岩手県庁「われ、太平洋の橋とならん」
“外交の国いわて”を支える
JICA海外協力隊経験者

  • グローバル人材の育成・確保

岩手県は国境を越え活躍する人材を多く輩出している。現在4期目を迎えた県知事・達増拓也氏は外交官出身で、外務省入省後、在シンガポール日本国大使館二等書記官などを歴任。また、「われ、太平洋の橋とならん」で有名な国際連盟事務次長の新渡戸稲造氏、ポーツマス条約締結に尽力した一関市出身の高平小五郎氏、奥州市出身の後藤新平氏は台湾総督府民政長官や外務大臣も経験している。そして現代なら、大リーグで活躍する大谷翔平選手や菊池雄星投手。そんな風土の中、岩手ではJICA海外協力隊との様々な連携が行われている。県は、県出身者が協力隊として参加する際には「いわて親善大使」として知事から委嘱し、海外とのネットワーク強化を図っている。また、「コロナ禍における国際交流」として、小学生から大学生までを対象に、現地で活動中の協力隊員や協力隊経験者を招いたオンライン講演会を開催した。2022年度からは、JICAと陸前高田市や釜石市により、派遣前の協力隊員のOJT「グローカル・プログラム」(注1)が始まり、県と繋がりを持った協力隊員が途上国での活動に羽ばたいている。そしてJICA海外協力隊の経験者が県庁の現場を支える職員として活躍中だ。岩手県文化スポーツ部スポーツ振興課冬季国体・マスターズ推進課長・松崎雄一さんに話を伺った。

JICA海外協力隊と連携する岩手県
協力隊経験者のスキルを県政に

岩手県は2022年、ゴールデン・スポーツ・イヤーを迎えました。9月には「日本スポーツマスターズ2022岩手大会」が、10月には「IFSCクライミングW杯B&Lコンバインドいわて盛岡2022」、翌年2月は「特別国民体育大会冬季大会スキー競技会 いわて八幡平白銀国体」と続きました。

JICA海外協力隊に参加後、県職員となった山口碧さんは2022年4月から私の部下になり、一連の大型イベントの準備から開催まで手伝ってもらっています。山口さんはその1年前に入庁してスポーツ振興課に配属となりましたが、自分のチームの一員として働いてもらいたいとの思いがあって上司に相談、同僚になってもらった経緯があります。

山口さんは協力隊参加前、地元テレビ局に勤務し、社会人として豊富な経験を積んできた方でした。そのキャリアの上にブラジルでの協力隊活動で身につけたものが武器になり、外部との折衝など重要な仕事でその能力を発揮してもらっています。特に、明るい性格とコミュニケーション能力が素晴らしく、私の部下13名のまとめ役にもなり、お陰でゴールデン・スポーツ・イヤーの激務を無事乗り越えることが出来ました。

山口さんに担当してもらった業務で印象に残っているのは、広報宣伝です。「日本スポーツマスターズ」(注2)では、東日本大震災の復興支援に対する感謝、御礼の発信が一つのテーマでした。そこで、彼女が中心となり、陸前高田市の「奇跡の一本松」をデザインした入賞記念メダルを製作しました。また、大会と併せて岩手の魅力を全国に発信しようと、競技場に県内観光地をデザインしたオリジナルの「フォトスポット」を設置したところ大好評。これも彼女が、内部だけでなく対外的な交渉を粘り強く重ねることで実現したものです。

岩文化スポーツ部スポーツ振興課冬季国体・マスターズ推進課長の松崎雄一さん岩文化スポーツ部スポーツ振興課冬季国体・マスターズ推進課長の松崎雄一さん

国際経験で育んだ広い視野
将来はチームリーダーに

山口さんの協力隊経験が最も発揮されたのは、「IFSCクライミングW杯」(注3)でした。多くの外国人選手が参加する大会で、その運営はボランティアが担いますが、中でも通訳ボランティアは大きな役割を果たします。この連絡調整を彼女に担当してもらったのですが、留学経験と協力隊での活動で身につけた国際感覚が存分に活かされ、通訳ボランティアを上手くまとめてくれました。

