を教える講習会も実施した。

 一方で、現地の子どもたちから学ぶことも多かった。「ベトナムでもそうでしたが、途上国の子どもたちは家の手伝いを一生懸命にします。ガーナでは、私でさえ足元がふらついてしまうほどの重い水がめを、子どもたちが運んでいました。でも、学校へ来て不満を口にすることなどない。疲れていても目をキラキラさせて授業に臨む。休み時間になれば楽しめることを見つけ出して笑顔を見せる。私が学校へ到着すると、走ってきて荷物を持ってくれる。こうした途上国の子どもたちが持つ『たくましさ』や『楽しみを見つける力』、あるいは『他人を思いやる気持ち』などを、日本の子どもたちにも伝え、『生きる力』にしてもらいたいと強く思いました」と田川さん。

 また、協力隊に参加する以前の自分に比べ、教育における視野が広がったと田川さんは話す。子どもたち一人ひとりの個性を尊重し、少しずつでも成長していけるよう指導することが重要だと再認識するようになったそうだ。田川さんは、青少年育成のために地域活動として実施している剣道の指導を例えにあげ、「以前は『勝つために』との思いで指導していましたが、協力隊に参加してからは、『子どもたち自身の成長のために』と思いながら指導するようになりました」と話す。ほかにも、理科や数学の指導力がついたこと、工夫する力がついたこと、さまざまな価値観を持った人々と出会い刺激を受けたことなど、ガーナでの活動を通して田川さんが得たものは大きい。

ガーナでの授業の様子。「現地の子どもたちは『学びたい』という気持ちが強く、学ぶこと自体が喜びになっています」と田川さんは話す。

日本の子どもたちの「生きる力」を育てたい

2010年4月から東相内小学校に復職した田川さんは、道徳の時間を利用し、協力隊での経験を生かした特別授業を、担任をしている2年生のほか、3年生を対象に実施している。特別授業では、ガーナを含め、途上国の子どもたちが置かれている環境について考えさせる。田川さんは、「『自分さえ良ければいい』という子どもが増えています。自分以外の人間の気持ちを考える力が極めて弱くなっている。ですから、この特別授業を通して、途上国の子どもたちが持つ『たくましさ』や『思いやりの心』を学び、自分自身の『生きる力』につなげていってくれると嬉しいですね」と話す。

 特別授業のみならず、田川さんの授業を数回にわたり観察している安藤校長は、田川さんを次のように高く評価している。「田川先生は、子どもに真っ直ぐに向かっていく力を持っています。子どもたちを、あれだけ引きつけられるのは、子どもたちの心に訴えかける力を田川先生が備えているからでしょう。田川先生のクラスの子どもたちは、放課後になっても帰りたがらないんですよ(笑)。田川先生と子どもたちが教室に残り、一緒になって工作をする様子などを見ていると、任地のガーナで、言葉や文化の壁を飛び越えて、心と心をつないできた田川先生ならではだなと感心します。復職して約1年ですが、保護者の方々から田川先生に寄せられる相談件数が極めて多いことからも、子どもと真剣に向き合う田川先生の姿が、保護者の方々からの信頼にもつながっていることが分かります。学力の向上は確かに大切ですが、長い人生を生き抜くうえで、とても重要なことを田川先生は子どもたちに教えてくれていると思います」。安藤校長は、協力隊への参加を含め、教員が多様なバックグラウンドを持つことは個々の教員の内面的な成長にもつながることから、非常に有意義なことだと話す。したがって、協力隊への参加についても、「希望者は遠慮なく申し出てほしいですね。万全の体制を整えますから」と支援に意欲を見せる。

 田川さんが幾度となく口にした『生きる力』という言葉。これは、奇しくも、かねてから文部科学省が「育むべきもの」として掲げているものでもある。生きる力を育むための手段は数多くあるにちがいない。しかし、協力隊を経験した田川さんは、途上国での活動を通して現地の子どもたちが持つ『生きる力』を直に感じ、さまざまな経験を通して自らの『生きる力』にも磨きをかけた。そんな教員が伝えるからこそ、子どもたちの心を引きつけることができるのだろう。

「いかなる分野へ進んだとしても、子どもたちには田川先生のようにスケールの大きい人材になってほしいと思います」と安藤校長。

PROFILE

北海道北見市立東相内小学校
東相内小学校の子どもたちは「ひしょっ子」と呼ばれています。この、ひしょっ子たちの成長を願い、平成18年度より教育目標を「やさしさあふれるひしょっ子」「考えあふれるひしょっ子」「元気あふれるひしょっ子」と定め、全職員がひしょっ子たちの成長を願い一丸となって子どもたちへのきめ細かい指導の充実を図っています。
学校の特色の一つとしては「縦割り班活動」があります。1年生から6年生までを7つの縦割り班に分け、各班ごとに給食を食べたり、遊んだりするなど低学年から高学年までの縦のつながりを重視した活動に取り組んでいます。中でも12月に行われる「ひしょっ子ダンスコンテスト」は、高学年が考えたダンスを各班ごとに練習をしてコンテストを開催します。ひしょっ子たちは最優秀賞を目指し、夢中になって練習に励みます。これには毎年たくさんの保護者の方々も参観に来てくださり、ひしょっ子たちの迫力ある踊りに惜しみない拍手を送ってくれます。
一覧に戻る

TOP