
長野県北安曇郡池田町JICA海外協力隊経験者の町長がリードする
「ほどよい田舎町」の進化
池田町は、北アルプスの雄大な自然と田園風景が広がる「ハーブの町」。のんびりとした雰囲気でありながら、一定の利便性も兼ね備えた「ほどよい田舎町」として、近年移住者から注目を集めています。今回は、生まれも育ちも池田町でありながらJICA海外協力隊(以下、JOCV)の経験を持つ矢口稔(やぐちみのる)町長に、町の現状と未来へのビジョン、そしてJOCVでの学びがどのように町政に活かされているのかを伺いました。
矢口稔(ソロモン/視聴覚教育/1998年度派遣)

まず、池田町の概要とその魅力を教えてください。
池田町は、長野県安曇野地域に位置し、北アルプスの美しい景観が一番の魅力です。ハーブの町とも言われるように田園風景が広がり、のんびりとした雰囲気が特徴ですが、ただの田舎ではありません。大きな病院もあり、松本市へのアクセスも良好なので、ほどよい人間関係と利便性が両立した「ほどよい田舎」と表現するのが一番しっくりくるかもしれません。
産業面では、精密機械の工場がいくつかあり、工業の町としての側面も持っています。かつて養蚕業で栄え、桑栽培に適した土壌が相性が良いと、近年はワイン用のブドウ畑も増えています。豊かな水源を有し、昔からの酒蔵もあるので、お酒の町としても注目されています。
移住者も増えていると聞きましたが、町の主な課題は何ですか?
少し町を歩けばお分かりになると思いますが、アパートがほとんどありません。移住者が増え、町で働きたいという方も多いのですが、住む場所が見つからないという状況が起きています。ですから、最大の課題の一つは住宅政策です。嬉しい悲鳴ではありますが、このままではせっかく池田町に来たいと思ってくれる人の受け入れが難しくなってしまいます。
また、従来の住民、特に高齢者の「足」の確保も重要な課題です。公共交通機関だけでは不十分なところがあるので、今後はオンデマンド型のコミュニティバスを導入するなど、移動手段の確保が急務だと考えています。
魅力もあり課題もある、そんな池田町について、町長としてどんなビジョンを描いておられますか?
まず守りたいものは、何よりも北アルプスと田園風景が織りなす美しい自然です。池田町の豊かな景観と環境は、移住者を魅了し、住民が住み続けたいと思う大切な要素です。田舎すぎず都会すぎない、“ほどよい人間関係が築ける緩やかな田舎”というこの町ならではの良さを守り、育んでいきたいですね。
一方、変えていきたいものは、池田町に対する内外の意識です。池田町という名前からして、日本全国どこにでもありそうな町に見えますよね。住民の意識や、外からの見え方を変えていくことで“新しい池田町”を作って行きたいと思っています。
ソロモンで視聴覚教育隊員として活動した矢口さん
生まれも育ちも池田町という矢口さんらしいビジョンですね。そうした中でJOCVに参加しようと思ったのはどうしてですか?
JOCVを目指したきっかけはいくつかありました。私は元々、池田町で実家の電気屋を継いでいたのですが、20代前半に参加した長野県の事業「信州青年連帯の船」を境に国際交流に興味を持つようになりました。その後、内閣府の「世界青年の船」にも参加し、南アフリカまで約60日間の船旅を経験しました。
こうした経験で、世界には様々な文化や価値観があることを肌で感じ、「もっと深く国際交流に関わりたい」「自分の技術が世界で通用するか試したい」という思いが募りました。その頃、たまたま船で知り合った友人の弟さんがソロモンでJOCVとして活動していると聞き、その存在が身近に感じられるようになったのです。
派遣国もご友人のご兄弟と同じソロモンですよね。現地での活動のことや思い出に残るエピソードなどはありますか?
悲しいことに、友人の弟さんは事故で亡くなってしまい会うことは叶わなかったのです。歯科医師だったその方の意思を継ぐというわけではありませんが、「物は与えられなくても技術は与えられる」という思いがより一層強まりました。
現地では、視聴覚教育隊員として現地の高等専門学校の図書館で、映像制作や技術指導を行いましたが、ソロモンの人々との思い出は尽きません。休日は、近所の子どもたちと釣りに出かけたりもしました。現地の人々はヤシの実を分け合ったり、困った時には助け合ったりと、地域コミュニティの繋がりが非常に強いと感じました。
実は私は、クーデターで緊急帰国を余儀なくされました。数ヶ月後、新婚旅行をかねてソロモンに戻った時、私の荷物を現地のカウンターパートがすべてまとめて保管しておいてくれたと知り、感無量でした。
生まれ育った池田町の町長として精力的に町の魅力を発信しながらまちづくりに励む矢口さん
そうしたコミュニティに深く関わったJOCV経験は、現在の町長としてのお仕事にどのように活かされていますか?
ソロモンでは、村ごとに言葉が異なる「ワントク(同じ言葉を話す人)」という意識が根付いていました。英語のOne Talk(ワントーク)に由来するこの考え方から、顔が見える範囲の小さなコミュニティの存在価値を認識しました。池田町にも32の地区があり、それぞれの個性を尊重しながら、行政としてアプローチしていくことの重要性を感じています。
また、「人間は耳が2つで口が1つ。だから2つ聞いて1つ話すくらいがちょうどいい」というコミュニケーションのあり方も学びました。相手の話をしっかり聞き、その上で自分の意見を伝えるという姿勢は、町民の皆さんとの対話や議会運営において、非常に役立っています。多様な価値観を認め、理解する多様性の重要性も、JOCVでの経験を通じて培われたものです。
最後に、JOCV経験を町政に活かしているお立場として、JOCVへの思いや期待することを教えてください。
今年(2025年)で発足から60年を迎えるJOCV事業ですが、これからもぜひ継続していってほしいと強く願っています。それは、JOCVはまさに「自分への種まき」だと思うからです。現地の人々のために行った活動が、巡り巡って自分や日本に返ってくることを、私自身の経験を通して実感しています。
目先の利益だけでなく、困っている人々に適切な支援を行うというJOCVの活動スタイルは、非常に重要だと考えています。例えば、食料などの物資は消費されればまた必要になりますが、技術や考え方は、一度習得すればその人の財産となり、蓄積されていきます。JOCVが提供する技術や知識の共有は、現地の人々や国の未来にとって、非常に価値のあるものだと信じています。
池田町でも、現役の職員をJOCVに参加させたり、海外の姉妹都市を増やしたりといった国際交流を促進していきたいと考えています。山と海、環境は違えど、ソロモンとの個人的な繋がりを活かし、新しいことにもチャレンジしていきたいですね。
※このインタビューは、2025年7月に行われたものです。

- 池田町
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所在地:長野県北安曇郡池田町大字池田3203-6
HP:https://www.ikedamachi.net/category/2-0-0-0-0-0-0-0-0-0.html













