酪農学園大学大学の教育・研究とJICA事業の連携
国際協力・交流の実績が好循環を生む

  • グローバル人材の育成・確保

札幌市の近郊、江別市の酪農学園大学は東京ドーム28個分、135ヘクタールの広いキャンパスを持ち、道立自然公園の野幌森林公園に隣接する恵まれた環境にある。2020年に60周年を迎えたその歴史は、創設者である黒澤酉蔵(くろさわ・とりぞう)が本州から北海道に渡り、冷害に苦しむ農家を「酪農」で助けようという「救民」の活動史でもある。その「救民」の精神は、JICA事業への積極的参画やJICA海外協力隊に多くの学生を送り込むという実学教育にもつながっている。同大農食環境学群教授、農業環境情報サービスセンター長を務め、自らもJICA海外協力隊経験者である金子正美さんに話を伺った。

建学の精神
国際協力人材の育成

本学は、日本の酪農業の発展と北海道の開拓に貢献した黒澤酉蔵氏によって創設された、酪農義塾が原点です。健やかな大地が健康な人々育む「健土健民」という、黒澤氏の理念を継承し、食糧生産や環境問題、そして国際協力を時代的使命と考え、社会での実践力と個性とを磨く、実学教育を行っています。

1991年、第6代目の学園理事長に就任した遊佐孝五先生は就任挨拶にて、継承されるべき建学の精神として国際協力・交流の推進を挙げました。そして、「我が国の方針であるODAやJICAの各事業と連携を図り、本学の特色を活かして国際協力・交流の実を上げることが必要」と強調しています。建学以来の校史で培われた、そんな本学の土壌の一翼を私も担っていると自負しています。

私は1989年、北海道庁職員からJICA海外協力隊に現職参加(注1)し、マレーシアに赴任しました。村落開発普及員(現コミュニティ開発)として、ボルネオ島サバ州の人民開発指導庁に配属され、森林伐採や焼き畑農業による環境悪化を防ぐための活動のほか、同国に派遣された他の村落開発普及員が参加するプロジェクトの調整役などを担当しました。

私が協力隊に応募したきっかけは、北海道庁に入る前に友人たちと行った台湾旅行でした。初めての海外でしたが、異文化の経験は大変面白く、その後はタイやマレーシアにも一人で行くようになり、それが協力隊への応募につながりました。そんな動機でしたが、協力隊の2年間は大変貴重な期間でした。協力隊で経験したことは、現地の住民と寝食を共にし、社会課題の解決に共に努力し、異文化理解を深めたことです。その協力隊経験が後のキャリアに大きな影響を与えました。ですから自分の研究室の学生だけでなく、他のゼミなども含め学生にJICA海外協力隊への参加を勧め、時には相談役となり、多くの学生の協力隊参加を促しています。本学学生および卒業生の協力隊参加は、累計約300名ほど、教員にも経験者は多く、私を含めて現在4名の協力隊経験者が教壇に立っています。

本学の教員になってから、JICA草の根技術協力事業(注2)への参画に加え、海外研修員の受け入れなどを積極的に行い、大学の国際協力人材の育成を推進しています。最近では、JICAの課題別研修の海外研修員を受け入れています。私の専門である森林リモートセンシングや自然資源のバリューチェーン(価値連鎖)の研修だけでも、毎年約20人の研修員が4ヶ月にわたって本学で学んでおり、そうした海外研修員の累計は200名以上になっています。

本学の学生は、北海道出身者が半数、残りの半数は北の大地に憧れて本州から来た学生たちです。そうしたフロンティア精神を持つ学生のなかには、海外志向が強い人も少なくありません。学内ではそうした学生が海外から来た研修員と交わり、JICA草の根技術協力事業を知ったり、参加したりすることで、協力隊への参加に関心を示すのは極めて自然なことです。これは本学が誇れるプラスの循環だと考えています。

農食環境学群教授で農業環境情報サービスセンター長の金子正美さん農食環境学群教授で農業環境情報サービスセンター長の金子正美さん

協力隊参加で引き出される能力
次世代の新たな第一歩に

協力隊経験者の多くがそうだと思うのですが、私の場合も現地での活動は順調とはいえませんでした。言葉や生活、文化の壁など、途上国での暮らしは大変でしたが、同時に楽しく、学ぶことも多くありました。国内に閉じこもっていては分からない「島国意識」を、海外、特に開発途上国に行くことで感じ、理解することが大事だと思っています。

これからの日本は、食糧の供給や労働力の確保といった問題をとっても、海外との関係なくして生きてはいけません。そこで役に立つのは、価値観の異なる海外の人とのコミュニケーション能力です。協力隊への参加は、そうした能力を引き出し、高め、世界には様々な考えがあることを気づかせてくれます。そして、その能力を得ることは、グローバル時代の現代を生きる若者たちが未来につながる行動を起こす、第一歩になり得るのです。

私は、これからも学生や卒業生らが協力隊などのJICA事業に積極的に参加するよう、支援を続けていきたいと思っています。その活動の一環が、「北海道青年海外協力隊を育てる会」です。2016年に会長となり、協力隊の応募促進や帰国後の再就職の世話などをしてきました。世界情勢が難しい時代ですが、志をもった学生や卒業生らが、安心してJICA海外協力隊に参加し、そして帰国後はその経験を国内外に存分に活かせる環境整備を目指していきたいです。

一方、2015年には大学に「酪農学園青年海外協力隊OV会」を設立、今は副会長を務めています。今はコロナ禍で中断していますが、コロナ禍前は留学生や海外研修員らが参加して英語で交流する「イングリッシュ・カフェ」を開いていました。親睦が中心の組織ですが、価値観の異なる人たちが顔を合わせ、交わり、会話や情報交換から参加者が新たな国際協力・交流事業を立ち上げ、それが本学のさらなる発展につながることを期待しています。