「ぜひ一緒に働きたい」という私の希望もあり、山口さんとは6ヶ月ほど同じチームで仕事をしました。チームでは、彼女は唯一のキャリア採用でした。ほかのメンバーは新卒採用であり、県職員としてのキャリアは山口さんよりも長い。そんな環境でしたが、彼女は臆することなくメンバーに溶け込み、また彼女の明るく自然体のキャラクターが皆から愛され、チーム力が確実にアップしたと感じましたね。

県職員として、行政を担う公務員としての魅力の一つは、県民のため様々な仕事が出来ることです。山口さんは今、スポーツ振興課から保健福祉部医療政策室に異動しています。新型コロナウイルス対策など、県民の命を守る最前線の仕事であり、これまでとは異なる責任感を背負っていることでしょう。一から覚えなくてはならないことも多いですが、もっと仕事の幅を広げて、様々な分野で活躍してもらいたいと思っています。

彼女の得意な分野、希望分野は国際協力や観光振興だと聞いています。いずれはそれらの業務に異動することになるでしょうが、今は県職員としての土台を作っていくことを期待しています。彼女には、県職員のプレーヤーとしても実力はもちろんのこと、マネージャーとしての資質も十分あると思っています。将来はチームリーダーとして重責を担い、県民のために頑張ってもらいたいと願っています。

JICAボランティア経験者から

保健福祉部 医療政策室 主任 山口碧さん
(ブラジル/コミュニティ開発/2018年度派遣)

ホームステイから始まった異文化への関心
友人の「輝き」が背中を押す

中学時代のホームステイ、高校時代の留学の経験が、私の進路に大きな影響を与えたことは間違いありません。中学1年生の時、盛岡市と姉妹都市交流しているカナダ・ビクトリア市に2週間ほどホームステイしました。「語学が出来なくても心で通じ合える」と思っていたのですが、実際には語学の大切さを再確認する貴重な経験となりました。これを機に英語力アップを目指し、高校生になると岩手県が実施している海外派遣事業に応募、米国でもホームステイを経験しました。異文化への関心はさらに高まり、高校3年生の時にはブラジル・ゴイアニア市に11ヶ月ほど留学。同年代のブラジル人と交流を深めながらポルトガル語を学んだことは、後にとても役立つこととなりました。

岩手県立大学に進学後、海外志向の夢を実現するためにJICA海外協力隊の説明会に参加したのですが、「自分はまだ何も出来ない」という思いが強く、応募には至りませんでした。大学卒業後、地元テレビ局に入社してニュース記者やディレクター、番組編成業務などの経験を積みましたが、海外への関心が途切れることはありませんでしたね。「岩手の魅力を世界に発信し、世界の様々な情報を岩手に取り寄せよう」そんな想いで、外国人留学生の日本語スピーチコンテストや「盛岡さんさ踊り」に出演する岩手県国際交流協会の外国人グループの特集など、番組制作に取り組みました。

テレビ局の仕事は面白く、充実した日々を過ごしていました。ある時、同期入社で仲の良かった女性社員がJICA海外協力隊に応募、アフリカに派遣されることになりました。彼女から派遣前訓練や現地活動で「キラキラ輝いている様子」を聞き、これは自分も行くしかないと協力隊応募を決意。2019年、コミュニティ開発隊員としてブラジル・レジストロ市に派遣され、観光を中心とした潜在資源の掘り起こしなどに取り組むことになりました。

ブラジルでコミュニティ開発隊員として活動した山口さんブラジルでコミュニティ開発隊員として活動した山口さん

JICA海外協力隊での貴重な経験
自身の「誇り」として故郷の発展に活かす

活動の対象は、移民1世に加え、2世、3世そして生粋のブラジル人たちです。活動当初から指導者としての意識を持たず、「皆さんと仲良くなり、一緒に暮らしを良くしましょう」という姿勢を心掛け、コミュニティに入りました。ブラジル留学の経験からポルトガル語に苦労しなかったこともあり、活動は自分なりに満足できるものになりました。