JICAボランティア経験者から

獣医学群獣医学類獣医疫学 教授 蒔田浩平さん
(ネパール/獣医師/1998年1次隊)

ネパールでまいた種が
四半世紀後に商品化

私は福井県出身で、東京の日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)を卒業し、埼玉県庁に入りました。海外で活動したいという夢を実現するため、JICA海外協力隊に現職参加し、獣医師としてネパールに派遣されました。当初の要請内容は、獣医師免許は持たずに技師として診療にあたるスタッフの教育でしたが、任地の職業訓練学校に着いてみると、現地の獣医師が既に仕事をしており、「何しに来たの」と言われるような状況でした。それでもカリキュラムに参加させてもらい、授業を担当させてもらうことになりました。

現地で生活しながら感じた一番の大きな課題は、貧困問題でした。ネパールという国の社会構造的な課題でもありましたが、何とかできないかと考え、「この貧困を打ち破るのが自分の仕事」と活動の軸を切り替えました。ネパールに赴任してから約1年後のことです。

当時、途上国の園芸分野で実績を上げていた、農業研究家でありJICAの専門家を務めていた冨安裕一氏がネパールにおり、「ここはお茶の栽培、生産に適している土地なんだよ」と教えてもらいました。そこで、農業隊員の協力も得ながら現地の農業研究所で紅茶づくりを学び、インド・ダージリンから苗を購入して、地域の農家と一緒に紅茶栽培に挑戦しました。家畜の糞尿を使って堆肥作りを指導したりしましたが、当時はなかなかうまくいかず、商品化は夢物語でした。それでも現地の住民たちは紅茶栽培を続け、2020年に商品化されたと聞き、大喜びしました。獣医師ではなく、村落開発普及員(現コミュニティ開発)のような活動をしたわけですが、その成果が20年の時を経てようやく実ったということです。こうしたことも、協力隊ならではの経験だと思います。

埼玉県庁職員として現職参加したのですが、帰国後にカウンターカルチャーショックを受けました。ネパールの僻村と日本の都会暮らしの違いに大きなショックを受け、世界の格差を無くすために国際協力の道に進みたい、という思いが強くなりました。そして、ネパールに派遣されていた頃には知識不足だった「疫学」を学ぶため、イギリス・エディンバラ大学の修士課程に進学。修了後は、イギリスを拠点にウガンダの人獣共通感染症などに取り組み、またケニアの国際家畜研究所で仕事をしていましたが、2009年に家族の事情で帰国することになり、本学の公募に応募して採用されました。

ネパールで獣医師隊員として活動した蒔田浩平さんネパールで獣医師隊員として活動した
蒔田浩平さん

自由な環境で国境を越えた研究
大学の国際化の深化を目指す

私は本学の教員ですが、今でもケニアの国際家畜研究所の客員研究員を兼務しています。兼業しながら大学教員として仕事ができる、本学のそんな自由な校風に加え、国際的な研究や活動にも理解があるため、JICAとの事業連携も密にできています。その一つが、アフリカ・ウガンダでのJICA草の根技術協力事業「ムバララ県安全な牛乳生産支援プロジェクト」です。本学からも教員と学生が参加し、現地の研修員も本学で学びました。牛乳の生産量を2割増やすなどの成果を上げたこのプロジェクトは2019年で終了しましたが、構築された技術を更に発展させるため、本学とJICAで学生等を協力隊として派遣する連携覚書を締結、ムバララに学生2名が派遣されるなど、連携は年々深化しています。

私の研究・教育活動の原点は、協力隊参加で目の当たりにした開発途上国の実状です。その厳しい状況を少しでも変えようと、今でもさまざまな研究や取り組みを続けています。自身の体験をもとに、学生には国際的な活動をするためのアドバイスもしています。その取り組みの一つとして進めているのが学生の協力隊参加の促進です。最近ではゼミの大学院生を短期派遣でタンザニアに送り出しました。協力隊をはじめとするJICAのさまざまな事業に学生を参加させ、本学の国際化を一層進めたいと考えています。

本学が目指すものの一つが、循環農法です。かつてネパールで取り組んだ紅茶の生産でも、堆肥を使った農業を実践しました。循環農法の取り組みは、本学の建学の精神である「健土健民」(健やかな土地から生み出される、健やかな食物によって、健やかな生命が育まれる)の実践です。創設者である黒澤酉蔵氏の精神を教員として受け継ぎ、学生にも伝え、それをJICA事業への協力や参加にも活かしていきたいと考えています。これからも本学とJICAとの連携が一層深まり、お互いの国際協力・交流の取り組みが充実することを願っています。

※このインタビューは、2022年7月に行われたものです。

注1:現在の職場を退職せずに、所属先に身分を残したまま休職してJICA海外協力隊に参加すること。
注2:日本のNGO、大学、地方自治体及び公益法人の団体などがこれまでに培ってきた経験や技術を活かして企画した途上国への協力活動をJICAが支援し、共同で実施する市民参加協力事業。

獣医学群獣医学類獣医疫学教授の蒔田浩平さん獣医学群獣医学類獣医疫学教授の蒔田浩平さん

PROFILE

酪農学園大学
設立:1960年
所在地:北海道江別市文京台緑町582
学部内容:2学群5学類
農食環境学群(循環農学類、食と健康学類、環境共生学類)
獣医学群(獣医学類、獣医保健看護学類)
及び大学院
協力隊経験者:4人(ほか学生・卒業生約300名が協力隊参加)(2022年7月現在)
HP:https://www.rakuno.ac.jp/
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