コミュニティ開発という、いわゆる「地域づくり」の鍵は、住民参加です。住民参加型のワークショップを開き、日本や故郷の岩手県の事例紹介をはじめ、住民の関心が高かったマスコットキャラクターの制作、独自ブランドの特産品にするためのもち米栽培も進めて、水田づくりから田植え、草取りなども行いました。

協力隊の任期は2年ですが、新型コロナウイルスの感染拡大により1年3ヶ月で一時帰国を余儀なくされたことは残念でした。日本国内での待機期間中はオンライン活動にも取り組みましたが、インターネット環境などの問題で上手くいきません。しかし、そんな状況の中でも現地の農家では、もち米栽培を続けてくれていたのです。ある時、収穫されたお米が日本に送られてきたのですが、それを食べた時は「協力隊に参加して良かった」と、本当に感動しました。

新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、いよいよこれからという時の帰国、そして現地に再赴任することが叶わなかった協力隊活動に心残りはあります。しかし、文化や価値観、生き方の多様性を知ることが出来たことなど、協力隊参加で得られたものはとても大きいと思っています。

協力隊参加後の自身の将来のキャリアを考えた時、「公益性の高い仕事」に従事したいと思いました。以前関わっていたマスコミか公務員の二択で迷いましたが、県庁で社会人採用枠の募集があり、受験資格となる社会人経験年数に協力隊年数を通算できることもあって応募、現在に至っています。

テレビ局での勤務時代、県庁内の県政記者クラブに所属していましたので、県職員の仕事ぶりは知っていました。最初は事務手続きの多さや正確性を求められる仕事、そして行政用語に戸惑いましたが、県民の暮らしを支える「尊い仕事」ということを忘れずに取り組んでいます。

自身のキャリアでも協力隊経験は誇れるものです。ブラジルの日系社会は、日本人より日本文化を守っている1世、ブラジル育ちの2世、3世、そして生粋のブラジル人など、様々なバックグランドを持っている方がいました。自身の持つ常識が通じない、そんなコミュニティで何かをしようと折衝、調整した経験は非常に貴重であり、今や大きな力になっています。そして、現地では上手くいかないことのほうが多かったのですが、「そんな時もある」と焦らず冷静に、そして客観的に受け止めることを学びました。こうした経験を県職員の仕事にも活かしていきたいと思っています。

※このインタビューは、2022年11月に行われたものです。

注1:JICA海外協力隊の合格者向けOJTプログラム。希望者は協力隊訓練所での訓練開始前の一定期間、国内各地域の自治体・団体等の実施する地方創生など、国内課題解決に資する活動に参加することで、国内の地域活性化に関する知識と経験を習得する。また、開発途上国に派遣中の活動に必要なコミュニケーション能力や計画策定から実施、モニタリング、評価に至るPDCAサイクルの実践経験を積む。2022年9月現在、岩手県をはじめ全国8自治体にて実施が計画され、40名を超える協力隊合格者が参加している。
注2:生涯学習としてのスポーツの定着と、幅広い層がスポーツを楽しむ環境づくりを目的に始まった全国大会。競技性が高い35歳以上の選手が出場することから「シニア版国体」とも呼ばれ、2001年に宮崎県で初開催されて以降、毎年全国で開催されている。現在は、水泳やバレーボール、自転車競技、空手道など13競技が行われている。
注3:国際スポーツクライミング連盟が主催して毎年開催されている大会シリーズ。アスリートは、ボルダリング、リード、スピードの3分野で競う。2022年の岩手での大会はパリ五輪を見据えてのワールドカップとなり、ボルダリングとリードの2種複合(コンバインド)競技は世界初となった。

保健福祉部医療政策室主任の山口碧さん保健福祉部医療政策室主任の山口碧さん

PROFILE

岩手県庁
所在地:岩手県盛岡市内丸10-1
協力隊経験者:10人(2022年11月現在)
HP:https://www.pref.iwate.jp/
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